第八話・6

 やっぱり、女の子の家って居心地がよくない。

 それがたとえ、幼馴染である香奈姉ちゃんの家だとしてもだ。

 その場にいるだけで、萎縮してしまう。

 なんとかならないかなぁ……。


「どうしたの、楓? どこか調子悪いの?」


 さっきまで奈緒さんたちと談笑していた香奈姉ちゃんは、会話に入らない僕を見て心配そうな表情を浮かべ、そう聞いてくる。

 気がつけば、そこにいた奈緒さんや美沙さんまで心配そうな表情で僕を見ていた。

 僕は、ちょっと考えごとをしていただけなのに。

 普通に考えれば、女の子同士のパジャマパーティーに男の僕がいること自体、おかしなことなのに、誰もそのことを言わないっていうのもどうかと思う。

 約束していたことだから、なんとも言えないけど……。


「僕は、大丈夫だよ」


 そんな心配そうな香奈姉ちゃんの表情を見たら、そうとしか言えないじゃないか。


「そう。それならいいんだけど……」


 香奈姉ちゃんは、ホッとした様子でそう言った。

 そんな安堵の表情を浮かべられても……。

 僕の方は、ソワソワして落ち着かないんだけどな。

 寝間着姿の女の子が四人も揃っていたらさ。

 できるなら、今にでも自分の家に戻りたい。

 そんなことを思っているときに、美沙さんが口を開く。


「ねぇ、楓君」

「なんですか? 美沙先輩」

「ズバリ聞くけどさ。最近、香奈ちゃんとはどうなの? うまくいってるのかな?」


 美沙さんの質問に、香奈姉ちゃんがドキッとなる。

 なんで香奈姉ちゃんが、そんな反応をするのかわからないんだけど……。

 僕と香奈姉ちゃんの間に進展があったとは、思えないんだけどな。

 あっても、文化祭の夜にちょっとエッチなことをしたっていうだけで……。

 ここはせめて、お互いに傷付かないように説明をしなきゃいけないか。

 僕は、平静を装い言った。


「香奈姉ちゃんと…ですか? う~ん……。特に何もないし。いつもどおりだと思いますよ。…うまくいってるかどうかはわからないけど」

「そういうことじゃなくって。もっとこう、なんて言うか……」


 美沙さんは、何かを言いかけるが、途中でやめてしまう。

 はっきり言いたい気持ちがあるんだが、みんながいるからか、それを言い出せずにいる。

 何が言いたいのかは、よくわからないけど……。

 奈緒さんや理恵さんは、何が言いたいのかよくわかっているのか、頬を赤くして言う。


「そうだよね。何かあっても不思議じゃないと思うな」

「うん。二人っきりになれたんだし、何もないことの方がかえって異常だと思う」


 二人の言葉に、僕はわざと思案げに首を傾げる。


「ホントに何もなかったけど……」

「嘘だね。その顔は、確実に何かあったって言ってるよ」

「それは……。何もないって言えば嘘になるけど……」


 うう……。鋭いな。

 なんでわかるんだ。

 僕は、何も言ってないのに……。

 もしかして、香奈姉ちゃんが何か言ったんじゃないのか。

 僕は、不意に香奈姉ちゃんに視線を向ける。

 香奈姉ちゃんは、僕の視線に何かを察したのか、『違うよ』というような仕草をして言った。


「私は、何も言ってないよ。あの時のことは、何も──」


 香奈姉ちゃん……。

 すでに自爆してるし……。

 美沙さんは、『やっぱり』というような表情で僕を見る。


「あの時のことって、やっぱり何かあったんじゃない! それを詳しく言いなさいよ」

「ホントに何もなかったんだって。…ただ楓と一緒にすごしただけだよ」

「それが一番信用できないのよね。香奈ちゃんと楓君って、幼馴染でしょ。何かするって時も、許せちゃう感じだと思うし」


 その『何か』というのは、ちゃんと意味がわかってて言ってるんだろうか。

 僕には、あの時のことは、夢だったんじゃないかって思うくらいだし。

 香奈姉ちゃんから、そんな……。エッチなことを要求してくるなんて思わなかったから。


「許せちゃうって、そんな……。私たち、まだ体の関係まではいってないよ」


 香奈姉ちゃんは、頬を赤くしてそう言った。

 あ……。香奈姉ちゃんってば、さらに自白したよ。

 三人は、それに気づいたのか一様に頬を赤くする。


「体の関係って……。二人は、そこまでいったの?」

「ダメよ、香奈ちゃん! そういうのは結婚してからじゃないと!」

「いや~。さすがに、そこまではいってないかと思っていたんだけどなぁ……」

「え、違……。私は──」


 香奈姉ちゃんは、慌てた様子で言おうとするが、すでに遅い。

 美沙さんは、香奈姉ちゃんの両肩を掴む。


「そこのところは素直にならないとダメだぞ」

「っ……⁉︎」


 香奈姉ちゃんは、言葉を詰まらせる。

 それに追い討ちをかけるかのように、奈緒さんが言う。


「香奈は普通に押しが強いんだから、その辺はちゃんとしないとダメだよ。さもないと、あたしが奪っちゃうかもしれないよ」


 そういえば、一番最初にパンツを渡してきたのは奈緒さんだったな。

 まさかとは思うけど、奈緒さんがそんな行動を起こしたのは、香奈姉ちゃんのためなんじゃ……。


「それは、絶対にダメだよ! 楓は、私のものなんだから──」


 香奈姉ちゃんは、怒ったような表情を浮かべて僕の腕にしがみつく。

 腕にしがみつくのは構わないんだけど、三人に見られた状態でそうされてしまうと、さすがに恥ずかしいな。

 香奈姉ちゃんの言葉に、三人は安心したように笑顔を浮かべていた。


「そのくらいの方が、香奈らしいよ」

「それじゃ、香奈ちゃんが寝るときは、楓君が一緒じゃないとね」


 美沙さんは、そう言ってグッドサインをする。

 そんなサインをされたって、みんなが寝るときには僕は自分の家に帰るつもりだけどね。


「安心していいよ。みんなが寝るときには、僕は自分の家に戻るつもりだから」


 僕自身の意思を伝えると、香奈姉ちゃんはショックを受けたみたいに悲しそうな表情になる。


「え……。楓、自分の家に帰るの?」

「さすがにみんなが寝るときに、僕がいたらまずいでしょ?」


 これはデリカシーの問題になってくるし。

 女の子の寝顔を見るのは、さすがに……。

 男の僕としては、みんなが起きてる時には付き合うつもりでいるけど、寝る時間になったら、素直に自分の家に戻る予定である。

 香奈姉ちゃんは、僕がそうするつもりでいるのが嫌なのか、僕に抱きついてきた。


「ダメだよ! 楓は、私の部屋で一緒に寝るの!」

「そんなこと言われても……。美沙さんたちは、どうするつもりなの?」


 僕の言葉に、美沙さんは答える。


「あ、気にしなくていいよ。私たちは、てきとーに布団を敷いて寝るつもりでいるから」

「それだったら、僕が邪魔に──」

「邪魔になんかならないよ」

「どうして?」

「だって、私たちが想いを込めてパンツを渡した相手だからね。寝顔を見られたからって、ちっとも恥ずかしくないんだよ」


 その渡された下着は、今も大切に僕の机の引き出しに仕舞っているけどさ。

 それが四枚にもなると、誰が誰のやら、わからなくなるんだけど。


「だけど……」

「楓君の負けのようだね」


 と、奈緒さん。

 奈緒さんは、微笑を浮かべて僕を見ていた。


「奈緒さん……」

「楓君は、あたしたちの寝顔を見るのは、そんなに嫌なのかい?」

「嫌ってことはないですけど……。なんとなく見たらいけないような感じがして……」

「そっか。まぁ、女の子の寝顔を見るのはマナー違反だって言われているほどだからね。楓君が、嫌がるのも無理もないことだっていうのは、よくわかるよ」

「それじゃあ──」


 奈緒さんなら、わかってくれるか。

 ホッと一息吐いた瞬間、奈緒さんは真剣な眼差しで僕を見てくる。


「だけど、それとこれとは違うよ。あたしたちは楓君がこの部屋に泊まるからって気にしたりはしない。むしろ、あたしたちと親睦を深められるいい機会だと思ってるんだ」

「それって……」

「あたしたちも、楓君のことをよく知りたいんだよ。だから『自分の家に帰る』なんて言わずに、香奈の家に泊まっていってよ」

「そんなこと言われても……。僕は、どこで寝ればいいのか──」


 僕は、そう言って部屋の中を見やる。

 すると香奈姉ちゃんは、嬉しいのか笑顔を浮かべて言った。


「楓の寝る場所は、ここだよ」


 香奈姉ちゃんは、自分のベッドに手を添える。


「え……」


 僕は、思わず唖然となってしまう。

 ないない。さすがに、それはない。

 いくらなんでも、香奈姉ちゃんのベッドで寝るなんてこと、できるわけがない。


「楓は、私と一緒に寝るんだよ。…拒否権はないんだからね」

「いや……。さすがにそれは……」

「大丈夫だよ。心の準備は、いつでもできてるから」


 あ……。

 これは、何を言っても無駄なやつだ。

 香奈姉ちゃんたちが寝間着姿なのは、僕を逃さないって意味でもあるみたいである。

 僕ももう寝間着姿だし……。


「…わかったよ。今日は、香奈姉ちゃんの家に泊まっていくよ」


 僕は、仕方なくそう言っていた。

 僕のその言葉に、香奈姉ちゃんたちが喜んでいたのは言うまでもない。

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