第十五話・4
基本的に、私は面倒な事は先にやっておくタイプだ。
なので、生徒会からまわされてくる雑務などは先にやっておかないと気が済まないのである。
「いつもの事ながら、香奈はよくやるね」
と、奈緒ちゃんが感心した様子で言ってくるくらいだ。
「宮繁先輩からの頼みだからね。仕方ないよ」
私は、微苦笑してそう返す。
本音を言わせてもらえば、成績優秀だからって生徒会の仕事をこちらにまわさないでほしいんだけど。
私は、生徒会役員ではないのだから。
でも宮繁先輩からの頼み事を断るわけにはいかないし。どうしようもない。
私はゆっくりと書類に目を通し、そこに正確に数字を書いていく。
それを見ていた奈緒ちゃんは、呆れたようにため息を吐く。
「やるのは香奈だからいいんだけどさ。だけど、なんでも請け負うその姿勢はどうにかした方がいいと思うよ。香奈は良い人っていうよりも、人が良いって感じだからさ」
人が良い…か。
そういえば、楓にもそんなことを言われた気がしたな。
私って、人から頼まれたら嫌とは言えない性格だから、こういうことをよく引き受けちゃうんだよね。
やめたいとは思っているんだけど……。
「わかってるよ、そんなこと……。でも、生徒会長からの頼みだし、断るわけにもいかないっていうか、その……」
「まぁ、先輩からの頼みだしね。断りにくいっていうのは、あるかもしれないね」
奈緒ちゃんは、そう言って微苦笑する。
たしかに、先輩からの頼み事は、なかなか断りにくい。
生徒会長からの頼み事は、特にもだ。
「うん。生徒会長からの頼みはね。さすがの私もね」
しかも特定の個人を指名しての頼み事だから、色々と話題にもなっちゃうし……。
宮繁先輩は、次の生徒会長に私を指名するつもりだけど、私自身は、生徒会長になるつもりはない。
候補となる生徒は他にもたくさんいるはずだし、余程のことがない限り、私にそんな話がくることはないだろう。
書類にすべての要項を書き込み終えると、すぐに書類をまとめる。
「よし! とりあえず、これで終わり…と」
私は、そう言って一息吐いた。
これで、いつもどおりに楓と帰れそうだ。
「そういう事だから、私はこれから書類を届けに行ってくるね」
「それじゃ、あたしは先に帰るね」
奈緒ちゃんは、そう言うと鞄を手に持って教室を後にしようとする。
私は、咄嗟に奈緒ちゃんの手を掴んだ。
「ちょっと待って。まさか楓のところに行くつもりじゃないでしょうね?」
「そんなことは…あるかもね」
奈緒ちゃんは、悪戯っぽい笑みを作りそう言った。
奈緒ちゃんのその表情に、私は動揺してしまう。
彼女の手を掴んでいても、引き止めることなんてできるはずもないんだけど……。それでも、抵抗してしまうのはなぜだろう。
この場合は、素直に手を離すのが正解なのに。
「そんなぁ……。いくらなんでも、それはないよぉ。こういうのは一緒に…だよね?」
私は、泣きそうな表情になりながらそう言いつつ、ゆっくりと奈緒ちゃんを掴む手の力を緩めていく。
この時にはもう、無理だと諦めていたのかもしれない。
奈緒ちゃんはそれを察したのか、するりと私から離れる。
「そんなわけないでしょ。香奈が無理なら、せめてあたしが楓君と一緒にいてあげないとさ。楓君が寂しい思いをするでしょ」
「私は、その……。ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから──」
私は、生徒会の書類を手に持つと、教室を後にした。
小走りで教室を出たので、間に合わないと思ったんだろう。
奈緒ちゃんは、私の背に向かって言う。
「それじゃ、あたしは下駄箱前で待ってるから。はやく来てね」
「わかった。なるべく早く、そっちに行くから」
私は、奈緒ちゃんにそう言い残して、そのまま生徒会室に向かっていった。
奈緒ちゃんのことだから、私のことなんて待たないだろうな。
やっぱり私は、生徒会長の器にはないと思う。
それを説明しているのに、宮繁先輩は聞いてはくれない。
今回も、説明するだけ無駄だろうから、書類だけを渡して帰るつもりだ。
実際には待ってはいないだろうけど、奈緒ちゃんが待っててくれているだろうし。
私は、生徒会室のドアをノックする。
「はい」
案の定、返事が返ってきたので、私は口を開く。
「二年の西田です。宮繁先輩から頼まれた書類を持ってきました」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼します」
そう言って、私は生徒会室のドアを開けて、中に入る。
生徒会室の中には、生徒会副会長と書記と生徒会長の三人がいて、各々、書類に目を通していた。
私に応対したのは、おそらく書記だろう。
三人とも、普通に見て凛々しいといった感じで、近寄り難い雰囲気を出している。
私は、この雰囲気がどうしても苦手だ。
この場合は、早々に書類を渡して、生徒会室を去るにかぎる。
「宮繁先輩に頼まれた書類を提出しにきました」
「どれどれ……。確認しますね」
書記らしき女子生徒は、私が渡した書類をその場で確認しだす。
私は、しばらくその場で待つ。
確認を終えると、書記らしき女子生徒は、宮繁先輩にその書類を渡した。
そして、私には笑顔を浮かべる。
「たしかに、受け取りました。ありがとうございます」
「いえ……。それじゃ、私はこれで──」
どうやら、問題はなかったようだ。
私は、安堵の息を吐くと踵を返し、生徒会室を後にしようとする。
しかし──。
「ちょっと待って。少しだけ、話があるの。…いいかな?」
そう言って私を引き止めてきたのは、他でもない。女子校の生徒会長──宮繁先輩だ。
少しだけならと思い、私は立ち止まり、宮繁先輩の方に視線を向ける。
「少しだけなら」
「よかった。ダメって言われたら、どうしようかと思ったわ」
宮繁先輩は、そう言って安堵していた。
生徒会室で話をするのは、正直、緊張してしまう。
「それで……。話って、なんですか?」
私が訊くと、宮繁先輩はハッキリとした口調で言ってきた。
「単刀直入に言うわ。西田さん、次の生徒会長になる気はない?」
またそれか……。
そう思いながら私は黙っていると、宮繁先輩は言葉を続ける。
「やっぱり次の生徒会長は、あなたしかいないと思っているのよ。他の女子生徒との信頼も充分にあるし、成績だって優秀だしね。なにより、カリスマ性もあるから、あなた以外の女子生徒にはこの学校の生徒会長は務まらないと思うのよ」
「私は……」
「あなたの言い分はわかるわ。付き合ってる男の子のことでしょ? その心配はないわ。彼には、西田さんのことは諦めてもらうから。西田さんは、何も考えずに生徒会長をやってもらって構わないわよ」
勝手に言う宮繁先輩を見てて嫌悪感を覚えたのは、私だけだろうか。
楓と別れるって……。
そんなことできるわけないじゃない!
「何度も言いますけど、私は生徒会長になるつもりはありません。私には、付き合ってる人とのこともありますが、組んでるバンドもあるので、そのどちらも捨てることはできません。だから、次の生徒会長には他の女子生徒を指名してください」
「でもね、西田さん。生徒会長になれば、大学進学の時に有利に──」
「そこまでして良い大学に進学するつもりはないです」
私は、キッパリと言う。
大学に関しては、今の私のレベルに合ったところを受験するつもりだ。楓と一緒に通えるような場所にはなるけど。
まだ気が早いけど。
「話は終わりですか? それでは、私はこれで──」
「ちょっと、待っ……」
これ以上、話すことがないと判断した私は、生徒会室を後にする。
生徒副会長の女子生徒は、私を引き止めようとしたが、生徒会室を出た後だ。もう遅い。
それにしても。
いくら優秀だからって、生徒会長になるだなんて話はないだろう。
ましてや、やる気のない人に生徒会長を任せても、ろくでもないことにしかならないじゃない。
そう思いながら、私は廊下を歩く。
そういえば、奈緒ちゃんを下駄箱前に待たせているんだった。
待っていてくれてるかどうか疑問だけど、一応行ってみないとな。
私は、足早にそちらに向かって歩いていった。
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