第十四話・10

 今日は、学校帰りに買い物に行かないとな。

 そろそろ買い出しに行っておかないと冷蔵庫の中が空になってしまう。

 母さんは、こういうことには無頓着だし。

 幸いにして、今日は午前で授業が終わるから買い物は大丈夫そうだし、バイトにも間に合いそうだ。


「やあ、周防君」


 そう声を掛けてきたのは、学校の先輩だった。

 さらさらした髪に爽やかな印象の表情をした表情を浮かべている。おまけに背も高い。

 要するに陽キャでイケメンだ。

 だがしかし、どこか裏のありそうな表情をしている。

 これは、二股くらい平気でしてそうな感じだ。もしかしたら、それ以上かも……。

 ちなみに、名前は知らない。

 知らないっていうのも、普段は絶対に声を掛けてこない先輩だからだ。

 まぁ、それ以前の話で、僕自身が興味がないからっていうのも理由としてあるが。


「何ですか?」


 僕は、至って普段どおりに応対をする。

 先輩には印象を悪くしないようにしないと。


「君は、たしか女子校の北川奈緒さんと知り合いだったよね?」

「奈緒さ…いや、北川奈緒先輩とですか? たしかに知り合いで、個人的にも付き合ってもいますが。…それが、どうかしましたか?」


 首を傾げてそう言うと、イケメンの先輩はショックを受けた様子で愕然とした表情を浮かべる。


「そんな……。あの北川さんが、他の男子と付き合ってるなんて……」


 まるで、初めて女の子からフラれた男子の図だ。

 これ以上、このイケメンの先輩の心に塩を塗りたくないので、そのまま立ち去ろう。


「用件がないのなら、僕は失礼しますね」

「ちょっと待ってくれ」


 イケメンの先輩は、すぐに僕の腕を掴んで、立ち去ろうとする僕を制止してくる。

 まだ何かあるのかな。


「今度は何ですか?」

「付き合ってるっていうのなら、君は北川さんの好みを知ってるってことだよね?」


 そう言ってくるイケメンの先輩。

 なんだか必死だな。

 どんなことをしてでも奈緒さんを落としたいのか。

 ひょっとして、このイケメンの先輩が奈緒さんに告白した男子なのかな。

 もしそうだとしたら、香奈姉ちゃんが言ってたことは本当のことになる。

 今、付き合ってる女の子とかで我慢しておけばいいのに。


「知ってますけど、それを先輩に言うつもりはないですよ」


 僕は、軽く息をついてそう言った。

 ホントに言うつもりはない。

 しかし、このイケメンの先輩。僕にすがりついてくる。


「頼む! 俺は、どうしても北川奈緒と付き合いたいんだ! この恋心を諦めたくないんだよ」

「だけど先輩。他に付き合っている女の子がいますよね?」

「そ、それは……」

「北川先輩は、二股をするような男子となんか、付き合わないかと思いますよ」

「そうなのか……」


 イケメンの先輩は、呆然とした表情でその場で立ち尽くしてしまう。

 その顔は、まさに図星かな?

 この先輩のことは、何も知らないのに……。

 まぁ、僕の場合は、そんなことは──って、あれ?

 僕の場合も、そうじゃないのか?

 僕だって、香奈姉ちゃんと付き合ってるから、奈緒さんと一緒にいたら二股にならないのかな?

 そうした疑問が頭の中に過ぎったが、奈緒さんが許しているのなら別にいいかって思うと、幾分かすっきりした。

 奈緒さんとはバンドでの付き合いもあるから、余計に仲良くしないといけないし。


「それじゃ、僕は失礼します」


 僕は、ゆっくりとイケメンの先輩から離れ、学校の中へと入っていった。

 これ以上はさすがに、何かを言ってくることもないだろうな。

 予定通り、今日は帰りに買い物をしていこう。


 ──学校帰り。

 やはりと言うべきかなんというか。

 朝に話しかけてきたイケメンの先輩は僕のことを待っていたみたいで、僕の姿に気がつくと悠然とした足取りでこちらに近づいてきた。


「やあ、周防君。待ってたよ」


 白い歯を見せてそう言ってくるあたり、彼からは相当な余裕を感じる。

 その余裕そうな顔を見てると、なんだかイラッとしてくるな。

 何故だろう。


「僕を待ってたって、意味がない気がしますけど……」

「そんなことはないよ。もしかしたら、北川さんが君のことを待っているかもしれないし」

「そんなこと、あるわけが──」


 そう言いながら、僕は下駄箱にある靴を履き替える。

 そんなこと、あるわけがない。

 香奈姉ちゃんならあり得そうだけど、奈緒さんに限ってそんなことはない…と思う。

 そんなこんなで校門前まで行くと、そこには香奈姉ちゃんと奈緒さんが立っていた。

 どうやら、女子校も午前授業だったみたいだ。

 二人は、僕の姿に気がつくと笑顔を浮かべ、僕のところに駆け寄ってくる。


「さぁ、弟くん。一緒に帰ろう」

「楓君。あたしと、一緒に帰ろう」


 どっちも一歩も引くつもりはないのか、手を差し出してきた。

 僕としては、どっちの手も取りたいところだが、今日は買い物をして帰るつもりなので、どっちも無理だ。

 僕の傍にいたイケメンの先輩は、この状況を見てあんぐりと口を開けていた。

 どうやら、香奈姉ちゃんと奈緒さんの二人が僕を待っていたなんて思わなかったんだろう。

 とりあえず、この先輩は無視だ。


「一緒に帰りたいのはやまやまなんだけど……。今日は、食材の買い出しをして帰ろうかなって……」

「そっか。買い物かぁ。…どうする、奈緒ちゃん?」

「あたしは、全然構わないよ。楓君の買い物くらい、付き合ってあげるよ」


 奈緒さんは、そう言って僕の腕にしがみついてくる。


「あ、ズルい。私も──」


 それを見ていた香奈姉ちゃんも、すぐにもう片方の僕の腕にしがみついてきた。

 えっと……。これは、どうしたらいいのかな。

 両手とも塞がっちゃったんだけど……。


「あの……。これは、どうしたら?」

「そんなの。弟くんが考えることだよ」

「楓君と一緒に歩けるのなら、あたしは何でもいいよ」


 二人とも、やけに積極的だ。

 どっちかを選んでということなら、まだ話はわかるけど、この場合はあきらかに違う。


「とりあえず。僕は買い物があるから。…途中までなら、一緒に行けると思う」


 僕は、二人にそう言った。

 さすがに、食材の買い物に付き合わせるわけにはいかない。

 奈緒さんは、優しそうな笑みを浮かべて言ってくる。


「あたしは、最後まで付き合えるよ」

「え……。それは、さすがに悪いよ」

「弟くんは、気にしすぎだよ。私たちがいいって言ってるんだから、いいの!」

「わかった。…それじゃ、行こうか」

『うん』


 二人は、嬉しそうに頷いていた。

 そのまま行ってしまう前に、イケメンの先輩に一言、言っておかないとダメだよね。


「ということで、僕たちは先に帰りますね。それじゃ──」

「あ、うん。また明日」


 イケメンの先輩は、呆然とした表情で僕たちを見送っていた。

 奈緒さんも香奈姉ちゃんも高嶺の花だけに、なんとも言えなかったんだろうな。

 高嶺の花って言ったら、同じバンドメンバーの美沙先輩も理恵先輩もそうなんだけどさ。


 学校帰りに立ち寄れるお店って言ったら、僕の家から比較的近いスーパーくらいだ。

 香奈姉ちゃんも、食材とかの買い出しには、この店を利用している。


「今日は、何が安いかな」


 香奈姉ちゃんは、そう言って店の窓に張り出されているチラシを確認し始めた。

 僕的にも、張り出されているチラシに載っている内容は、貴重な情報だ。

 必要なものは、あらかじめメモにとってあるが、予想外の買い物になることは想定済みである。


「せっかくだから、あたしも何か買っていこうかな」


 奈緒さんも、買い物をしていくことにしたらしい。

 そういえば奈緒さんって、料理とかできるのかな?

 興味はあるが、聞くのはやめておこう。

 下手にツッコんで怒られてしまったら、それこそシャレにならないからな。


「それじゃ、みんな別行動だね」


 僕は、二人を見てそう言った。

 すると二人は、『うん』って頷く。


「そうだね。楓は特にも買うものが多いから、私たちがいると、自由に買い物ができなくなっちゃうしね」

「あたしも、それで構わないよ」

「それじゃ、後で──」

「うん。後でね」


 香奈姉ちゃんと奈緒さんは、思い思いに店の中に入っていった。

 ──さて。

 そういうことなら、僕も必要な食材でも買いにいこう。

 僕は店の中に入ると、制服のポケットの中からメモを取り出した。

 まずは必要なものを確認して、最優先で買い物カゴに入れていかないと。

 これは買い物を終えた時には、ちょっとした荷物になりそうだ。

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