第九話・11

 一度、目が冴えるとなかなか眠れないものである。

 ベッドに入ったものの寝付けず、どうしたものかと僕は寝返りをうつ。

 向いた方向は壁側だ。

 香奈姉ちゃんは、おそらく寝ているだろうから、静かにしないといけないし。

 とりあえず、目を閉じてジッとしていれば、寝れるはずだ。

 ………。

 う~ん……。眠れない。

 どうしよう。


「眠れないの?」


 僕が眠れなくて困っているところに、香奈姉ちゃんから声をかけられる。

 ひょっとして起きているのがバレてる?

 いや、まさか……。

 そのまま寝たフリをしようかと思って無言を貫いていると、香奈姉ちゃんが寝ているところから物音がした。

 そして、次の瞬間。

 香奈姉ちゃんが、ゆっくりとベッドの中に入ってくる。


「っ……⁉︎」


 それでも寝たフリをしようと思い、僕は目を閉じてジッとしていた。

 香奈姉ちゃんは、そっと僕に抱きついてくる。


「寝たフリしたってダメだよ。お姉ちゃんには、すべてお見通しなんだから」

「………」


 それでも僕は動じない。

 ちょっとドキドキしているけど、それが風邪によるものなのか、純粋に恥ずかしい気持ちでそうなっているのか、よくわからない。


「ホントに寝ているの?」


 香奈姉ちゃんのその言葉に、僕はうっすらと目を開ける。

 香奈姉ちゃんは、僕の顔を覗き込み、起きてるかどうか確認していた。

 あくまでも、僕は『寝ている』のだ。

 だから、目を閉じてリラックスしなきゃいけない。

 僕は、静かに寝息をたてる。

 香奈姉ちゃんにとっては、僕が『寝ている』という事実さえわかればいいようだった。


「ふ~ん。あくまでも寝たフリをするのか。…だったら、私にも考えがあるよ」


 そう言うと香奈姉ちゃんは、僕の上に乗っかり騎乗位の状態になる。


「どうしたの、香奈姉ちゃん?」


 僕は、香奈姉ちゃんを見て思わず口を開く。

 すると香奈姉ちゃんは、悪戯っぽく笑みを浮かべた。


「やっぱり起きてたんじゃない」

「そんなことされたら、誰だって目が覚めちゃうよ」


 一体、何がしたいんだろう。

 僕は、ゆっくりと身体を起こす。

 香奈姉ちゃんは、騎乗位の状態を維持したかったのか、少しだけ後ろに移動する。


「…それで。一体、どうしちゃったの?」


 僕は、軽く息を吐いてそう聞いていた。

 風邪が原因で体調は良くないのはよく知ってるはずなのに、なんで香奈姉ちゃんが騎乗位の状態で迫ってくるんだろう。

 香奈姉ちゃんは、隠す気もないのかハッキリと言った。


「実は、眠れないのよ」

「いや……。僕にそう言われても……」


 僕にどうしろというんだろうか。

 かくいう僕も眠れないし……。


「だからね、楓。二人で抱き合って一緒に寝ようよ。…そうしたら、眠れると思うんだ」

「いや、それは却下させてもらうよ」

「どうしてよ」

「僕は今、風邪引いてるんだよ。もしも香奈姉ちゃんに風邪を感染してしまったら大変じゃないか」

「その風邪って、私の風邪が感染ったんだよね?」

「たぶん、そうだと思うけど……」

「それなら問題ないじゃない」


 そう言うと香奈姉ちゃんは、強引にベッドの中に入ってきた。

 どうやら、僕に拒否権はないみたいだ。


「香奈姉ちゃん?」

「なんて言われたって、私は楓と一緒に寝るからね。文句ないよね?」

「文句は…ないけど……」


 僕は、近くに来た香奈姉ちゃんを見て思わずドキッてなってしまう。

 なぜなら、今の香奈姉ちゃんは寝間着姿で胸元がチラリと見えているのだ。

 これは、かなりグッとくる。


「どこ見てるのかな~?」


 僕の視線の先を見ていたのか、香奈姉ちゃんは悪戯っぽく笑みを浮かべ聞いてくる。


「え……。いや、その……。これは……」


 それに対して僕は、正直に答えることができず、思わず胸元から視線を逸らす。

 香奈姉ちゃんは、寝間着の胸元の方のボタンを二つほど外し、頬を染める。


「楓なら、少しくらい見てもいいよ。それで元気になるのなら──」

「いや……。ここは素直に寝ようよ」


 わざわざ胸元をくっきり見せなくてもいいよ。

 ──まったく。

 香奈姉ちゃんの奇行は、ここでも発揮してしまうのか。


 ──朝。

 やっぱり体調はすぐれない。

 一日や二日で治るものじゃないとはわかっていたけど、香奈姉ちゃんを心配させたくないな。

 そう思った僕は、側で寝ている香奈姉ちゃんを起こさずにゆっくりと起き上がった。

 少しでも元気な姿を、香奈姉ちゃんに見せてあげたい。

 やせ我慢でもいいから。


「ん……。楓……」


 香奈姉ちゃんは、ゆっくりと目を開ける。


「あ、香奈姉ちゃん。おはよう」

「おはよう、楓。もう風邪は良くなったの?」

「昨日よりは、マシになったよ」


 僕は、微笑を浮かべてそう言った。

 はっきり言えば、まだちょっと眠い。

 真夜中に起きて香奈姉ちゃんと戯れあってたのだから、眠いのは当然かもしれないが。


「学校には行けそう?」

「学校は、さすがにまだ無理そうかな。もう一日だけ、休もうかなって思って」

「みんなに感染したら大変だもんね」

「うん。風邪は治りがけが肝心って、よく言うしね」


 とにかく、今日も学校は休むつもりだ。


「そういうことなら、私が今日一日、学校休んで楓の看病しようか?」

「それは、さすがに……。香奈姉ちゃんは、普段通りに学校に行きなよ」

「私のことは、気にしなくていいんだよ。私は、自分がしたいと思ったことをするだけなんだから」

「真面目な香奈姉ちゃんに、そんなことさせられないよ」


 そんなことさせたら、男子校だけじゃなく女子校にも噂が広がってしまう。

 それだけは、なんとしても阻止しないと。

 そう思ったんだけど……。

 香奈姉ちゃんは一度言い出すときかない一面があるのを、僕は忘れてしまっていたようだ。


「楓が引いた風邪は、元はと言えば私が原因でなったものなんだから、私が責任を持って看病するよ。それに鞄の中には、今日の分の風邪薬が入っているから何も問題ないよ」

「…でも、この制服は?」


 僕は、香奈姉ちゃんの制服を手に取って、そう聞いていた。

 学校に行くために、準備したんじゃないのか。


「これは、楓に元気になってもらいたくて用意したものだよ」

「そうなの?」

「うん。きっと元気になるかと思って」


 女子校の制服で、僕が元気に?

 一体、何をするつもりなんだろう。

 それにしても、ホントに学校を休むつもりなのか。


「何をするつもりなの?」

「それは──。きっと楓が喜ぶことだよ」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。

 その自信はどこからきてるんだ。


「いや……。普通に喜んだらダメでしょ」

「なんでよ~。私の制服姿は、ムラムラッとこないの?」


 香奈姉ちゃんは、今着ている寝間着を脱ぎながらそう聞いてくる。


「ムラムラはしないかな。もう見慣れてしまったし……」

「それなら、これはどうかな?」


 寝間着を脱ぐと完全に下着姿だ。

 香奈姉ちゃんは、僕に見せつけるように目の前に立った。


「下着姿はちょっと……。刺激が強いかも……」


 僕は、そう言って視線を逸らす。

 香奈姉ちゃんってスタイルが良いから、つい胸の方に目がいってしまうんだよな。


「もしよかったら、今日一日、この格好でいてもいいんだよ」

「それは──」

「もちろん、楓の部屋の中限定だけどね」


 兄がいるから速攻で断ろうと思ってたんだけど、そこは香奈姉ちゃんだ。僕の部屋限定なら別に…って、良いわけがないだろう。


「いや……。その格好で部屋の中を彷徨かれたら、僕がどうにかなっちゃいそうで……」

「もしかして。私を抱きたくなっちゃうとか?」

「うん。間違いが起きそうな気がするんだよね」

「ふ~ん。それなら、シャワーを浴びに行った方がいいかな」


 香奈姉ちゃんは、頬を染めてそう言った。

 僕に、万が一の間違いを起こせって言ってるのか。

 ──いやいや。

 そもそもの話、体調がすぐれない時にやることじゃない。さすがに、今回は香奈姉ちゃんも自重するだろう。


 その後、香奈姉ちゃんは自分のスマホで学校に『体調不良なので休みます』と、連絡を入れていた。

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