第十二話・2

 いつもの学校帰り。

 香奈姉ちゃんは、僕を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。


「お待ちしていました、ご主人様。一緒に帰りましょう」


 そんな言葉を他の男子生徒たちがいる前で言ったものだから、さぁ大変。

 周りにいた男子生徒たちは、あまりの事に騒然となる。


「ご主人様って……。あいつ、俺たちの憧れの西田先輩になんて呼ばせ方してるんだよ」

「あいつ、許さねえ」

「一体、どういうことなんだ?」


 そんな男子生徒たちの声が聞こえてきていた。

 僕の方は、脳の処理が追いつかずにその場で固まってしまう。

 そんな僕の状態を知ってか知らずか、香奈姉ちゃんは僕の右腕にそっと腕を絡ませてくる。


「どうしたんですか、ご主人様? はやく帰りましょう」

「え、あ…うん。そうだね」


 僕の口からやっと出てきた言葉はこれだった。

 まさか学校帰りの時にまで、メイドの口調で言ってくるなんて思いもしなかったのだ。

 せめて、『ご主人様』って言ってくる時は、メイド服を着た状態で言ってきてほしいんだけどな。

 制服の時は、普段どおりでいいのに。

 香奈姉ちゃんは、上機嫌で僕の腕を引っ張って歩いていく。

 僕は、周囲から痛いくらいの視線を浴びつつも、香奈姉ちゃんと歩いていった。

 お願いだから、あんまり見ないでほしいな。


 僕の部屋にたどり着くと、香奈姉ちゃんはすぐに制服を脱ぎ始める。

 僕の部屋にいるのは僕と香奈姉ちゃんだけなので、特に問題はない。ちなみに、下着の色は白。

 問題があるとすれば、僕の部屋にメイド服があることだ。

 いつからそこにあったのかわからないが、香奈姉ちゃんはハンガーに掛けてあるメイド服に手を伸ばす。

 きっと、そのメイド服は母が用意したものに違いない。

 おそらく、僕が香奈姉ちゃんに言ったことを、逐一聞いていたんだろう。

 まったく、母さんも人が悪い。

 僕に下着姿を見られても平然としているのは、もう全裸を見られてるから平気だと思っているんだろう。


「今、着替えますので、少々お待ちくださいね」

「部屋の外で待っていようか?」


 さすがに、香奈姉ちゃんの着替えを見るわけにはいかないと思い、そう言っていた。

 しかし香奈姉ちゃんは、僕の部屋のドアの前に立って、僕が部屋の外に出ようとするのを阻む。


「私がメイド服に着替えているところを、じっくりと見ていただきたいんです。どうか、このままで──」

「でも……」

「それでも、部屋の外に出るって言うんでしたら──」


 香奈姉ちゃんは、下着姿で僕に抱きついてきた。


「この姿でたっぷりとご奉仕するよ」

「それは……」

「私の着替えを見るか、ご奉仕してほしいか。この場で選んでください」


 ご奉仕って、一体何をするつもりなんだろうか。

 もしかして、エッチなこと?

 とても気になるが、聞かない方がいい気もするんだよな。

 だから、ご奉仕の方はやめておこう。


「わかったから。香奈姉ちゃんの着替えを見てるから。だから、離れてよ」

「わかりました。…では、着替えますね」


 香奈姉ちゃんは、ゆっくりと僕から離れ、メイド服を着用し始めた。


 目の前でメイド服に着替えるのって、どんな気分なんだろう。

 着替えている本人はそんなに気にしなくても、着替えを目の前で見ている方は、結構気を遣うよな。

 香奈姉ちゃんは、「ふんふ~ん」と鼻歌を歌いながらメイド服の色に合わせた白のニーソックスを穿いていた。


「もう少し待ってくださいね。このニーソックスを穿いたら完了ですから」

「うん」


 香奈姉ちゃんの言葉に、僕はそう返事をする。

 メイド服を着るのって、意外と大変なんだな。

 文化祭の時に着たメイド服は、コスプレ衣装ってのもあったけど、着付けに香奈姉ちゃんや奈緒さんが手伝ってくれたから、そこまで面倒はなかったんだけど。

 そういえば、女子たちの着付け途中の光景は見なかったな。

 やっぱり、メイド服に着替えるのって大変なんだろうか。


「ねぇ、香奈姉ちゃん」

「なんですか? ご主人様」


 こんな時にまで『ご主人様』っていうのは、正直やめてほしいな。


「メイド服って、着たりするのは大変だったりする?」

「いえ、慣れれば快適な着心地ですよ。尽くす相手がいたら、苦にならないくらいです」

「そうなんだ」

「はい!」


 香奈姉ちゃんは、屈託のない笑顔を浮かべる。

 その笑顔はとっても可愛いんだけど。

 なんか、聞いた僕がバカだったかな。


 ニーソックスを穿き終えると、香奈姉ちゃんは問答無用で僕の側に寄り添ってきた。


「お待たせしました、ご主人様。今日も、全力であなたにご奉仕しますね」

「具体的には何をするの?」

「何なりとおっしゃってください。私にできることであれば、何でもやってあげますから」


 香奈姉ちゃんは、そう言って腕を絡めてくる。

 そうは言うけど、さすがに無理があるだろう。


「いや、大抵のことは自分でできるし、大丈夫かと思うんだけど……」

「そうですか……。少し残念です」


 そんな悲しそうな顔をされても……。

 ホントに自分のことは自分でできるし。

 兄なら、色々と頼んでいるのかもしれないけどさ。

 まぁ、せっかくだから、僕も一つくらいは頼んでみようかな。


「それならさ。今日の宿題を一緒にやってくれるかな」

「ご主人様の今日の宿題を…ですか?」

「ダメなら別にいいんだ。こういうのは自分でやってこそ意味があるものだし」

「ダメなわけないじゃないですか。はやく見せてください」


 香奈姉ちゃんは、微笑を浮かべてそう言った。

 気のせいか、香奈姉ちゃんの表情がパァッて明るくなってるし。

 きっと、こうして頼りにされるのが嬉しいんだろう。

 僕からしたら、香奈姉ちゃんが僕の宿題を一緒に見てくれるのは、ホントに心強い。

 僕は、机の横にあるテーブルを取り出して、部屋の真ん中に広げた。

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