第十三話・4

 僕の部屋に戻ってくるなり、香奈姉ちゃんはすぐに僕に抱きついてきた。

 いきなりのことだったので、僕は驚いて声をあげてしまう。


「ちょっ……。香奈姉ちゃん⁉︎」

「少しくらい、いいでしょ。私だって、恋する女の子なんだよ」


 香奈姉ちゃんは、頬を染めてそう言った。

 予想通りの行動というか、なんというか。

 最近の香奈姉ちゃんは、すごく積極的になっている。

 この間のメイド服の件もそうだけど、僕に対しての好意を剥き出しにしている感がハンパない。

 恋人同士なんだからと言われたら、反論できないくらいだ。


「だけど……。そんな積極的に来られたら……」

「いいじゃない。消極的な方よりマシだとは思うよ」

「気持ちはわかるけど……」

「それなら、文句はないよね?」


 香奈姉ちゃんは、そう言ってそのまま僕を押し倒す。

 押し倒された先はベッドの上だったので、香奈姉ちゃんが僕に覆い被さる形になった。

 普通は逆なんだろうけど、僕たちの場合はこれが当たり前なのだ。


「あの……。香奈さん」

「ん? どうしたの? 楓」

「この状況は、僕としては嬉しいことだけど、まさかそのままするつもりなの?」


 僕は、ついそう訊いてしまっていた。

 まさかこんな時間に、セックスなんてしてこないよね。

 僕もゴムは持ってないし。

 香奈姉ちゃんは微笑を浮かべ、そのまま顔を近づけてくる。


「心配しなくても大丈夫だよ。さすがに、今の時間でそんなことをするつもりはないから」

「そうなんだ。それじゃ、これは何のために?」

「これはね。楓に、私のぬくもりを知ってもらいたくてやってることなんだよ」


 そう言って、香奈姉ちゃんは僕にキスをしてきた。

 こんな状況だと、どこにも逃げられない。

 香奈姉ちゃんは、そのままギュッと僕を抱きしめてくる。


「今から、他の女の子の事なんて考えられなくしてあげるからね」


 香奈姉ちゃんは、再度キスをしてくる。

 もう何度、キスをすれば気が済むのかって、聞きたくなるくらいに濃厚なものだ。

 僕は抵抗しようとするが、香奈姉ちゃんに手を掴まれてしまい、それもあえなく阻まれてしまう。

 香奈姉ちゃんは、身体が火照ってきたのかムクリと起き上がり、上着のチュニックを脱ぎ始めた。

 僕の目の前でだ。

 チュニックを脱いだら、当然ブラ一枚である。

 香奈姉ちゃんは、頬を染めて言った。


「やっぱり我慢できそうにないかも……。ごめんね、楓」


 その言葉と同時に、ミニスカートの方にも手を伸ばし、完全に下着姿になる。


「えっと……。香奈さん」


 話が違うよ。香奈姉ちゃん……。

 エッチなことはしないんじゃなかったのか。

 僕はムクリと起き上がる。

 しかし香奈姉ちゃんは、僕の身体を手で添えて、起き上がるのを阻止してきた。


「ダメだよ、楓。…楓は、そこでジッと見ていてもらわないと」


 香奈姉ちゃんは、そのブラ一枚も外そうとしている。


「いや……。さすがにブラジャーは着けててもらわないと……」

「やっぱり我慢できないの……。楓の傍にいたくてたまらないの……。私、どうしたらいいかな?」

「そんなこと訊かれても……。香奈さんがしたいと思ったことをするのが一番だと思うけど……」


 それが一番の解決策だと思うけど、さすがにエッチなことをするのは、気が引けるな。

 僕がそう言った途端、香奈姉ちゃんは僕に覆い被さる形で身体を乗り出してくる。


「楓なら、そう言うと思っていたよ」


 魅惑的な笑顔を浮かべてそう言ってくる香奈姉ちゃん。

 さっきの言葉はどこへ行ったんだろうか。

 なんにせよ、この状況は良いとはいえない。

 これ以上、後ろへ退がることができない僕は、香奈姉ちゃんの肩に手を添えて言う。


「ちょっと待って……。今の時間から、それをするのは早いような気がするんだけど」

「楓と私の仲じゃない。少しくらい早くても大丈夫だよ」


 香奈姉ちゃんは、そう言って身体を寄せてくる。


「いやいや。そういう問題じゃなくて……」

「それじゃ、どういう問題なの?」


 そんな思案げな顔をされても……。

 具体的に答えられるわけがない。


「だからその……。えっと……」


 当然のことながら、僕はしどろもどろになる。

 すると香奈姉ちゃんは、呆れたと言わんばかりの表情で軽くため息を吐き、言った。


「やっぱり、答えられないんじゃない」

「そんなことは……」

「楓が言葉に詰まるってことは、何か隠し事してるってことだよね? …何なのかな? 正直に言いなさい」

「いや、だから……。隠し事なんて、何も──」

「ホントに~。なんか怪しいな」


 そんな訝しげな顔をして言われても……。

 一体、何のことだかさっぱりわからないんだけど。

 隠し事なんて、何もしてないわけだし。


「とにかく。…誰か来たら言い訳できないようなシチュエーションだからさ。とりあえず離れよう」

「別にいいじゃない。言い訳なんか、するつもりもないんだから。それとも、私とのスキンシップは嫌なの?」


 香奈姉ちゃんは、今にも泣きそうな顔になる。


「そ、それは……。嫌…ではないけど……」


 香奈姉ちゃんにそう言われたら、こう返すしかないわけで……。


「だったら、何も問題ないじゃない」


 香奈姉ちゃんは、そのまま僕に抱きついてきた。

 下着姿の女の子に抱きつかれるのって、すごく抵抗があるんだよなぁ。

 香奈姉ちゃんは、恥ずかしくないのかな。


「楓も脱いじゃう?」

「脱ぐって、何を?」

「服だよ。裸で抱き合ったら、きっとすごく気持ちいいと思うのよね。楓もどう?」


 香奈姉ちゃんは、僕の胸あたりを指でなぞり、そう言ってきた。

 そんなこと言われても。

 僕は、まだやることがあるからなぁ。

 そんなことは、まだできない。


「遠慮しておきます」


 僕は、そう答える。

 即答だったから、香奈姉ちゃんは少し驚いたんだろう。

 キョトンとした表情で、僕を見ていた。


「そう……」


 その言葉も寂しそうといった感情はなく、どこか安心した感じに見えたのは気のせいだろうか。

 僕は、香奈姉ちゃんの身体を優しく抱きしめて言う。


「ごめんね。まだやることがあるからさ」

「うん。わかってる。楓は、何も気にしなくていいよ」

「香奈さん? もしかして、拗ねてる?」

「拗ねてないよ。逆に嬉しいの」

「嬉しい? 何で?」

「楓は、なんだかんだ言って、私の言うことは大抵聞いてくれるからね。私としては、楓でよかったなぁって」


 香奈姉ちゃんは、愛らしい笑みを浮かべる。

 こうして見ると、とても『お姉ちゃん』っていう感じに見えないんだよなぁ。

 なんだか同い年の女の子を見てるような感じ。

 僕は、香奈姉ちゃんの頭を優しく撫でてあげた。


「ちょっとぉ……。やめてよぉ~。こんなことされたら私──」


 香奈姉ちゃんは、恥ずかしかったのか見る見る頬が赤く染まっていき、僕の胸に顔を押し当てる。

 どうやら嫌ではないらしい。

 僕によく抱きついてきたりするくせに、逆に頭を撫でたりといったことをしたら、そんな反応になるのか。

 なんだか可愛いな。


「恥ずかしがることはないよ。香奈さんは十分に可愛くて、素敵な女の子だから」

「ちょっ……⁉︎ 楓。恥ずかしいこと言わないでよぉ」


 好きな人にアプローチするのは得意みたいだけど、好きな人からアプローチされることにはめっぽう弱い香奈姉ちゃん。

 こんな姿を見れるなんて。ある意味、貴重だ。

 僕は、香奈姉ちゃんの身体を優しく抱きすくめていた。

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