第十一話・11

 早朝。

 目を覚ますと、いつもどおりに香奈姉ちゃんが早起きして制服に着替えていた。


「あ……。おはよう、楓。今日も、いい天気ね」


 こちらに気づいた時の香奈姉ちゃんは、今まさに制服のスカートを穿こうとしている最中だったのだが。

 なんだろう。

 香奈姉ちゃんを見ていてすごくドキドキする。

 まだ香奈姉ちゃんの身体に反応しているのかな。

 やっぱり、香奈姉ちゃんとエッチをした後っていうのは、こんなにも意識してしまうものなのか。

 もちろんゴムを使ってエッチをしたけど、数時間経った今でも、まだ忘れられない。

 僕は、おもむろにベッドの近くに置いてある時計に目をやる。

 時間的にまだ早いような気がするんだけど。

 ちなみに時間は、朝の五時になるちょっと前だ。

 そんなに早く起きたところを見ると、あの後あんまり眠れなかったのかな。

 僕は、ゆっくりと体を起こす。


「おはよう、香奈姉ちゃん。…どうしたの、こんな時間に?」

「朝ごはんの準備でもしようかなって思ってね」


 香奈姉ちゃんは、制服のスカートをきちんと穿いてそう言った。

 たしかに朝ごはんの準備をする時間としては、ちょうどいいのかもしれないが。


「朝ごはんの準備なら、僕がするつもりだけど」

「そうなの? それなら私も手伝おうかなって」

「手伝うって、何を?」


 朝ごはんの準備をするだけなら、特に手伝う必要はないんだけど。


「朝ごはんの他にお弁当を作るでしょ。だから、それの手伝いをしてあげるって言ってるの。…わかった?」

「そういうことか。…ありがとう、香奈姉ちゃん。ホント助かるよ」

「いえいえ。いつもやってることですから」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言っていた。

 今日も共同実習の二日目になるから、午前授業でお昼は家で食べる予定なんだけど。

 まぁ、母のお弁当を作ってくれるのなら、それはそれでありがたいことだ。

 素直に感謝するしかない。


 今日は、共同実習の二日目だ。

 昨日は美術の授業だけで終わったのだが、今日は何の授業をするつもりなんだろう。

 来栖先生からは、何も聞かされていないのでよくわからない。

 ただ一つ言えることは、今日も女子校の生徒たちが男子校に来るため、女子たちが男子たちにアプローチを仕掛けるべく迫ってくるだろうということだ。

 そうなると、千聖も間違いなく僕にアプローチしてくる。

 そんな僕の心中を察したのか、隣を歩いていた香奈姉ちゃんが僕の手を握ってくる。


「今、古賀さんの事を考えてたでしょ?」

「うん。また笑顔で話しかけてくるんだろうなって思うと、気が重くて……」


 僕は、深くため息を吐く。

 千聖の好意はありがたいが、僕にはもう好きな人がいる。

 だから、千聖の想いには応えられない。


「気にすることなんてないわよ。古賀さんは、ちゃんとわかってくれると思うよ」

「何を?」

「私が『楓の彼女』だっていうことをだよ。大抵の女の子は、それで諦めてくれるよ」

「そんなものなのかなぁ。昨日のあの様子だと、簡単に諦めてくれるとは──」

「楓君! おはよう」


 僕が言いかけたところで、突然、女子校の制服を着た女の子がやってきて、僕の腕にしがみついてきた。

 誰なのかは言うまでもない。千聖だ。

 千聖は、嬉しそうな表情を浮かべて言った。


「こんなところで会うなんて奇遇ですね。それとも運命かな」

「えっと……」

「おはよう、古賀さん」


 僕の傍らにいた香奈姉ちゃんは、笑顔で千聖に挨拶をする。

 千聖は、香奈姉ちゃんを見てわざとらしくこう言った。


「あれぇ~。いたんですか? 西田先輩。全然気づきませんでした。ごめんなさい」

「あらあら。最初からいたのに気づかないなんて、よほど目が悪いのかな? 古賀さんは──」

「そんなことないですよぉ~。西田先輩が、あまりにも存在感がなさすぎて、気づかなかっただけですよ」

「そうなの? てっきり私は、目が悪いものかと思ったよ」

「そんなことありませんよ~。西田先輩は、楓君のことが好きすぎて周りがよく見えてないんじゃないんですか?」

「そんなことはないわよ。古賀さんこそ、楓のことが気に入ったからって真っ直ぐになりすぎじゃないのかな?」


 見ればお互いに引きつった笑顔を浮かべて僕の腕を掴み、睨み合いをしている。

 これを止める方法はないものか。

 そう思案していると、諦めたのか千聖の方から僕から離れる。

 そして、少し先を歩いた後、クルッと振りかえり口を開いた。


「昔から、幼馴染同士の恋愛なんかうまくいかないって言われているからいいもん。私は、私のやり方で楓君をゲットしてやるんだから、覚悟していてくださいね」


 その時に、短めのスカートがフワッと翻り、中の下着がチラリと見えた。ピンク色だ。

 千聖は、そのまま走り出し先に行ってしまった。

 僕は、自然に笑みが出てくる。

 不本意にも、千聖のその姿が可愛いと思ってしまった僕がいた。

 それも察知したのか、香奈姉ちゃんが僕の脇腹を即座にツネってくる。


「こらっ! デレデレしないの!」

「ごめん……」


 僕は、ツネられた痛さに思わず身体がビクッとなる。

 香奈姉ちゃんは、呆れた様子でため息を吐く。


「まったく……。あのくらいでデレデレしないでよ。また夜にエッチをしてほしいの?」

「いや……。さすがにそれは……」

「なんで断ろうとするのよ。そこは、普通に嬉しいことでしょ」

「そうなんだけどさ。香奈姉ちゃんとのスキンシップは、ちょっと激しくて──」

「そうかな? あれでも優しい方だと思うけど。古賀さんのパンツが見えたくらいでデレデレしてしまう楓がおかしいんだよ」

「わかってたんだ……。香奈姉ちゃんには」


 やっぱり、香奈姉ちゃんにはわかっているか。


「私にも見えたからね。ちなみにあのパンツは勝負下着ってわけじゃないみたいだから、他の人に見られても全然平気だったみたいね」


 香奈姉ちゃんは、何かを悟ったかのようにそう言った。

 別に千聖が穿いてるパンツを見て『可愛い』と思ったわけじゃないんだけどな。


「そうなんだ。僕は、女の子の羞恥心の基準がよくわからなくなってきてるんだけど……」

「まぁ、女子校の制服のスカートって基本的には短めだから、羞恥心の基準って言われても、私にもよくわからないのよね。それにほら──」


 香奈姉ちゃんは、何を思ったのか僕の前に立つとスカートの裾をつまんで引き上げた。

 それによって、中の下着が丸見えになる。


「パンツくらいなら、見せても平気だし」


 僕は、あまりのことに呆然となってしまう。

 ちなみにこの通りには、他の通行人はいない。

 誰もいないから、こういうことが平気でできるんだな。


「そういうことって、女の子同士でやるもんなんじゃないの?」

「女の子同士でやっても張り合いがないというか、見せてもしょうがないからね。やってないのよ」

「まぁ、そうだよね」


 たしかに、女の子同士で下着を見せ合ってもしょうがないよな。

 女の子同士の百合ものなら、話は別だけど。


「とにかく。楓は私以外の女の子を好きになったらダメなんだからね!」

「それ…何度も言ってるよね」

「何度でも言うよ。私たちはもう、エッチなことをした仲なんだから!」

「声が大きいよ、香奈姉ちゃん。そんなことは、ホントのことだとしても、口に出したらダメだよ」

「別に問題発言を言っているわけじゃないんだから、大丈夫でしょ」

「そりゃ、そうだけど……」

「そんなことよりも、ほら。あんまりモタモタしてると遅刻しちゃうよ。はやく行こうよ」


 そう言うと香奈姉ちゃんは、僕の腕を引っ張っていく。

 別に同じ学校に行くわけじゃないんだけどな。


「うん」


 僕は、言われるがままに香奈姉ちゃんの後をついていった。

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