第二十四話・8

「それで? 香奈とは、どこまで進展したの?」

「それについては……。えっと……」


 そう言って迫ってくる奈緒さんに、僕はなんて言ったらいいのかわからず、うつむいてしまう。

 言葉を詰まらせてしまうのがよくないのは、前々からわかっている。

 特にも、奈緒さんには逆効果なのも──

 やはり場所が奈緒さんの家の近くにある公園というのが、僕にとってはよくないのかもしれないが。


「隠すようなことかな? あたしには、ちゃんと言ってほしいんだけど」


 そんな不機嫌そうな表情で言われてもなぁ。

 答えられる事と、そうでない事があるんだけど。

 少なくとも、香奈姉ちゃんとの事はあまり言えない。


「いや、その……。僕の口からは、さすがに……」

「そっか。それなら、香奈から直接聞けばいいのかな?」

「それは……」


 奈緒さんの提案に、僕はさらに何も言えなくなってしまう。

 奈緒さんなら、本当にそれをやりそうで怖い。


「あたしもね。楓君との今の関係には、ちょっとヤキモキしてるんだよね。だから、もういいかなって──」

「もういいって、なにが?」

「そろそろ楓君と付き合ってもさ。いい頃合いかなって……」

「奈緒さん」


 冗談だよね?

 どう考えても、それはないだろう。

 たしかに香奈姉ちゃんとは親友なのかもしれないけど。

 僕は、香奈姉ちゃんの交友関係を壊すような事はしたくないし。

 奈緒さんも、さすがにわかっているだろう。


「冗談だよ。あたしは、あたしのやり方で楓君の心を掴んでみせるよ。だからね。楓君は、あたしのことをしっかりと見ていてほしいんだ」

「うん。みんなのことは、しっかりと見ていくつもりだよ」

「『みんな』か……。ちょっと違うんだよなぁ……。まぁ、どっちでもいいけど」


 奈緒さんがそう言った途端、イタズラな風が吹く。

 まさに急な突風だ。

 それにより、奈緒さんが着ている制服のスカートが翻った。


「きゃっ!」


 奈緒さんは、すぐにスカートを押さえる。

 そうはしたものの、僕には見えてしまっていた。

 スカートの中の下着が……。

 ただでさえ短いから、ちょっと風が吹いただけで見えてしまうんだよなぁ。

 奈緒さんが穿いている下着の色は、白だった。

 らしくない悲鳴のあと、奈緒さんはムッとした表情で僕を睨んでくる。


「見たでしょ?」

「え? なにを?」


 僕は、思案げな表情で奈緒さんを見る。

 ちなみに僕の方も、その時は目にゴミが入らないように気をつけていたから、奈緒さんの下着を見たのは、ほんの一瞬なんだけど。

 だからこそ、見てないことにしてしまおうと思ったのは、ここだけの話だ。


「あたしのその……」


 奈緒さんは、とても言いにくいのか頬を赤くして口ごもってしまう。

 下着を見られてしまった事が、かなり恥ずかしいんだろうな。

 これは、よけいに見なかったことにしておこう。


「なんていうか。一瞬だけど、すごい風だったね。目にゴミが入るところだったよ」

「そ、そうだね。いきなりの事だったから、あたしもびっくりしちゃったよ」


 奈緒さんは、吹いた風によって制服のスカートに付着した砂埃を手で払い落としていた。

 よかった。バレてはいなさそうだ。

 これなら──


「まぁ、なんにせよ、大丈夫だったからよかったけど……」

「見なかったのかなぁ……。おかしいなぁ……」


 奈緒さんは、神妙な表情でそう言って、スカートの方に視線を向けている。

 もしかして、見てほしかったとか?

 まさか、そんなことはないだろう。


 奈緒さんは、見た目のクールさとは裏腹に、とても積極的な女の子だ。

 僕に対しても、積極的に迫ってくる。

 奈緒さんの部屋の中だと、いつもそんな感じだ。


「やっぱり楓君も、あたしのギターの扱いについては、雑に感じてしまうかな?」

「いきなりどうしたの?」

「うん。ちょっとね……。この間のライブで、言われちゃってね。楓君は、どう思っているのか聞きたくて……」

「どうって聞かれてもな。弾き方には個人差があると思うし……。僕には、なんとも──」


 雑に扱っているかと聞かれても、僕にはなんとも言えなかった。

 ギターにしても、ベースにしても、弾き方はそれぞれだから、なにが『雑』なのかよくわからないのが僕的な意見だ。

 もしかしたら、僕のベースの弾き方も他の人からしたら『雑』なのかもしれないし。


「楓君のは、問題ないと思うけどな」


 奈緒さんは、なにかを訴えかけるような眼差しでそう言う。

 僕の心の声でも読んだのかな?

 そんな目で言われたら、返す言葉がないじゃないか。

 僕は、後輩らしく奈緒さんに言葉を返す。


「それを言わせれば、奈緒さんのだって問題はないかと思います」

「そうかな? そう言われるとなんだか嬉しいかも──」


 奈緒さんは、そう言って僕の手を握ってきた。

 握ってくる時の奈緒さんの手はとても優しく、ふと顔を見たら、どこにでもいる女の子のような可愛いものである。

 クールに見える奈緒さんでも、そんな顔をするんだなって思ってしまうくらいだ。

 だからといって、僕自身もあまり積極的になれないのは、残念な話だけど……。


「奈緒さんには、奈緒さんのやり方があるんだから、気にしたらダメだと思います。人の感想も大事だけど、自分を信じてやるのも大事かと──」

「うん。そうだね……。ありがとう。楓君に相談してよかったかも……」


 奈緒さんは、そう言って微笑を浮かべる。

 助言というには、ちょっと行き過ぎな感じがしないでもないが、奈緒さんがいつもどおりにやってくれるなら、それでいい。

 僕を頼って相談してくれるのは、とても嬉しいことだ。


「こんな僕で良かったら、いつでも相談してください。奈緒さんは、大事なバンドメンバーだから──」

「うん。ホントにありがとね。香奈には言いにくい事だったからさ」


 そう言って奈緒さんは、体を寄せてくる。

 そうしてくるものだから、当然、僕の体に胸が当たってきて──


「あの……。奈緒さん」

「なに?」

「胸が当たってるんだけど……」

「他に感想はないのかな?」

「感想って言われても……。なんて言ったらいいのか……」


 奈緒さんの場合、香奈姉ちゃんみたく極端に大きいってわけじゃないから、むしろちょうどいいけど。

 そんなことをはっきり言えるわけもなく……。

 奈緒さんは、そのままギュッと抱きついてくる。


「香奈には内緒だよ」


 内緒にできる事とできない事があると思うんだけどな。

 奈緒さんも、僕とのスキンシップが狙いだったか。

 ここまできたら断りにくいし。

 どうしたらいいんだろう。

 僕は、とりあえず奈緒さんの機嫌を損ねないようにスキンシップを受け入れた。

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