第十二話・6

 朝起きると、香奈姉ちゃんはいつものように挨拶をしてきた。


「おはようごさいます、ご主人様」

「おはよう、香奈姉ちゃん」


 僕は、香奈姉ちゃんに視線を向けて普通に挨拶をする。

 もしかして、メイド服を着て挨拶をしているのか。

 僕は、つい焦ってしまい香奈姉ちゃんの方に視線を向ける。

 香奈姉ちゃんは、僕より早く起きたのか、もう女子校の制服に着替えを終えていた。

 ──よかった。

 メイド服姿じゃない。

 別にメイド服を着ているわけではないのだから、そんな風に呼ぶのはやめてほしいな。


「もう少し寝ていても大丈夫ですよ。朝ごはんなら、私がご用意しますから」

「ありがたい話だけど……。せっかく早く起きれたから、僕も手伝うよ」


 そう言うと、僕はベッドから起き上がり寝間着を脱いだ。

 いくらメイドになりきってるからといって、全部は任せられない。

 せめてお弁当くらいは、僕が作らないとダメだろう。


 メイド服姿もいいけど、制服にエプロンっていうのも結構似合っているよな。

 家事全般が得意だから、よけいにそう思えるのかもしれないけれど。

 僕はお弁当用のおかずなどを作りながら、香奈姉ちゃんのことを見ていた。

 香奈姉ちゃんは今、朝ごはんのための味噌汁を作っている。

 僕は、香奈姉ちゃんが作る味噌汁の具材が気になり、声をかけた。


「今日は、何の味噌汁を作っているの?」

「今日はね。ワカメの味噌汁だよ」

「それは、美味しそうだね」

「そうでしょ。私の愛情も入っているから、絶対に美味しいよ」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言った。

 香奈姉ちゃんの愛情たっぷりなら、きっと美味しいだろうな。

 僕は、作ったおかずをお弁当箱に詰めていく。


「ご主人様の方は、どうですか? 今日のお弁当のおかずは、決まりましたか?」

「うん。だいたいは作ったよ」


 僕は、香奈姉ちゃんにお弁当箱の中身を見せる。

 お弁当箱に詰めたのは卵焼きとウィンナーとほうれん草の胡麻和えだ。

 バランスよく詰めたから、カロリー的には問題はないはずだ。

 ちなみに香奈姉ちゃんの分もある。

 香奈姉ちゃんは、笑顔で言った。


「うん! バッチリですね」

「香奈姉ちゃんの分もあるから、是非持っていってよ」

「いいのですか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます」


 僕にお礼を言う香奈姉ちゃんは、なんだかとても嬉しそうだった。

 せめて制服姿の時くらい、メイドの様な口調はやめてほしいんだけどな。


 今日も何事もなく授業が終わり、あっという間に放課後になった。

 僕は、すぐさま鞄を持って教室を後にする。

 下駄箱で靴を履き替え、そのまま校門前にたどり着くと、いつものように香奈姉ちゃんが待っていてくれた。

 香奈姉ちゃんの周りは相変わらず男子生徒たちで賑わっていたが、僕の姿に気がつくと、香奈姉ちゃんは周りにいる男子生徒たちのことなど気にもせず、笑顔で僕のところに駆け寄ってくる。


「ご主人様。一緒に帰りましょう」


 あろうことか、香奈姉ちゃんはまだメイドモードだった。

 さすがに学校帰りだし、そんな呼び方はしないだろうと思っていたんだけど。


「う、うん」


 僕がそう返事をすると、香奈姉ちゃんはいつものように腕を絡ませてきて、そのまま歩き出した。

 周囲の男子生徒たちなんて、気にもしてない様子だ。

 香奈姉ちゃんのメイドモードは、色んな意味ですごいな。

 周囲の人たちの視線は痛いけど、香奈姉ちゃんのことを意識して歩けば、そんなに気にならないのだから。

 しばらくそうして歩いていると、香奈姉ちゃんが口を開く。


「今日は、バイトの日ですよね?」

「うん。今日は、いつもどおりかな」

「そっか。それなら今日は、いつもの場所で待ち合わせしましょう」

「オッケー」


 そう言い合いながら、僕たちはバイト先に向かって歩いていく。

 さすがに、バイト中にまでメイドモードってことはないだろうと思うんだけど。

 実際のところはどうなんだろう。

 香奈姉ちゃんのことだし。

 きっと笑顔は最高なんだろうな。


 今日のバイトが終わると、僕はまっすぐにある場所へと向かっていった。

 時間は夜の二十時になっている。

 ある場所というのは、香奈姉ちゃんと約束した『いつもの場所』だ。

 こんな時間に、いるかなぁ。

 そう思いながら、公園に向かい歩いていく。


「あ、ご主人様。バイト、お疲れ様です」


 香奈姉ちゃんは、笑顔で駆け寄ってきてそう言ってくる。

 その言葉が癒されるというかなんというか。

 僕も、労いの言葉をかけてやらないといけないな。

 僕は、微笑を浮かべて香奈姉ちゃんを労う。


「香奈姉ちゃんも。バイト、お疲れ様」

「はい。とっても疲れてしまいました」


 それはいきなりのことだった。

 香奈姉ちゃんは、甘えるかのように僕の身体に抱きついてきたのだ。

 いきなりの香奈姉ちゃんの行動に、僕は驚いてしまう。


「いきなり、どうしたの?」

「どうもしませんよ。今、充電中です」

「充電中って……」


 そんなこと言われても、わかるわけがない。

 僕に抱きついて『充電中』って……。

 しかも公衆の面前でそれをやるのだから、たまったものじゃない。

 恥ずかしくて、顔から火を吹きそうなくらいだ。

 香奈姉ちゃんは、恥ずかしくないのかな?


「充電完了っと──」


 しばらくすると、香奈姉ちゃんは笑顔でそう言って僕の顔を見る。

 もう大丈夫なのかな?

 わけがわからなかった僕は、香奈姉ちゃんに訊いていた。


「もういいの?」

「はい。もう大丈夫です。ご主人様の匂いで、一気に疲れが吹き飛びました」

「そっか。それなら、よかったよ」


 よかったんだけど。

 いい加減に、普通に話してほしいな。

 僕のことを『ご主人様』って言うものだから、周囲の人たちの視線がすごく気になるんだけど。

 今も、何人かの大人の男性たちがこちらを見ているし。


「ねぇ、香奈姉ちゃん。そろそろ家に帰ろうよ。この時間に歩き回るのは、色んな意味であぶないと思うんだ」

「何があぶないのかはわかりませんが……。ご主人様がそう言うのであれば、そうしましょう」


 香奈姉ちゃんは、そう言うと腕を絡ませてくる。

 まさか家に帰るまで、ずっとこのままなのか。

 他の人に見られていると思うだけでも、かなり恥ずかしいんだけど。

 そんな僕の心中を察してくれることはなく、香奈姉ちゃんは僕と腕を組んで堂々と歩道を歩いていく。


「恥ずかしくないの?」

「何か恥ずかしいことでもしてるのですか?」

「いや、何もしてないと思うけど……」


 質問を質問で返されてしまい、僕は何も言えなくなってしまった。

 香奈姉ちゃんにとってみれば、これは外でやる精一杯の『ご奉仕』なんだろう。

 僕は、嬉しそうな顔をしている香奈姉ちゃんを見て、そう思った。

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