第十三話・7

 せっかく楓と一緒に外出してるんだから、無駄なものにしたくない。

 そう思った私は、すぐに行動を起こした。


「どうしたの? こっちだよ」

「う、うん」


 楓は戸惑いながらもついてくる。

 どこへ向かってるのかと言うと──。

 実はどこにも向かっていない。

 今は、適当に街の中をぶらぶらと歩いている状態だ。

 楓には、さも目的地があるかのように振る舞い、楓の腕を引いて歩いているが。

 まぁ、最後にはファミレスに入るつもりなので問題はない。

 ちなみに、楓の腕を引いて歩くメリットは、それなりにある。

 それは、他の男性からナンパされないことだ。

 周りの男性たちは、楓のことを私の彼氏だと思っているのか、声をかけてこない。

 声をかけてくる男性がいたとしても、私が丁重にお断りしているけど。


「どこへ行くつもりなの? 香奈姉…いや、香奈さん」


 楓も周囲に気を遣ってか、私のことをそう呼んだ。

 楓にも、ようやく私と付き合っているっていうことの自覚が出てきたってことかな。

 それはそれで、良いことだ。


「どこでもいいでしょ。はやく行こう」


 私は、楓の腕を引いて歩いていく。

 そんな私たちを見て、周囲にいた男性たちは一様に舌打ちし、私に声をかけるのを諦めたみたいだった。

 とりあえず、私の作戦は成功かな。

 まだわからないけど……。


 楓は、何も言わずに私の後をついてくる。

 やっぱり怒っちゃったかな。

 こんなに引っ張り回されたら、さすがに迷惑だよね。

 私は、ふと声をかける。


「ねぇ、楓」

「何? 香奈さん」


 楓は、思案げな様子でそう返してきた。

 不機嫌っていうわけではないみたいだ。

 それなら安心なんだけど……。

 私は、街の中を歩きながら楓に訊いてみる。


「もうすぐお昼だけど。どこで食べようか?」

「どこでって言われてもな……。予定に無かったことだし……」


 楓は、困ったような表情を浮かべ、そう言った。

 楓の表情を見る限り、ホントに予定に無かったみたいだ。

 私はてっきり、公園に行った後、どこかに行くもんだと思ってたんだけどなぁ。


「そうなの? 私は、てっきりどこかでお昼を済ませるのかなって思っていたんだけど……」

「僕は、公園でゆっくりしたら真っ直ぐ家に帰る予定だったんだ。お昼は、自分の家で何か作って食べようかなって思ってたんだよ」

「あら……。それじゃ、私の早とちりだったのかな……」

「早とちりって? 何を考えてたの?」

「今日は、楓とデートをしようと思って、色々と準備してきちゃったんだけど……」

「そっか。それで香奈さんは、張り切っちゃったんだね。色んな意味で──」


 そう言って、楓は私の服装を見てくる。

 なんのことはない、至って普通(?)の格好だ。

 たしかにちょっとオシャレで可愛いものかもしれないけど、デートをするのなら普通だ。


「そうかな? 普通だと思うんだけど」

「それでも普通なんだ。それじゃ、僕のは……」


 楓は、自分が着ている普段着に視線を落とす。

 街の方まで出る気がなかったからか、楓の服装はそこまでこだわったものではない。

 だけど、年頃の男の子が着るような服装であることには、間違いはなかった。

 私の目から見て、楓の服装は、そこまでひどいものじゃない。


「楓のも、至って普通だと思うよ」

「そうかなぁ……」


 楓は、不安そうにそう言う。

 私なりにフォローしたつもりなんだけど、ここまでくるとどうしようもない。

 それにしてもだ。

 出掛ける予定がなかったのなら、このまま帰った方がいいのかな。

 私ったら、楓の都合も考えずに街まで出て来ちゃったよ。


「それじゃ、どうする? このまま帰る?」


 私は、楓にそう訊いていた。

 帰る予定だったと言うのなら、今から帰るっていう選択肢もある。

 私としては、もう少しデートを楽しみたかったんだけどな……。


「う~ん……。そうだなぁ……」


 楓は、悩んでいる様子だった。

 私の顔を何度も見てきたが、何かあるのかな。

 せっかく街まで出てきたのだから、せめてお昼ごはんの食材を買って帰るくらいのことをしないとね。

 さすがの楓も、財布を持たずにここまで来たわけじゃないだろうし。


「私は、どっちでも構わないよ。楓の好きな方で──」

「それじゃ、せっかくだからファミレスにでも寄ってお昼を食べていこうか」


 やっぱり、考えることは一緒か。

 楓ならそう言ってくれると信じていたから、なんだか嬉しい。


「うん。そうだね」


 私は、笑顔でそう答えていた。

 楓には、もっと積極的になってもらわないと困る。

 そうしてもらわないと恋人同士として成立しないんだから。


 デートを終えると私たちは、真っ直ぐ私の家に帰ってきた。


「あの……。えっと……」


 楓は、何か言いたそうな表情で私を見てくる。

 普段なら、楓の家に行くはずなのに、今回は私の家だからビックリしてるんだろう。

 そんな楓を無視して、私は楓の腕を掴み、家の中に入るよう促す。


「さぁ、はやく入って。今なら、誰もいないから」

「え……。でも……」

「いいから、はやく」


 それでも何か言おうとする楓を引っ張って、家の中に入れる。

 何をそんなに恐縮してるんだろう。

 私は、楓を私の部屋に招いた。

 正直言って、男の子を私の部屋に招くのは恥ずかしい。

 だけど楓なら、大丈夫。

 何も心配はいらない。

 心配することがあるとすれば、それは妹が私の部屋に無断で入ってこないかってことくらいだろう。

 妹のせいで、私の部屋では、楓となかなかエッチなことができない状況なのだから。

 妹は、隆一さんのことは尊敬してるし大好きだけど、楓のことは軽蔑していて大嫌いだからなぁ。

 楓は、黙って私のことを見ている。

 どうしたんだろう。

 私は、思案げに首を傾げて訊いていた。


「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「いや……。何もついてないよ。ただ──」

「ただ? 何かな?」

「相変わらず、綺麗にしてるなって思って」


 楓は、そう言って感心した様子で私の部屋を見回す。

 そんな風に見られても、何もでてこないんだからね。


「褒めても何もでないよ」

「わかってるよ。ただ、部屋を綺麗にするコツでもあるのかなって思って…ね」

「コツなんてないわよ。普段から、整理整頓と掃除を欠かさないようにしてるだけよ」


 私は、当然のことのようにそう言った。

 自分の部屋にいる時くらいは、それくらいはするし。

 もしかして、楓はそうじゃないのかな?


「なるほど。整理整頓か……」


 楓は、呟くようにそう言った。

 もしかして、普段からそうしていないのかな。

 私から見て、そんな風には感じないけど。


「楓の部屋は、ちゃんとしているから問題ないと思うけど」


 私は、すぐにフォローを入れる。

 楓の家に行く時は、必ず楓の部屋に寄っていくから、そうとでも言わないと色々と大変だ。

 私の私物もあるし。


「そうかなぁ……」


 楓は、自信なさげにそう言う。

 私の顔を見て、何か言いたげだ。

 まぁ、言いたいことはわかってるんだけどね。

 でもここは、敢えてつっこまないでおこうと思う。

 楓の部屋って意外と綺麗だし、とても過ごしやすい場所だと思うんだけど。


「普段から、掃除とかはしてるんでしょ?」

「うん。…一応はね」

「だったら、何も問題ないじゃない。他に何か不安なことでもあるの?」

「不安っていうほどのことじゃないんだけど……。整理整頓とかは、さすがに無理っていうか……」

「それなら、私が手伝ってあげようか? 整理整頓くらいできないと、女の子に嫌われちゃうよ」

「ありがたい話だけど、遠慮しておこうかな」

「どうしてよ?」

「僕の部屋には、香奈姉ちゃんの私物があるから、その……」

「あ……」


 私は、楓の部屋の状態を思い出し、声を漏らす。

 そういえば、そうだった。

 楓の部屋には、私の私服や下着類などがある程度置いてある。

 いずれも、お泊まり用のリュックの中に入っているので、一泊する程度の分しか置いていないけど。

 ──とにかく。

 楓の部屋は、私にとっての憩いの場になっているのはたしかだ。

 だから、整理整頓なんてされてしまったら、私の私物が余計なものとして扱われてしまう。

 それだけは、なんとしても避けなければ。


「そ、そういえば、そうだったね。それなら、楓の部屋はそのままでいいよね。ね?」

「それは……。そのままだったら、困るというかなんというか……」

「何か困るようなことでもあるの?」

「香奈姉ちゃんの下着がね。その……。日の当たる場所に晒されていたりするから、どうしたものかなって……」


 楓は、羞恥に顔を真っ赤にして言う。

 私の下着くらいで、そんなに恥ずかしがるようなことかな。

 楓に見られることくらいは、なんともないんだけど。

 まぁ、隆一さんに見られていたりしたら、恥ずかしいけどね。


「そんなの、楓がどうにかしなさいよ」

「どうにかって言われても……。具体的に何をしたらいいのか……」

「例えば、手に取って匂いを嗅いでみるとか……」

「香奈姉ちゃんの下着の匂いを嗅ぐって……。それはもう、ただの変態だよ」

「だったら、楓の宝物にするとかは?」

「いつから僕は、香奈姉ちゃんの下着をコレクションにするような男になったのかな?」

「男の子って、そういうことに関しては同じだと思うんだけどな」


 私は、ギュッとミニスカートの裾を掴む。

 これだけでも、楓に与える影響は相当なものだろう。

 その証拠に、楓は私のスラリとした両脚をチラッと見てくる。


「いや……。そんなことはない…けど」

「私の脚を見て言われても、説得力がないよ」

「それは……」


 楓は、図星を突かれたのか何も言えなくなってしまう。

 さっきから私が誘っているのだから、しょうがないか。


「──とにかく。楓の部屋にある私の私物は、楓に任せるよ。私の下着の匂いを嗅いでもいいし、そのままでもいいし」

「でも……」


 どうして私の下着のことで、そんなに悩むんだろう。

 そんなに悩むんなら、今、私が穿いてる下着を見せてわからせてあげようかな。

 そんなことを思ったが途中で躊躇ってしまう。

 やっぱりダメ……。

 そんなことしたら、私がエッチな女の子だってバレちゃうし。


「私は、楓を信用してるからね。何も心配してないよ」


 私は、微笑を浮かべてそう言った。

 楓のことを信じてるから、そう言えるんだけどな。

 臆病な楓には、私の下着をどうこうする勇気もないらしい。


「さすがに、香奈姉ちゃんの下着をどうこうする勇気はないかな」


 楓は、苦笑いをしてそう言う。

 私と楓との仲だし、何をそんなに遠慮する必要があるのかわからないんだけど。


「女の子の下着くらい、何枚も持ってるでしょ? 何をいまさら遠慮してるのよ」

「それは……。奈緒さんたちが、渡してくるから……」

「それだけ楓は、他の女の子から好かれているってことだよ。ちょっと納得がいかないけど……」


 自分で言ってて、なんだか複雑な気持ちだ。

 かなり前に楓に言ったはずの言葉を思い出してしまうな。

 たしか──。


『弟くんは、他の女の子を好きになっちゃいけないんだよ』


 だったかな。

 自分で言ってて恥ずかしい気持ちにはなるが。

 それは、これから先も変わることはないだろう。


「私の気持ちは、ちゃんと理解してるよね?」

「う、うん。それは、もちろん理解してるよ」

「だったら、いいよ。絶対に浮気しないでよね」


 私は、楓の腕を掴んでそう言っていた。

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