第十三話・6
朝起きたら、香奈姉ちゃんは僕に抱きついた状態で寝ていた。
それだけなら、いつものことだから、僕も特に気にしないんだけど。
さすがに下着姿で寝られたら、たとえ見慣れていても意識してしまう。
だからと言って、声を出すこともできない。
なぜなら、今日は学校が休みで、早起きする必要もないからだ。
だけど僕の場合は、朝ごはんの支度があるので起きないといけない。
僕は、香奈姉ちゃんを起こさずにどうにか離れることはできないかと思い、少しだけ身体を動かす。
香奈姉ちゃんは、しっかりと僕の身体にしがみついていて離れようとはしなかった。
むしろ眠たそうな表情で僕を見てきて、言ってくる。
「う~ん……。どうしたの……?」
こんなだらしない香奈姉ちゃんが見れるのも、幼馴染の特権だ。
「お手洗いに行きたいんだけど。…いいかな?」
僕は、下半身をもぞもぞさせて、そう言った。
こういう時は、ありきたりな理由を言って、今の状況から脱するに限る。
しかし、そう簡単にうまくいくかと言われれば、そういうわけでもない。
香奈姉ちゃんは、甘えた子供のように僕の身体に抱きついてくる。
「ダメ……」
「ダメって……。我慢できそうにないんだ。そこをなんとか頼むよ」
「だからダメなの……」
「どうして?」
「私も一緒にお手洗いに行くからだよ」
「香奈姉ちゃんも一緒に? …いや。さすがにそれは……」
あきらかにまずいよ。
たぶん母も兄もいると思うし……。
香奈姉ちゃんは、思案げな表情で首を傾げる。
「何かダメな理由でもあるの?」
「ああ、うん。下着姿じゃ、さすがにね」
ハッキリと言ってしまった。
あまり直線的に言うのは、相手を傷つけてしまうと思って控えていたんだけど、今回はしょうがないか。
「そっか。やっぱり、下着姿じゃ色々問題あるか……」
「まぁ、部屋の中だけなら、問題ないとは思うんだけどね」
まったくフォローになってないけど、僕はそう言っておく。
「…わかった」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕から離れる。
そしてすぐに、ハンガーに掛けてあった服を手に取り、微笑を浮かべた。
昨日、着ていたチュニックにミニスカートだ。
「とりあえず、服は着ることにするよ」
「うん。それがいいよ」
僕は、苦笑いをしてそう言った。
──いや。
当たり前のことなんだけどな。
香奈姉ちゃんの家の中では、普段どんな格好で歩いてるんだろうか。
なんか気になるな。
学校が休みっていうこともあって、朝ごはんの支度は、いつもより簡易的なものだ。
僕は、基本的に朝はご飯派なので、おかずはともかくとして味噌汁は欠かせない。
だから、どんなに簡易的な朝ごはんでも、味噌汁だけは手を抜いたことはないのだ。
「楓。味噌汁できたよ。次は?」
香奈姉ちゃんは、当然のことのように朝ごはん作りを手伝っていた。
しかも、僕にとって一番大事な味噌汁作りだ。
これはもう、香奈姉ちゃんに胃袋を掴まれてしまったようなものだな。
「おかずは僕が作ってるから、次は…特にないかな」
僕は、フライパンを動かして具材を炒めていた。
香奈姉ちゃんは、その様子を見て安心したかのように微笑を浮かべる。
「そう。それなら私は、先に手を洗って待っているね」
「うん。ありがとう」
僕は、台所を後にする香奈姉ちゃんにお礼を言って調理の続きに入った。
火の通り具合が早かったので、調理したものもすぐにできあがる。
出来上がったものを、お皿に盛り付けて終わりだ。
僕は、お皿に盛り付けたおかずをテーブルに持っていく。
「お待たせ、香奈姉ちゃん。はやく食べよう」
「そうだね。楓が作ったおかず…美味しそうだね」
香奈姉ちゃんは、テーブルに置いたおかずを見てそう言った。
褒めても何もでないよ。香奈姉ちゃん。
それにしても、香奈姉ちゃんが作ってくれた味噌汁。美味しそうだな。
今日は、なんとなく外に出たい気分だった。
だから、香奈姉ちゃんに見つかる前に家を出たかったんだけど……。
「どこ行くの、楓?」
と、案の定というかなんというか、香奈姉ちゃんは僕の背に声をかけてきた。
僕は、軽く息を吐いて振り返る。
そこには、少しだけ怒った様子の香奈姉ちゃんがいた。
場所が玄関先だったから、やっぱりすぐに見つかってしまうか。
僕は、誤魔化すように笑みを浮かべ、答える。
「ちょっと、気晴らしに外へね……」
「ふ~ん。気晴らし…ねぇ」
香奈姉ちゃんは、なんだか不服そうだ。
「どうしたの?」
僕は、不安そうな表情で訊いていた。
まさか、僕に『外出禁止』だなんて言ってこないよね。
仮にそう言われても、僕は外に出るつもりだけど。
「ううん。なんでもない。…それなら、私も一緒についていっていいかな?」
やっぱり、そうくるか。
僕はただ、気晴らしに公園に行ってくるだけなんだけどなぁ。
素直にそう言っても、香奈姉ちゃんのことだ。それでもきっとついてくるに違いない。
「別にいいけど。ついてきても、つまんないと思うよ」
「つまんないかどうかは、私が決めることだから。楓は何も気にしなくていいよ」
問題ないと言わんばかりの表情でそう言われてもな。
香奈姉ちゃんってかなり目立つから、一緒に歩いていると周囲の視線が痛いんだけど。
「香奈姉ちゃんがそう言うんだったら……。気にはしないけど……」
僕は、そう言って玄関のドアを開ける。
何も気にしないのなら、別にいいかな。
香奈姉ちゃんは、腕を絡めてきて言う。
「その代わり、私のことをちゃんと守ってよね」
「もちろん、そのつもりだよ」
僕は、微笑を浮かべてそう答えた。
香奈姉ちゃんは、とにかくナンパされやすい。
だから、僕がしっかりと守ってあげないと。
なんか余計にやることが増えたような気がするんだけど……。気のせいかな。
「ありがとう、楓」
香奈姉ちゃんは、屈託のない笑顔を浮かべてお礼を言った。
なんか先行きが不安だ。
休日ということもあって、今日は外に出かけている人の方が多い。
そう思うのは、やはり見覚えのある男子校の生徒たちがいるからだろう。
買い物でなくても、ここの公園には足が向くのか、何人かがその場で談笑していた。
誰かと待ち合わせでもしているのかな。
それとも、ここを通った可愛い女の子でもナンパするつもりなんだろうか。
どちらにしても、僕には興味がないので、彼らから視線を外す。
「ねえ、楓。これから、何をするの?」
僕の傍にいた香奈姉ちゃんは、思案げにそう訊いてくる。
そんなこと聞かれても買い物するつもりはないし、することは限られてくると思うんだけど……。
「とりあえず、そこのベンチに座ろうか」
僕は、手近にあったベンチを指差す。
香奈姉ちゃんは
「フムフム……。なるほどねぇ」
と言って、口元に手を添え、何やら考え事をし始める。
何かあったのかな。
誘い方が悪かったとか。
僕は首を傾げ、香奈姉ちゃんに訊いていた。
「どうしたの?」
「楓ったら……。そういうことは、ハッキリと言わないとダメだよ」
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうな表情を浮かべてそう言う。
「え? 何が?」
僕は、訳がわからず香奈姉ちゃんを見る。
香奈姉ちゃんは、何のことを言ってるんだろうか。
まったく、わからない。
香奈姉ちゃんは、僕が指定したベンチに先に座り、自分の太ももを軽く撫でて言った。
「また膝枕してほしいんでしょ? 楓ったら、外見に似合わず意外と大胆なんだから……」
「え……。いや……」
僕は、香奈姉ちゃんのいきなりの行動に、言葉を詰まらせてしまう。
別に膝枕をしてほしいわけじゃなくて……。
「──ほら。はやく来て。…こういう事は、私の気が変わる前にしないとダメなんだから」
「う、うん。わかったよ」
僕は、促されるまま香奈姉ちゃんの隣に座った。
これは、さっさとしないと香奈姉ちゃんに怒られてしまいそうな感じだ。
なんでこうなっちゃうんだろう。
僕はただ、ベンチに座ろうかって言っただけなのに……。
香奈姉ちゃんは、すぐに僕の身体を抱き寄せ、そのまま太ももの上に誘った。
香奈姉ちゃんの膝枕は、柔らかくて気持ちいい。
黙ってそうしていると、周囲の人の視線がこちらに向けられてくる。
「おい。あれって……」
「女の子の膝枕って……。リア充かよ……」
「なんか大胆かも」
「恥ずかしくないのかな?」
と、色んな人たちの声が聞こえてきたが、その中には、「羨ましい……」と言った人もいたくらいだ。
僕は、途端に恥ずかしくなり、香奈姉ちゃんに言った。
「あの……。香奈姉ちゃん。なんだかすごく恥ずかしいんだけど……」
「…もう。恥ずかしいのは、こっちなんだからね!」
香奈姉ちゃんはそう言うが、なんだか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
僕は、すぐに起きあがろうとするが、敢えなく香奈姉ちゃんに僕の頭を押さえられてしまう。
「ダメだよ、楓。ジッとしてないと──」
「………」
これには反論することもできずに、僕は香奈姉ちゃんの太ももに視線を向ける。
香奈姉ちゃんの脚は、綺麗でしなやかだ。
ミニスカートだから、ちょっと目のやり場に困るけど……。
香奈姉ちゃんは、何を思ったのか微笑を浮かべて僕の頭を撫で始めた。
「楓は、昔から言いたいことを言えずに、我慢する癖があるよね」
「そうだっけ?」
そんな癖、あったかなぁ。
よく覚えてないけど。
もしかしたら、僕自身、気づいてないだけかもしれない。
「そうだよ。バンドの件も、私が誘わなかったら、楓はバンドをやることなんてなかったでしょ?」
「たしかに、香奈姉ちゃんが誘ってくれなかったら、バンドはやらなかったかもしれない」
「楓は、どうでもいいことで我慢するくせに、変なところで頑固だから、みんな誘いづらいんだよ」
「そうなの?」
「うん。楓は、普段は穏やかなのにちょっとだけ意固地な性格してるよ」
「そっか……。それは面倒な性格だね。なんとかして、治さないと」
「その必要はないよ」
「どうして?」
「私は、そんなあなたのことが好きになってしまったからだよ」
香奈姉ちゃんは、そう言って僕の顔を覗き込むようにして見てくる。
香奈姉ちゃんの頬が赤い。
僕の答えは、もう決まっている。
前に告白された時と気持ちは同じだ。変わることはない。
「そっか。僕も、香奈姉ちゃんのことが大好きだよ」
「うん。知ってる」
香奈姉ちゃんは、僕の頭を撫でながらそう言った。
あとどれくらい膝枕の状態が続くんだろうか。
これはたしかに幸せを感じるけど、同時にすごく恥ずかしいんだよな。
僕はただ、ジッとしていることしかできなかった。
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