第十九話・7

 香奈姉ちゃんと付き合ってる都合上、どうしてもバンドメンバーたちとの交流も増えてくる。

 別に嫌なことじゃないんだけど、バンドのことになると少し気が重い。

 原因はわかっているんだけど……。


「ねぇ、楓。今度のイベントでは、この衣装でやってほしいんだけど。…いいかな?」


 香奈姉ちゃんは、そう言ってある衣装を僕に渡してくる。

 綺麗に折りたたんであったので、パッと見ではわからない。

 まさかと思い、僕は渡された衣装を広げてみた。

 渡されたのは各一枚セットの衣装だ。

 黒と紺が合わさったもので、一言で言うならゴスロリ風の衣装。スカートの部分にはフリルが付いていて、黒のストッキングも用意してある。さらには、ウィッグまで……。


「香奈姉ちゃん。これって、まさか……」

「うん。次のステージ衣装だよ」


 僕の問いかけに、香奈姉ちゃんは迷いなく答える。

 どう見ても女の子用のステージ衣装にしか思えないんだけど。

 そこに追い打ちをかけるようにして、奈緒さんたちが言ってくる。


「楓君なら、ピッタリかと思ってね」

「そうそう。文化祭の日にやってくれたからね。きっと似合うと思うんだ!」

「楓君のサイズに合うように見繕ったから。今度のは、たぶん大丈夫だと思う」


 理恵先輩は、自信満々にそう言う。

 理恵先輩が作ったのか、この衣装は──。

 普通に見たら、かなり良い出来上がりだ。


「そ、そうなんだ。ありがとう」


 僕は、一応お礼を言っておく。

 これは、できるなら着たくないけど絶対に無理だろうな。


「あ。そうそう。メイクもしておかないとね」

「メイクって?」

「もちろん、この衣装に合わせるためのメイクだよ。楓の綺麗な顔に、ちゃんとしてあげないといけないからね」

「それは……」

「はっきり言っておくけど、これは決定事項なんだからね。拒否は許さないんだから」

「うぅ……」


 安請け合いするんじゃなかったかな。

 ついついそう思ってしまう、今日この頃……。


「安心していいよ。私たちも、同じような衣装を着てやるから」


 美沙先輩は、グッドサインを出してそう言った。

 ──いや。

 女の子がゴスロリ風の衣装を着ることに対しては、何の抵抗もないかもしれないけど、男が着るのってどうかと思うよ。

 真面目な話、恥ずかしい。

 でも香奈姉ちゃんに言われたら、逆らえないし……。


「わかったよ。それを聞いて安心──」

「そういうことだから、とりあえず出来上がった衣装を着てみよっか」


 僕の言葉を遮るように、香奈姉ちゃんはそう言い出した。

 ちょっと待ってよ。

 まだ心の準備が……。

 しかし、みんなの意見はもちろん──


「「賛成!」」


 だった。

 次の瞬間には、みんなして服を脱ぎ始めていた。

 僕がいるにもかかわらずにだ。

 これはもう、僕が何かを言ったところで聞くような状況じゃない。


「僕は、書斎に行ってようかな……」


 僕は、こっそりと自分の部屋を後にしようとする。

 しかし香奈姉ちゃんに捕まってしまう。


「逃げようとしたってダメだよ、楓。楓にも、着替えてもらうんだから」


 ていうか、脱ぐのが早いのか、香奈姉ちゃんはもう下着姿だし。


「そんな……」

「もちろんメイクも、だよ」


 理恵先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってくる。

 言うまでもないが、全員下着姿だ。

 こんなのは、まだ序の口である。

 僕に下着姿を晒しているってことは、それだけ気を許しているってことなのだから。


「まずは楓君の着替えからやってしまおうよ。ウィッグもつけなきゃいけないし」

「そうだね」

「穿いてるパンツも替えておかないと…ね」

「誰が見ても、女の子に見えるようにしておかないと」


 みんな、やる気満々だ。

 違う意味で、テンションが上がっているよ。


「え、いや……。パンツはさすがに……」

「ダメだよ。ガーターベルトとストッキングも穿くんだし。本格的にいかないと」


 よく見ると、このゴスロリ衣装。ガーターベルト付きだ。

 ここまで本格的にいくのか。

 でも男が着るのに、そこまで必要なんだろうか。


「さぁ、パンツを脱ぎなさい」

「え……。ちょっと待って……」

「さぁ、早く」


 ずいっと迫ってくる四人。

 僕のあそこをガン見する気なのか!

 だけど。

 僕は、下着を渡すようにと手を差し出した。


「わ、わかったよ。それなら下着をこっちに渡してよ。ちゃんと穿くから──」

「しょうがないなぁ。もう……」


 香奈姉ちゃんは、少しだけ残念そうな顔をする。

 女の子の下着なんて、穿きたい気にならないんだけど……。

 どうせ穿くなら、せめてブリーフがいいな。

 用意された下着は、女の子が穿くようなちゃんとしたショーツだし……。しかも少し大きめなものだ。

 僕のあそこの大きさも考慮に入れているみたいである。


「…ホントに穿かないとダメなの?」

「そんなの当たり前でしょ」

「でも……。こんなの穿いたら、窮屈でしょうがないよ……」

「男でしょ! そのくらい我慢しなさい!」

「………」


 そこで『男だから』って強調されても……。

 まぁ、穿かないと試着できないって言うんだから、この際仕方ないか。

 僕はパンツを脱いで、さっそく渡されたショーツに足を通した。


「う……」


 僕は、思わず声をもらす。

 やっぱり、僕のあそこにとっては窮屈だ。

 普段から、縮んでいる状態じゃないからな。

 香奈姉ちゃんたちは、そんな僕を見て、なんだか楽しんでいるみたいだった。

 やっぱりブリーフじゃダメなのかな。


 ゴスロリ風の衣装は、すんなりと着ることができた。

 スカートの丈もちょうど良く、全体的に着やすい感じだ。

 ただストッキングやガーターベルトは、やや窮屈に感じてしまう。おまけにショーツもだ。圧迫されて、どうにも落ち着かない。

 男はこういうのは穿かないので、よけいにそんな風に思ってしまうのかもしれないが。

 ウィッグは、目に当たらないくらいの長さでちょうど良かった。


「やっぱり楓君は、何を着ても似合うなぁ」


 理恵先輩は、笑顔でそう言っていた。

 試着してみただけなんだけど、そこまで大袈裟に喜ぶものなのかな。


「ねぇねぇ。せっかくだからさ。メイクもしてみようよ」


 美沙先輩は、メイクの道具が入った小箱を持ってやってくる。

 奈緒さんも、すっかり乗り気みたいだ。


「あたしも手伝うよ」


 自分たちの着替えはどこへやら、四人は下着姿のまま僕に迫ってくる。

 そんな格好だと目のやり場に困ってしまう。

 ドギマギしている僕に──


「ほら。前を向いて」


 香奈姉ちゃんは、真剣な表情でそう言ってきた。

 僕は、香奈姉ちゃんの言うとおりに、前を向く。

 香奈姉ちゃんの顔が目の前にあって、よけいに緊張する。

 このままじっとしていればいいのかな。この場合。

 僕には、よくわからない。

 そうこうするうちに、理恵先輩は僕の顔にメイクをし始める。


「わたしが、楓君を可愛くしてあげるからね」

「う、うん。ありがとう」


 僕は、複雑な心境になりながらも礼を言う。

 別に可愛くなりたくはないんだけど……。

 その意気込みは、本番に発揮してほしいな。


「うん! よく似合っているよ! さすが弟くんだね」


 各々、自分の着替えを終えた香奈姉ちゃんは、ゴスロリ風の衣装を着た僕の姿を見てそう言った。

 なんだかすごく嬉しそうだ。

 僕としては、すごく恥ずかしいんだけど……。

 鏡越しで見た僕の姿は、その面影などはどこにもなく、どこからどう見ても一人の女の子が写っていた。

 これが本当に僕なのかと疑ってしまうくらい。

 だけど……。

 メイクもしてもらって言うのもなんだが、この格好で外を歩くのは絶対に無理だ。

 社会的に死ねるレベルだ。


「やっぱり元の素材が良いから、その服装でも様になってるね」


 理恵先輩は、納得した様子で頷く。


「うんうん。これなら、次のステージでも大丈夫そうだね」


 と、奈緒さん。

 頼むから、誰か否定的な意見を出してほしい。

 それも無理か。

 全員、ステージ衣装に着替えているからな。


「記念に写真でも撮ろうよ。いい思い出になるかも」


 美沙先輩は、楽しげにスマホをこちらに向ける。


「それだけはやめて──」


 僕は、反射的に香奈姉ちゃんの後ろに隠れ、そう言っていた。

 写真に残すなんて冗談じゃない。

 そんなことをされたら、黒歴史の1ページとして残ってしまう。

 そんなものは、絶対に残したくはない。

 美沙先輩は、それでも諦めたくないのかスマホを僕に向けていた。


「いいじゃん、そのくらい。ただでさえ楓君の女装姿は、貴重なんだから。それに、私たちとバンドを組んでステージに上がるんだから、女装姿には慣れてもらわないと」

「僕、香奈姉ちゃんたちと一緒にステージに上がる時って、女装しなきゃダメなの?」


 僕は、ジーッと香奈姉ちゃんの顔を見る。

 これは返答次第によっては──。

 そう考えちゃうけど、結局、香奈姉ちゃんには敵わないんだよな。

 香奈姉ちゃんは、僕の顔を見て若干表情をひきつらせ、頬をぽりぽりと掻いて言った。


「決定事項…かな?」

「そうなの……」


 僕は、途端に絶望感に苛まれる。

 香奈姉ちゃんたちとステージに立つ限り、女装は避けられないのか……。


「でも安心して。弟くんが男であることは、一部の人間たちにしか教えるつもりはないから」

「それって……」


 それはもう、僕に女の子として振る舞えって言ってるようなものだろう。

 そんなの絶対に無理だよ。

 慎吾あたりに笑われてしまいそうだ。


「大丈夫だって。私たちがついているから──」


 美沙先輩は、そう言ってグッドサインを出す。

 いやいや。絶対に楽しんでいるでしょ。


「当日だけだからね。それ以外は、絶対に着ないからね」


 僕は、念を押すようにそう言った。

 それを聞いてくれるかどうかはわからないけど。


「そんなこと言わずにさ。まずはその格好で外に出てみようよ。私的には、いい線いってると思うんだ」


 美沙先輩は、僕に近づいてくるなり肩に手を置き、そう言う。


「いや。さすがにそれは……」

「大丈夫だよ、楓君。あたしたちがしっかりと守ってあげるから」

「うんうん。たぶん誰が見ても、気づかないと思うんだ」

「そういう問題じゃ……」

「お外に行ってみよ? まずはそれからだよ」


 香奈姉ちゃんは、笑顔でそう言ってくる。

 そんな笑顔を向けられてしまったら。

 どうにもならないじゃないか。

 どうやら、これも決定事項みたいだ。

 拒否したら、香奈姉ちゃんが悲しむだろうな。


「わかったよ。ちょっとだけだよ」


 僕は、ため息を吐いてそう言っていた。

 ホントは嫌なんだけど、この際仕方ない。

 この場合はもう『なるようになれ』だ。

 みんなもちゃんとゴスロリ風の衣装に着替えているし、僕だけが目立つなんてことはないだろう。たぶん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る