第十九話・8

 楓には、もっと自信を持ってほしい。

 だからこそ、わざわざ女装させて外に出させたんだけど……。

 やっぱり、無理があったのかな。

 外は、そこまで寒くはないんだけど。

 楓は、私の背中にピッタリと張り付くようにして後ろを歩いている。

 そんなにビクビクしていたら、ステージの本番で支障をきたしてしまいそうだよ。


「ほら、楓。もっと自信を持ってよ。今の楓は、充分にイケてるよ」

「でも……」


 楓は自信なさげな表情になる。

 ゴスロリ風の服装とはいえ、女装するのってそんなに不安なんだろうか。

『弟くん』って呼ぶと男の子だということがバレてしまうので、あえて名前で呼んでいるけど。


「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。楓君なら、どんな服装でも似合うから」


 美沙ちゃんがそう言って楓を励まそうとするが、楓の反応はイマイチだった。


「さすがに無理があると思うんだけど……」


 メイクなどを済ませてすっかり女の子の顔になってる楓にそう言われてもね。

 周りの人が放っておかないと思うけど。


「平気だよ。今の楓君は、どこから見ても女の子にしか見えてないから。わたしたちと一緒に歩いていれば、きっとバレないよ」

「そうだといいんだけどさ。でも……」

「ホント、楓君は心配性なんだから。まぁ、でも。そこがいいんだけどね」


 理恵ちゃんは、そう言って楓の手をギュッと握る。

 なんていうか。ホント、ちゃっかりしてるよなぁ。

 どさくさにまぎれて、楓の手とか握っちゃってさ。

 私は、不安そうにしている楓の肩に手を置いた。


「理恵ちゃんが『平気だ』って言ってるんだから、大丈夫だって。なんなら、そのままの格好で衣装合わせのための材料を買っていこうか?」

「う、うん……。香奈姉ちゃんがそう言うなら……」


 楓は、私の顔を見て少し安心したのか、わずかに表情を綻ばせてそう言う。

 この辺りなら、女装がバレても大丈夫なんだけどな。

 ちなみに全員分の着替えは、ちゃんと持ってきているし。

 ちょうどそんな時だった。

 数名の男性たちから声をかけられたのは──


「ねぇ、君たち可愛いね。どうかな? 俺たちとお茶でもしない?」


 何のことはない。安いナンパだ。

 こちらからアプローチしたわけじゃないから断ろう。

 私が言おうと口を開いた。しかし──


「悪いけど、もう間に合ってるので。ナンパなら、他の人を誘って──」


 そう言ったのは、奈緒ちゃんだった。

 奈緒ちゃんは、楓の腕にギュッとしがみついてそう言っていたのだ。

 普通ならこれで相手も引くんだけど、奈緒ちゃんがしがみついた相手が女装した楓だ。

 ぱっと見、女の子同士のやりとりにしか見えてない。


「そんなこと言わないでさ。行こうよ。人数なら、ちょうどいいと思うんだよね」


 数名いた中の一人は、美沙ちゃんの腕を掴もうと手を伸ばしそう言っていた。

 たしかに人数の上なら、向こうも5人いて、こちらも5人で、ちょうどいいとは思うけど。

 こちらも用件があってここに来てるから、一緒には行けない。


「ごめんね。私たちは、あなたたちと遊んでいる暇はないの。ナンパなら、他所でやってくださいね」


 私は、フレンドリーな笑顔を浮かべてそう言った。

 楓のこともあるし、ここは穏便に済ませようと思っているのだ。

 喧嘩沙汰なんて、絶対にごめんだ。


「いやいや。そんなこと言わずにさぁ。…行こうよ。ね?」


 それでも引かないか。

 最近のナンパは、しつこいな。

 こうなると、やることは一つしかない。


「香奈姉ちゃん」


 楓は、決意のこもった瞳で私を見てくる。

 どうやら、考えていることは私と同じみたいだ。

 美沙ちゃんたちも、楓と同じ視線を送ってくる。

 みんな何も言わないが、気持ちは同じかな。

 この服装では、ちょっと不安なんだけど。


「ごめんなさい。急いでいるので──」


 その言葉と同時に、みんな走り出した。

 男性たちは私たちを包囲はしてなかったので、切り抜けるのは簡単だった。

 私たちは、近くにあった横断歩道を走って渡る。

 まだ青だったから、すぐに渡れた。


「ちょっと待って。まだ話は終わって──」

「追いかけるぞ!」

「おう」

「待ってくれ──」


 男性たちは、途中まで追いかけてきたが、近くにあった横断歩道の信号機に捕まり、立ち止まらざるを得なくなってしまう。こうなるともう、追いかけるどころじゃなかったようだ。さすがにこれ以上は追いかけてはこなかった。

 後ろで


「くそっ!」


 と、声が聞こえたような気がしたが、ナンパしてきた男性たちから無事に逃げられたので良しとする。

 走っている最中に、私は楓の手をギュッと握る。


「さぁ、早く買い物に行こう」

「うん」


 楓は、女の子らしい可愛い笑顔を浮かべていた。

 一瞬だけど、こっちがドキッとするくらいの笑顔だ。

 これなら、ステージに上がっても問題ないと思う。

 とりあえず、今は買い物に行く前に、服装を元に戻さないと。

 また誤解されちゃいそうだ。

 近くに更衣室はないから、ショッピングモールにある公衆トイレで着替えを済ませよう。

 私たちは、大丈夫だと思ったところで一度立ち止まる。


「やっぱりさ、この服装で歩くのはやめておこうか。またナンパされたらたまらないし……」

「そうだね」

「賛成~!」

「私、汗かいちゃったよ」


 奈緒ちゃんたちも、その意見には同感のようだ。

 さすがにこのままの格好だと、人の視線が痛いからね。

 大丈夫かと思っていたけど、正直ここまで目立つとは思っていなかった。


「弟くん」

「ん? なに?」


 楓は、思案げな表情でこちらを見てくる。

 そんな表情でも、普通に女の子の表情にしか見えてないんだよな。

 女装したら似合うって言ったら、本人は怒るだろうな。きっと──。

 この辺りなら人もいないし大丈夫だろう。

 そう思って、楓のことを『弟くん』と呼んだのだけど。


「とりあえず、これ──。弟くんの分の服が入っているから」


 私は、服が入った紙袋を楓に渡す。

 こんなこともあるかと思って、私服を紙袋に入れて持ってきていたのだ。

 楓には、特別な私服をね。


「ありがとう、香奈姉ちゃん。助かるよ」


 楓は、笑顔で紙袋を受け取った。

 一応、外出用の服にしておいたけど大丈夫だよね。問題ないよね。

 私は、ドキドキしながら楓の顔を見ていた。


 しばらくして、私服姿の楓がトイレから出てきた。

 楓の姿を見て周囲の人の視線が集まってはいるが、大丈夫だろう。

 ちなみに楓が着ているのは、少し大きめな女性物の服だ。

 今日は、女の子用の下着を身につけさせているので、これくらいは大丈夫だと思ったのだ。

 メイクは落としてはいないみたいだし。これならイケるでしょ。

 奈緒ちゃんたちの評価も──


「楓君、可愛い!」

「充分に似合っているよ」

「やっぱり、わたしの目に狂いはなかった! よかったぁ」

「そ、そうかな? 僕としては、もっと普通の服の方が良かったかも──」

「何言ってるのよ。せっかく、特別な衣装で街までやってきたんだから、このくらいはしておかないと」


 ちなみに、その服を選んだのは理恵ちゃんだ。

 胸の部分にはしっかりとパッドを入れて、男だと思われないようにしたみたいだし。

 膝丈くらいのスカートも、ストッキングに合うように調整をした。

 私も純粋に似合うと思っていたから、反対はしなかったんだけど。


「それじゃ、行こっか?」

「う、うん……」


 楓は何か言いたげな顔で私を見てきたが、はっきりと何かを言ってくることはなかった。

 私たちのノリと勢いに負けたんだろう。

 なんていうか、もう諦めたような感じだ。

 とりあえず私たちは、衣装合わせのための専門の店に向かう。

 そこには、メイド服とかに使われている生地などを多く取り扱っているから、衣装の材料には困らないはず。

 私は、楓の手をギュッと握って歩き出していた。

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