第五話・13
香奈姉ちゃんの態度や仕草から、今日は、僕の部屋に泊まっていく気なのは、すぐにわかった。
夜なのに、家に帰る素振りが一切なかったので、お泊り確定だろう。
今、この瞬間にも、僕のベッドで横になっているのだから。
「香奈姉ちゃんは、明日の準備はしなくていいの?」
僕は、明日の学校の準備をしながら、香奈姉ちゃんに聞いていた。
香奈姉ちゃんは、嬉しそうに僕のベッドに寝そべったまま言う。
「明日の準備なら、もうできてるんだよね」
「え? もう、準備終わってたの?」
僕は、びっくりして香奈姉ちゃんの方に向き直る。
「うん。今日のデートが終わって、一回家に戻った時に一応ね。もう、鞄も制服も持ってきているから、心配ないよ」
そう言って、香奈姉ちゃんは自身が持ってきただろう鞄とバッグを指差した。
僕は、香奈姉ちゃんが指差した方向に視線を向ける。
そこには、しっかりと鞄と制服が入っているであろうバッグが置かれている。
──なるほど。
もう準備はできてるってことか。
「そうなんだ。それなら、安心だね」
僕は、笑顔でそう言う。
まさか着替えも僕の部屋でするつもりなんじゃ。
そんなバカなことは、さすがにしないよね。
香奈姉ちゃんは、真面目な性格で通っているし、僕の部屋で制服に着替えるだなんてことはしないはずだ。たぶん……。
「うん。あとは楓の許可さえもらえればオーケーなんだよ」
「僕の許可って、一体何のこと?」
「もう。わかってるくせに」
香奈姉ちゃんは、そう言って微笑を浮かべる。
一体、何のことだ。
僕の許可って?
「いやいや……。全然わからないんだけど……」
「こういうことだよ」
香奈姉ちゃんは、呆然としている僕に抱きついてきた。
ただ抱きついてきたのではない。
その抱き付き方は、普段の無邪気なものとはまったく違い、ドラマなどでよく見る大人の女性が男性を誘うかのような妖艶な感じがしたのだ。
「ちょっと……。香奈姉ちゃん? 一体、何のつもりなの?」
「楓が、私のことを嫌いにならないようにするためのスキンシップだよ。楓が許可してくれるなら、ベッドの上で続きをしてもいいよ」
香奈姉ちゃんは、頬を染めて言う。
こんな顔をしている香奈姉ちゃんが、何を求めているかなんてのは一目瞭然だ。
ベッドの上でその続きをするなんて言われたら、僕でも心が動きそうになる。
だけど僕たちは、まだ高校生だ。
キスくらいならまだしも、ベッドの上でのお誘いなんてのはもってのほかだ。
「エッチなことは、さすがにダメだよ」
「それは違うよ。ちゃんとしたスキンシップだよ。楓には、私のことをよく知ってもらいたいから──」
そう言うと香奈姉ちゃんは、僕から少し離れ、スカートの裾をゆっくりとつまみ上げた。香奈姉ちゃんが履いているスカートの中からは、しっかりと下着を着用しているのが見える。
勝負下着なのか、薄いピンク色の可愛い下着だ。普段は白か水色なのに……。
「香奈姉ちゃんのことなら、よく知っているよ。僕の姉的存在で、僕の今の彼女なんだよね」
「それだけじゃ、ダメなの。私と楓の関係は、奈緒ちゃんたちにも敵わないような仲にならないと」
「気持ちはわかるけど、そこまで仲を進展させる必要はないと思うよ」
「どうして?」
「僕たちは、まだ高校生だよ。付き合っているとはいっても、そんなことをするような関係じゃないと思うんだ」
「そんなことって何?」
香奈姉ちゃんは、思案げに聞いてくる。
今のこの状況でも、そんなことを聞いてくるのか。
たぶん、この状況を見たら誰もが勘違いしてしまうと思うんだけど……。
僕は、香奈姉ちゃんがめくり上げたスカートの方から視線を外し、答える。
「いや、その……。例えば、エッチなこととか…かな」
「え? 楓は、その…エッチなことを考えてたの?」
香奈姉ちゃんは、スカートをめくり上げた状態のまま、そう言った。
たぶん香奈姉ちゃんは、今してる行為自体も、エッチなことと思ってやってない。
どちらかというと、他の女の子に奪われたくないという思いでやってることなんだろう。
「いや、勘違いかもしれないけどさ。その……。なんていうか」
僕は、返答になってないような返答をする。
僕だって、他の男の人に香奈姉ちゃんを奪われたくはない。
だからこうして、香奈姉ちゃんを見てしまうんだろうけど。
香奈姉ちゃんは、めくり上げたスカートを元に戻し、僕の頭を撫でてきた。
「そうだよね。楓も一応、男の子なんだもんね。意識しない方がおかしいよね」
「そりゃ、そうだよ。こんなことされたら誰だってエッチなことを考えちゃうって」
一応って……。はっきり言うけど、僕は男だよ。
それに僕の頭をそうやって優しく撫でてくるのはやめてください。
「それなら、少しだけ私の大事な箇所を触ってみる?」
「え? 大事な箇所って?」
僕は思案げに首を傾げ、聞き返していた。
香奈姉ちゃんは、恥ずかしそうに再びスカートの裾をつまみ上げ、下着を見せびらかす。
「例えば、私の大事な箇所…かな」
「っ……⁉︎」
香奈姉ちゃんの行為に、僕は思わずドキッとなってしまう。
いくらなんでも、それは……。
おそらく、兄にすら触らせていない部分だろう。
いや、ダメだ。その流れに身を任せたら、僕の負けになる。
「いや……。遠慮しておくよ。さすがに香奈姉ちゃんの大事な箇所を触ってただで済むわけがないし」
「なによそれ! 私のあそこは、汚れてるとでも言いたいわけ?」
なぜかそこで怒りだす香奈姉ちゃん。
そんな怒られてもさ。僕にも、できることとできないことがあるんだよ。
さすがに香奈姉ちゃんの大事な箇所を安易に触るのは、ちょっと気が引けるんだけど……。
「汚れてるとまでは言ってないけど……」
「だったら何も問題ないじゃない。今、誰もいないし、絶好の機会だと思うよ」
「いやいや……。そこを触るのは、まだ早いと思っているよ」
「私は、楓が触ってくる感触を感じたいだけなのに……。ダメかな?」
そんな甘えたような目で見てきても、ダメなものはダメだ。
僕は、毅然とした態度で言う。
「絶対にダメだよ。それをするのは、もっと大人になってからだよ」
「それじゃ、遅すぎだよ」
香奈姉ちゃんは、僕の言うことなんて聞くはずもなく、僕の手を握ってくる。
まさか……。
まさかね。
まさか、そんなことはしないだろう。
香奈姉ちゃんは、そのまま僕の手をスカートの中に入れていく。
まずいまずいまずい。
それは、まずいって……。
僕は、思わず自分の手を引こうと後ろに下がる。
だけど香奈姉ちゃんは、それを許さなかった。
香奈姉ちゃんは、頬を染めてゆっくりと僕の手を大事な箇所に近づけていく。
次の瞬間。香奈姉ちゃんの大事な箇所の感触が、下着越しに伝わってきた。
「あ……」
「ん……。なんか変な感じ」
「やめてよ。香奈姉ちゃん……」
僕は、香奈姉ちゃんの温かい感触に赤面しつつ、そう言った。しかし、香奈姉ちゃんは──
「やだよ。ここまでやってるんだから、絶対にやめないよ」
と言って、グイッと僕の手をさらに深い部分に触れさせる。
「ちょっと……。香奈姉ちゃん……」
「どうかな? 気持ちいいでしょ?」
「それは……」
僕は、香奈姉ちゃんの大事な箇所の感触に気持ち良さを覚え、さわさわと弄っていた。
それがいけないことだとわかっていてもである。
香奈姉ちゃんは、気持ちいいのか敏感に身体を震わせている。
そして──
「そっか。下着を穿いているから、変な感じなんだな。──穿いていなかったら、どんな感じなんだろう」
と、言う。
まさか下着を脱いだりなんかしないよね。
香奈姉ちゃんは、何を思ったのか「よし、脱いじゃえ!」と言って、下着を脱ぎだした。
そして、見えるか見えないかの状態でスカートをつまみ上げ、僕に言う。
「…楓。もう一回触ってくれるかな? 今度は、しっかりと私の中までいってもいいから」
「っ……⁉︎」
悪いけど、これ以上は付き合いきれない。
「ごめん。これ以上は無理だ」
僕は、そう言って逃げるように自分の部屋を後にした。
頼むから、実際にエッチなことを要求するのはやめてほしい。
「あ、楓。待ちなさい」
香奈姉ちゃんは、すぐに僕の部屋から出てきて、僕を追いかけてきた。
僕は思わず、一階の居間の方へと避難する。
今、パンツを穿いてない状態だと思うから、ここまでは来れないだろう。なぜなら──
「あら、楓。どうしたの?」
母がいるからだ。
母は、僕を見るなり思案げな表情で聞いてきた。
今の時間なら母が居間にいる。だから、さすがの香奈姉ちゃんも大きな顔はできない。
僕の母の前では、そんなはしたない格好は見せられないだろうし。香奈姉ちゃん本人も見せたくはないだろう。
──そう思っていた。
まさか、香奈姉ちゃんが部屋から出てくるとは思わなかっただけに、僕も油断していたみたいだ。
香奈姉ちゃんは、すごい勢いで僕のところにやってきた。
「楓。──もう逃げられないよ」
「香奈姉ちゃん……」
僕は、あまりのことに呆然となってしまう。
「さぁ、楓の部屋で、続きをしようよ」
香奈姉ちゃんは、母が近くにいるというのにはっきりと言った。
母は、なにやら納得したような顔で香奈姉ちゃんを見て口を開く。
「あらあら、香奈ちゃん。相手を楓に決めたの?」
「うん。私は、楓に決めたんだ」
え……。どういうこと?
僕に決めたって、一体……。
「そうなのね。楓は、昔から消極的で、積極的なアプローチがあまりない子だから、正直、不安なんだけど。香奈ちゃんがそれでもいいのなら、止めはしないわ」
「ありがとう。楓のお母さんに相談してよかった」
「え? 母さんに相談って、どういうことなの?」
わけがわからず、僕は聞いていた。
一体、どういうことだ?
僕には、何のことやらさっぱりわからない。
その質問には、母が答えた。
「香奈ちゃんに、恋愛成就の方法を伝授したのよ。聞けば、あの女子校に通ってるっていう話じゃない。これは、大先輩である私としては、放って置けないっていう結論に至ったわけなのよ」
「…なるほど。そういうことだったんだね」
そういえば、母が通っていた高校は香奈姉ちゃんが通っている女子校だったのを思い出した。
だからこそ、女子校に伝わっているジンクスにも詳しいし、香奈姉ちゃんが知らないようなこともたくさん知っていてもおかしくはない。
ということは、香奈姉ちゃんは僕と付き合いだす前から、母に相談していたってことになる。
用意周到というか、なんというか。
「さぁ、そういうことだから、続きをしましょ」
「楓。頑張るんだよ。香奈ちゃんを泣かせたら承知しないからね」
「………」
二人の言葉に、僕は何も言い返すことができず、その場で呆然となってしまっていた。
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