第十一話・12

 教室に着くなり、千聖は子犬のようにやってきて僕に戯れついてきた。


「楓君。今日もよろしくね」

「うん。よろしく」


 無邪気に腕を掴んでくる千聖を見て、僕は自然と苦笑いを浮かべる。

 普通にしていたら、とてもいい女の子なんだけどなぁ。


「どうしたの? 楓君。ずいぶんとよそよそしいけど……」


 千聖は、僕の顔を見るなり思案げに首を傾げていた。

 よそよそしい? 僕が?

 そんなこと、あるはずない。


「そうかな? いつもどおりだと思うけど……」

「ううん。絶対に、昨日よりよそよそしいよ。もしかして西田先輩に何か言われたでしょ!」

「『何か』って、何?」


 全然心当たりがないので、僕は、千聖にそう訊いていた。

 千聖は「う~ん……」と気難しい表情を浮かべて首を傾げる。


「はっきりとは言えないけど、ちょっと冷たい感じがするんだよね」

「そんなことはないと思うけど」


 僕は、頬をポリポリと掻きながらそう言った。

 いつもどおりだと思うんだけどなぁ。

 千聖には、そんな風に見えるのか。

 千聖を見て少し考えていると、教室に来栖先生が入ってきた。

 言うまでもなくホームルームが始まるので、僕はすぐに自分の席に着く。


「おはよう、みんな。それじゃ、さっそく出席を取りますね」


 来栖先生は、そう言うと一人一人の名前を呼んでいき、出席を取っていった。


 共同実習の二日目は、さすがにみんな慣れたのか終始落ち着いた様子だった。

 男子たちも、あまり女子たちと話をする機会はなくても、いざ話をすれば、すんなりといくみたいだ。

 問題なのは、僕と千聖のところくらいか。

 香奈姉ちゃんに言われたせいか、どうにもしっくりとこないのだ。

 先程から、授業で些細なミスを連発してしまう。

 ちなみに授業の科目は体育だ。競技はバドミントンで、僕と千聖がペアを組んでやっている。

 千聖は、僕に


「落ち着いて」


 と、言ってくれるのだが、そう言われてもどうにも落ち着かないのが本音だ。


「ごめん……。あまり調子が良くなくて……」

「ううん。気にしなくていいよ」


 千聖は、笑顔でそう言った。

 千聖はそう言うが、やっぱり気にしなくてもいいって言われても、どうしても気になってしまう。

 そうしながらもペアでやっていると、千聖の方から言ってきた。


「さっきの話の続きなんだけど……。やっぱり、少し冷たい感じがするんだよね」

「そうかな? いつもどおりだと思うんだけど……」

「そう思っているのは、楓君だけだよ。私から見たら、あきらかに昨日とは全然違うよ」

「それは……」


 どこが違うんだろう?

 そう思ったが、千聖にはっきりと訊くことはできなかった。

 もしかしたら、千聖が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないし。


「やっぱり、西田先輩に何か言われたからだと思うんだよね」


 言われたって、何を?

 三股四股とかのことかな。

 どちらにしても、僕にはまったく関係ないんだけどさ。


「香奈姉ちゃんからは、特に何も言われなかったよ」

「そうかなぁ。なんか怪しいな。でもまぁ、楓君とはバイト先が同じだから、いいんだけどね」

「もしかして、あのバイト先を選んだのって僕がいたからなの?」

「さすがにそれはないよ。あそこを選んだのは、制服が可愛いからであって──」

「そっか。…それなら、よかった」


 千聖の言葉に、僕はホッとなる。

 千聖にストーカーの気はないみたいだから、安心したのだ。


「もしかして、楓君って自信過剰なところがあったりする?」

「どうして?」

「そんなことを気にするなんて、よほど自分に自信があるっていう人じゃないと、そうならないから」

「僕はそんな自分に自信があるっていうタイプじゃないな」


 僕は、自分に問いただすようにそう言っていた。

 冷静に自分の性格を自己分析をしても、自信過剰なタイプじゃないのは、よくわかってるつもりだ。


「そっか……」


 千聖は、『なるほど……』と言わんばかりの表情を浮かべそう言った。

 いや、むしろ少し残念そうな表情を浮かべているのは気のせいだろうか。


「どうしたの? すごく微妙な表情を浮かべているけど……」

「ううん、なんでもないよ。なんか意外だなって思っただけ」

「意外って?」

「西田先輩とバンドを組んでる人だから、もう少し自信のある人かなって思っていたんだけどな」

「知ってたの?」

「もちろん、知っていたわよ」


 千聖は当然だと言わんばかりに言う。

 僕の存在はある意味、他の人には知られていないと思っていたので、知っていたのは意外だなって思ったんだけど。


「いつから知っていたの?」

「女子校で文化祭があった日だよ。その時に西田先輩がライブをやったじゃない」

「その時ってまさか……」

「うん。楓君ってば、まわりにバレないようにメイド服を着て演奏してたよね」

「やっぱりバレてたんだね」

「もちろんだよ! あんな特徴的な子は、女子校にはいないと思ったし」


 特徴的って……。

 千聖には、女装した僕がどんな風に見えてたんだろうか。

 たしかに、ミニスカメイド服姿で女装してベースを弾いていたら目立つよね。


「そう言われると、すごく恥ずかしいな」

「そんなこともないんじゃない?」

「どうして?」

「ライブをやってた時のみんなの顔、とっても活き活きしていたし。特に西田先輩のあの姿は、今も忘れられないよ」


 千聖は、キラキラした表情を見せる。

 なんだかんだ言っても、香奈姉ちゃんのことが好きなんだな。


「そうなんだ」


 僕は、そう言って相槌を打つ。

 あの時のみんな…か。

 たしかに活き活きしていたけど……。

 僕も演奏中だったから、みんながどんなテンションで演奏していたかなんてわからないよ。

 そこそこだったんじゃないかな…と思われる。


「…でも、楓君のことが好きな西田先輩は好きになれない」

「え……」

「楓君のことが好きなのは、私だけなの。それだけは、誰にも譲ることはできないの」

「そっか……」


 千聖もそうだけど、香奈姉ちゃんの知り合いと思われる女の子たちは、こんな僕のどこがいいんだろうか。

 それだけが謎だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る