第十一話・13
「おかえり、楓。今日も午前授業だったんだね」
家に帰って来るとそこには香奈姉ちゃんがいて、笑顔で出迎えてくれた。
香奈姉ちゃんは、自分の家にまだ帰っていなかったのかまだ制服姿だ。
「ただいま。今日は、どうしたの? いつもなら学校の校門前で待っているはずだよね」
僕は、思案げな表情を浮かべてそう訊いていた。
香奈姉ちゃんは、とても残念そうな顔をして言う。
「それがね。今日は、奈緒ちゃんたちと一緒に帰ったから、楓のことを待てなかったんだよね」
「そっか。それなら、仕方ないね」
僕は、微笑を浮かべてそう言った。
僕の場合、香奈姉ちゃんが来なければいつも一人で帰っているが、香奈姉ちゃんには友人がいる。
友人がいるのだから当然、友人と一緒に帰るっていう可能性がある。
だから、毎日僕と帰るのはさすがに無理なのだ。
僕の方も、今回は途中まで千聖が一緒だったから、香奈姉ちゃんのことをとやかく言えないし。
「怒らないの? いつもどおりに校門前で待ってなかったんだよ」
「怒らないよ。奈緒さんたちと一緒に帰ったんなら、仕方ないんじゃないかな」
「でも……。楓のことを蔑ろにしたわけだし……」
「別に蔑ろにしたわけじゃないと思うよ。香奈姉ちゃんにも友達付き合いがあるんだしさ」
「わかってはいるんだけど……」
「そんなに気にする必要はないよ」
「でも……」
「とにかく。香奈姉ちゃんが気にすることじゃないから大丈夫だよ」
まったく。
香奈姉ちゃんってば、気にしすぎだよ。
兄とデートに行った時も、僕のことをそんなに気にかけたのかな。
友人と帰る時くらい僕のことは忘れて、ハメを外して楽しめばいいのに。
「ねぇ、楓。せっかくまた二人っきりなんだしさ、何かして遊ぼうよ」
「何するつもりなの?」
「例えば、私と一緒にデートに行くとかは? …どうかな?」
デートって言えば、この前行ったショッピングモールかライブハウスくらいしか思い浮かばないけど。
香奈姉ちゃんは、どこに行きたいんだろう。
「どこに行きたいの?」
「う~ん……。そうだなぁ。ショッピングモールでお買い物とかはどうかな?」
「買い物…かぁ」
僕は、そう言いながら居間の掛け時計を見やる。
時間的には、問題はないけど。
「ダメ…かな?」
香奈姉ちゃんは、不安そうな表情を浮かべて僕を見てくる。
そんな顔されたら、絶対に断るわけにはいかないじゃないか。
「そんなことないよ。行ってみようか、買い物に」
僕は微笑を浮かべ、そう言った。
香奈姉ちゃんは、嬉しかったのかギュウッと僕に抱きついてくる。
「ありがとう、楓」
香奈姉ちゃんの少しだけ大きめな胸が身体に当たっているけど、敢えて言わないことにした。
やはり香奈姉ちゃんは、どこにいても目立つな。
いつもの私服姿でも、十分に可愛いし。
ショッピングモールの手前にたどり着くなり、周囲にいた男性たちから注目の的になっているしで、言うことがない。
それだけ、香奈姉ちゃんが美少女だってことだ。
香奈姉ちゃんが一人で街を歩いていたら、まず間違いなく声をかけられているだろう。
なぜ、いまだに声をかけられてないのかっていうと、僕が側にいたからだ。
香奈姉ちゃんは、周囲の男性たちの視線に気づいているのかどうか知らないが、ずっと僕と腕を組んで歩いていた。
「──さて、どこから行こうか?」
「ゲームセンターや映画館とかは、どう?」
「ふ~ん……。そんなところを選んじゃうんだ。楓は」
「例えばの話だよ。例えばの……。香奈姉ちゃんは、行きたいところとかってあるの?」
「う~ん……。そうだなぁ。私は、楓と楽しくデートできれば何でもいいんだけど」
そう言う香奈姉ちゃんも、どこに行くか決めてないみたいだ。
「それなら、適当にショッピングモールの中を歩き回るとか?」
「それもいいんだけど、なんかテンションが下がるっていうか……」
「それなら、洋服店に行って香奈姉ちゃんに似合いそうな服を探すってのは、どう?」
「私に似合いそうなお洋服…か」
香奈姉ちゃんは、呟くように言う。
まぁ、香奈姉ちゃんの場合、似合わない服を探す方がむずかしいと思うけど。
「うん。せっかくのデートだし、行ってみようよ。それに買い物に行こうって言ったのは、香奈姉ちゃんなんだし」
「それはそうだけど……」
「どうしたの?」
僕は、思案げな表情で首を傾げる。
僕の提案に、何か問題でもあったのかな。
「私の言ってた『買い物』っていうのはね。主に楓に似合う服を買おうかなって思ってたのよ」
「僕に似合う服を? どうして?」
「私がそうしたいからだよ。楓のお姉さん的な私としては、楓にはもっとカッコいい服を着て私の心を射止めてほしいなって」
「そんな無茶なこと……。できるわけがないよ──」
僕は、ため息混じりにそう言った。
香奈姉ちゃんの心を射止めるって、簡単そうに見えて実は相当な無理難題なんじゃないのかな。
「無茶じゃないもん! 楓ならできるもん!」
香奈姉ちゃんは、僕の腕にギュッととしがみついてそう言った。
その自信は、どこから来るんだろうか。
それに周りの視線が痛いんですが。
「わかったから。それなら、さっそく行ってみようか?」
「うん、そうだね。せっかくだから、私がとってもカッコいい服を選んであげるよ」
「お願いだから、派手な服装は勘弁してね。逆に恥ずかしいから」
「任せなさい」
香奈姉ちゃんは、僕の腕を組んだまま洋服店に向かっていった。
どんな服を選ぶのか、正直不安だ。
洋服店にたどり着くと、香奈姉ちゃんはまっすぐに男物の服の売り場に向かっていく。
そこの洋服店には、女物だけじゃなく男物まで売られていた。
僕は、ファッションについてはそんなに詳しい方ではないので、こういうのは香奈姉ちゃんに任せた方がいいのかな。
「ねぇ、楓。この服はどうかな?」
香奈姉ちゃんは、問答無用で服を数着ほど持ってきて、僕に押しつけてくる。
香奈姉ちゃんが選んだ服だから、どれも見た目はカッコいいんだけど……。
「え……。どうって言われても……」
僕は思わず苦い表情を浮かべ、そう言っていた。
そんないっぺんに持ってこられても、困るんだけどな。
「とりあえず試着してみてよ」
「こんなにいっぺんには無理だよ。一着ずつ試着してみるから、それでもいいかな?」
「うん。待ってるから、しっかりと私に見せてよ」
「わかったよ。ちょっと待ってて──」
僕は、そう言って試着室に行く。
香奈姉ちゃんが選んで持ってきた服の中には、僕に似合うかどうかすらわからないような服もあり、正直、試着しようかどうか悩んでしまった。
派手というかなんというかわからないが、僕の印象からはかけ離れたファッションだったのだ。
これはやめておこう。
「もういいかな?」
と、香奈姉ちゃんが試着室のカーテンを開ける。
「ちょっ……。香奈姉ちゃん……」
いきなりの出来事に、僕は唖然となってしまう。
待ちきれなかったのかどうかわからないけど、着替え途中だったので、もちろん上半身はTシャツ姿だ。
香奈姉ちゃんは、僕がまだ着替えていないところを見て呆然となってしまい、謝罪の言葉を口にする。
「あら……。ごめんなさい。もう試着を終えたのかと思って、つい……」
「急かしすぎだよ、香奈姉ちゃん。試着したら、必ず香奈姉ちゃんに見せるからさ」
「うん……。わかった。ホントにごめん」
香奈姉ちゃんは、しょんぼりとした表情を浮かべて試着室のカーテンを閉めた。
こんな調子でやられたらデートどころの話じゃないな。
僕は、数着ある服の中の一着を選びとると、それをとりあえず試着してみた。
サイズはちょうどいい。
あとは似合っているかどうかだ。
僕は、ゆっくりと試着室のカーテンを開ける。
「どうかな? 香奈姉ちゃん」
試着室の中にも鏡があるが、自分で似合っているかどうか確認するよりも、香奈姉ちゃんに確認してもらうほうが一番だと思ったので、見せることにしたのだ。
僕のことを見ていた香奈姉ちゃんは、笑顔でこう言った。
「うん! とてもよく似合っているよ」
「ホントに? よかった……」
僕は、ホッと息を吐く。
似合わないと言われたら、どうしようかと思ったからだ。
まぁ、香奈姉ちゃんに限って、似合わないような服は持ってこないから、安心はしていたんだけどね。
もう数着か香奈姉ちゃんが持ってきた服があるが、まさか全部試着してみろとは言わないだろう。
「…と、言うわけだから。他のも、試着してみてよ」
「やっぱり、着ないとダメなんだね」
「そんなの当たり前じゃない」
香奈姉ちゃんは、当然のことのようにそう言った。
ちなみに、僕は服の試着っていうのはサイズの確認程度にしか行っていない。
その服が自分に似合うかどうかは手に取った時に決めるタイプだから、よほど気に入らないと試着まで至らないのである。
だから、香奈姉ちゃんが数着持ってきてくれても、全部を試着するかって言われたら、『NO』だ。
香奈姉ちゃんも、それはわかっているだろう。
結局、選んでくれた数着の服のいくつかは、香奈姉ちゃん自身がお金を出して購入し、僕にプレゼントしてくれた。
これは、僕もお返しに何かを買ってあげないとダメなパターンだ。
僕は、そう考えながら洋服店の中を歩き回っていた。
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