第十八話・6

 美沙ちゃんとのデートは、どうなっているんだろう。

 うまくいっているのかな。

 楓のことだから、美沙ちゃんを困らせていないか心配だ。

 それに──

 ただ黙って自分の部屋の中にいるのは、さすがの私も気が滅入ってしまう。

 私は、とりあえず一階にある台所に向かうと、水を一杯だけ飲んだ。


「ふぅ……」


 無理矢理な感じで一息吐くけど、やっぱり落ち着かない。

 もしかして、デートの終わりにキスとかするのかな。

 楓にとっては、美沙ちゃんも先輩というよりかお姉ちゃんの分類になるから、逆らえないだろうし。


「あー、もう! 気になっちゃうじゃない! ──決めた。こっそりと楓の様子を見に行ってみよう」


 私は、さっそく自分の部屋に戻る。

 他所行きの洋服に着替えるためだ。

 あまり時間をかけていられないが、着替えの場合は仕方がない。

 何かあったら嫌なので、なるべくお洒落で可愛い服装にしておこう。

 ジャケットを上に着るので、あまり意味はないけど……。


 なんとなく暇だったので、私も一人で街にやってきたけど。


「えっと……。楓と美沙ちゃんは、どこにいるかな?」


 私は、周囲に視線を馳せる。

 こんな場所に二人がいるとは思えないが、一応、誰かを捜す素振りを見せていないと、見知らぬ男性たちがナンパをしてきそうな感じだったので、そうしながら歩くことにしたのだ。

 誰かを捜している最中だったら、さすがに声もかけにくいだろう。

 私は、そうしながら街の通りを歩いていく。


 街の中で楓たちを見つけるのは、比較的簡単だった。

 美沙ちゃんが行くと思われるデートコースを考えれば、割と簡単に二人を見つけることができる。


「あんなところにいたんだ。…よかった。キスはまだしてない」


 美沙ちゃんは、仲良さそうに楓と腕を絡めて歩いていた。

 ついでに嬉しそうでもある。

 そんな二人を見ていると、なんだか胸が締めつけられる思いになった。


「やっぱり楓は、私以外の女の子を好きになっちゃダメだよ」


 ヤキモチなんだろうか。

 私には、この気持ちがなんだかわからない。

 すぐに楓たちのいる場所に行けばいいのだけど、私は行かなかった。

 ──いや。行けなかった。

 なぜなら、私より先に楓たちを見ている人がいたからだ。

 しかも私の目の前で。

 その人は、こっそりと(本人はそのつもり)物陰に隠れて楓たちの行動を監視していた。

 その人が女の子なのは、後ろからでもよくわかる。


「あれ? あの子はたしか──」


 私は、その女の子に見覚えがあった。

 後ろ姿だったので顔はわからないが、その女の子の所作でわかってしまう。

 たしか、楓のバイト先の仲間だったような。

 名前は、古賀千聖だ。


「もう! なんで私じゃなくて、あんなギャルみたいな女の子なのよ! 私だって、頑張ってアプローチしているのに……」


 古賀千聖は、あきらかに不満そうに一人で文句を言う。

 楓のことが好きで一方的にアプローチしているみたいだけど、いつも不発に終わっている。

 かなりやきもきしているはずだ。

 そうしたストレスもあるんだろう。

 これは、話しかけない方がいいかもしれない。

 私は、もう少しだけ楓たちに近づこうと歩きだす。

 するとグイッと腕を掴まれる。

 私の腕を掴んだのは、言うまでもなく古賀千聖だ。


「ちょっと待ちなさいよ」

「え?」

「どこに行くつもり──って、西田先輩⁉︎ どうして……」


 古賀千聖は、腕を掴んだ相手が私だということに気づき、驚いて声をあげる。


「ちょっと……。落ち着いて──。静かに……」


 私は、古賀千聖の手を取り、落ち着かせていた。

 ここまで取り乱すってことは、楓たちを見ていたってことに間違いないみたいだ。

 しかし、『落ち着いて』と言われて落ち着くわけもなく、古賀千聖はあたふたした様子で私を見ていた。


「もしかして西田先輩も、楓君たちを?」

「私は、ただ……。買い物に来ただけかな」

「買い物…ですか?」

「そう。買い物にね」


 私は、そう言って誤魔化す。

 ここで嘘を言っておかないと、よけいに取り乱しそうな気がしたからだ。

 ちなみに楓と美沙ちゃんは、何事もなく次の場所に向かって歩きだしていた。

 二人が見失う前に、私は歩きだす。


「そういうことだから。私は、行くね」

「ちょっと待ってください。そっちには──」


 案の定、古賀千聖は、慌てた様子で引き止めに入ってくる。

 どうやら彼女の目的も、楓たちみたいだ。


「何? 誰かいるの?」


 私は、わざと惚けてみせる。

 こうすれば、彼女がどういう反応をするのか見てみたいと思ったのだ。


「あ、えっと……。それは……」


 古賀千聖は、答えづらそうに表情をひきつらせる。

 そんな表情を見ていて、なんだか可愛らしく思えるのは私だけだろうか。

 楓のバイト仲間としては、認めてあげてもいいかも。

 恋のライバルとしては、許せないけど。


「わかってるよ。弟くんたちが心配なんでしょ? 見知らぬ女の子とデートしてるから」

「あうう……」


 図星を突かれたのか、古賀千聖はますます弱気な表情を見せる。


「そんな顔しないの。弟くんなら大丈夫だから──」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだよ。弟くんとはもう……。あんなことやこんなことをした仲だから──」


 美沙ちゃんとのデートに、キスとかはないと思う。たぶん……。


「それなら……。私も、安心していいのかな……」

「どうだろうね。あなたからしたら、由々しき事態かもしれないよ」


 私は、古賀千聖にわざとそう言っていた。

 現に、楓とはセックスだけじゃなく、一緒にお風呂にも入っているような仲だ。

 さすがにそんなことは、古賀千聖には無理だろう。

 まぁ、それだけじゃなくて、美沙ちゃんが連れていこうとしているところは、おそらくあそこだろうから。


「由々しき事態って……」

「考えている暇はないと思うよ。ほら──。次の場所に行っちゃうよ。弟くんたち」

「あ……。追いかけないと……。行きましょう、西田先輩!」


 古賀千聖は、そう言って私の腕を掴んで走り出した。

 いきなり掴まれたものだから、私は戸惑ってしまう。


「え……。私はちょっと……。買い物に……」

「いいから、早く!」


 それでも彼女は、強引に私の腕を引っ張っていく。

 う~ん。

 私としては、一人で追いかけたかったんだけど。

 こうなると仕方ないよね。

 私と古賀千聖は、楓たちを見失わないように後をつけていった。

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