第十六話・7

 お昼ごはんは、楓が手伝ってくれたおかげでスムーズに作ることができた。

 いつものことと言えばそうなのだが、楓が私の家にいるのといないのとでは、気持ちも大きく変わる。

 私は出来上がった料理を皿に盛り付けて、テーブルに持っていく。


「さて……。いただきますか」

「うん」


 楓の方も同じだったみたいだ。

 さほど手の込んだ料理ではないが、それでもテーブルの上に乗せる。

 楓が作ったのは、ツナサラダだ。

 私の家に、賞味期限がギリギリ大丈夫っぽい野菜がいくつかあったので、それを使用してのものである。

 ちなみに私が作ったのは、オムライスだ。

 楓は、私が作ったオムライスを見て、安心した表情を浮かべている。

 楓との遊園地デートは叶わなかったが、二人の時間はこうして作れてはいるから良しとしよう。

 お互いに向かい合う形でテーブルに着き、オムライスを食べながら私は言う。


「今日は、雨だけど。こんな日も悪くないね」

「そうだね。香奈姉ちゃんと勉強会をして過ごす日も悪くないかな」

「うんうん! そうだよね」

「いつもは見られないような香奈姉ちゃんのあられもない姿が見られるから、僕としては嬉しいかも」

「何よ、それ」

「言葉どおりだよ」

「もう! 楓ったら……」


 私は、頬を染めて楓を見る。

 たしかに、だらしない私の姿を見ることは、ないのかもしれないけれど……。

 はっきり言うこともないじゃない。

 言われる方は、恥ずかしいんだよ。

 私は、次の日曜日の予定を忘れないように言った。


「ねぇ、楓。行けなかった遊園地だけど。また次の日曜日に行こうか?」

「うん、別にいいよ。香奈姉ちゃんの都合の良い日でオッケーだよ」


 楓は、そう言って微笑を浮かべる。

 楓には、特に予定がないのかな?

 とにかく、私に予定を合わせてくれるのは嬉しいことだ。


「ありがとう。楓なら、そう言うと思っていたよ」


 私は、笑顔でそう言っていた。

 やっぱり相手が楓だと、すごく安心感があるなぁ。

 隆一さんだと、絶対に断られてそうだし。

 たしかに隆一さんは、周りのメンバーたちを引っ張っていくほどのカリスマ性はある。だけど対等の立場になって寄り添えないっていう欠点があるんだよね。

 私が、隆一さんのことが苦手だと思える部分はそこなんだけど。

 おそらく隆一さんは、それを理解することはないんだろうな。


 私の部屋に戻ると、楓は引き続き勉強をし始めた。

 勉強会と言ったのは私なので、楓は約束を守ろうとしてるんだろう。

 私は、ただ黙って楓のことを見ているだけだ。

 楓と一緒にいると、どうしても体を密着させたスキンシップを図りたくなってしまうけど、ここはグッと我慢しないと。


「どこかわからないところでもある?」

「う~ん……。今のところは、ないかな」

「遠慮しなくてもいいんだよ。私のわかる範囲なら、どんなことでも聞いてあげるから」

「ありがとう」


 楓は、素直にお礼を言った。

 ──ダメだ。

 どうしても、意識しちゃう。

 こんな時にもじもじとしてしまう私は、やっぱり欲求不満なんだろうか。

 幸いにして、楓には気づかれてはいないみたいだけど。

 しかし、しばらくして、楓からこんなことを言われてしまう。


「どうしたの? さっきから、すごくソワソワしてるけど……」

「え……」


 私は、びっくりして顔を上げる。

 たしかにソワソワしていたけど、楓に悟られてしまうほどわかりやすいものではないはずだ。

 感情は、ある程度抑えていたんだけど。

 楓は、とても心配そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。


「もしかして、お手洗いに行きたくなったとか──」

「違うよ。私は、ただ──」

「ただ? 何?」


 そんな思案げな表情で首を傾げられてもな。

 私に、答えられるわけがないじゃない。

 私は、ビシィッと指を突きつけて言った。


「なんでもないよ。楓は、私のことを気にしすぎだよ。もっと集中しないと」

「気持ちはわかるんだけど、今日の予習は全部終わってしまったんだよね。他に何をすればいいのかわからないんだ」

「それならベースの練習をするなり、なんでもあるでしょ。それは、どうしたのよ?」

「そう言われてもな。勉強会とだけ聞いてきたから、持ってきてないよ」


 楓は、困ったように苦笑いをしてそう答える。

 たしかに勉強会と言ったのは、私だ。

 私も『勉強会』というものに、縛られてるのかな。それなら──


「そういうことなら。この間のエッチの続き…する?」

「え……。それはさすがに……」


 言うまでもなく楓は、遠慮がちだ。

 今の状況だと、押せばすぐに倒れてくれそうだし。チャンスと言えばチャンスだろう。

 私は、ゆっくりと楓に寄り添って、そのまま抱きしめるように首元に両腕をまわす。


「楓は、なんにも気にしなくていいんだよ。誰もいないことだし、ね。だからエッチしよ」

「でも……。花音とかが来たら、ちょっと……」

「安心して。花音なら、絶対に来ないから」

「いや、あの……。僕は……」

「私とエッチなことをするのは、もう嫌になったの?」

「そんなことは…ないけど……」


 楓は、そう言って私の体を優しく抱き寄せる。

 やっぱり、私にキスをしたりするのも抱き寄せたりするのもソフトで柔らかい感じだ。

 そこに激しさはない。

 だけどその分、楓の愛情がたくさん感じられる。

 楓のそういうところが、結構好きだったりするんだけど。

 楓には、自覚はないらしい。

 たぶん奈緒ちゃんとかは、楓のこの押しの弱さが逆に良かったりしたんだろう。

 私は、そのままの勢いでのしかかり楓を押し倒した。


「だったら、少しくらいはいいよね?」

「ちょっと待って……。まだ心の準備が──」

「それは本来、私が言うべき台詞だよ。私がいいって言ってるんだから、いいんだよ」

「香奈姉ちゃんがそう言うのなら……」


 楓は、意を決したのか私の体を抱きしめてくる。

 それでも激しさはなく、優しく抱きすくめるかのようだった。

 楓のぬくもりを感じるには充分すぎるほどだ。

 ちなみに雨が止んだのは、夕方になってからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る