第十九話・5

 みんなが帰っていった後、私は楓の部屋に戻ってきて、そのまま片付けを手伝っていた。

 楓の家の予定は、大体のことは頭に入っている。

 だから私が手伝いに来るというのは、楓自身もわかっていることなのだ。

 もう毎年のことなので、楓も文句は言わない。

 ちなみに着ていた晴れ着は、一旦自分の家に戻った時に脱いできたので、今は普段着だ。

 正直、あの綺麗な晴れ着を一日中着て動き回る神経は持ち合わせていない。

 それには個人差があるんだろうけど、少なくとも私はそうだ。

 花音は、そうじゃないみたいだけど。

 今着ている服装は、白のチュニックに黒のミニスカートである。

 ちなみに、いつでも膝枕ができるようにと思ってストッキングは穿いてない。

 外出する予定などはないから、そこまで晴れ着を着る必要はないと思ったのだ。

 楓は、私のことが気になるのか、緊張が孕んだような表情で見てくる。

 なんだろう。私の顔に何かついてるのかな?

 私は、思案げな表情で訊いてみた。


「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」

「な、なんでもないよ。ちょっと、気になってしまって……」

「ん? 何を?」

「香奈姉ちゃんって、ラフな格好でもスカートを選んでることが多いけど。そっちの方がラクなの?」

「う~ん。どうだろう……」


 改めて訊かれてしまうと、なんでだろう。

 私も、そんなに意識したことはないから、よくわからない。


「自分でもわからないの?」

「あんまり深く考えたことがないからね。なんとなくスカートやショートパンツを選んじゃうんだよね」

「そうなんだ」

「弟くんは、どっちが好みかな?」

「どっちって?」

「スカートとショートパンツ。どっちが好き?」

「どっちって……。そんなこと訊かれてもな……。僕には、なんとも──」


 楓は、困ったような表情を浮かべてそう言っていた。

 そんなに難しい質問だったかな。

 私のファッションの話なんだけど。


「そっか。弟くんには答えられないか。それなら仕方ないね」

「う、うん。なんかごめんね。ジロジロ見ちゃって」

「ううん。いいんだよ。私としては、他の女の子を見てしまうよりはマシだから──」

「香奈姉ちゃん……」


 楓は、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 そんな笑みを見せても、私の態度は変わらない。

 私以外の女の子を見ることは、絶対に許さないんだから。


「それよりもさ。せっかく二人きりなんだから、もうちょっとだけ積極的になれないのかな?」

「さすがに元旦早々、積極的にはなれないよ」

「そっか。それなら、私の方から積極的になってもいいんだね」


 私は、そう言って楓に迫る。


「いや……。ちょっと待って。一体、何をするつもりなの?」


 勘のいい楓は、私の急接近から逃れるように後ろに後退りした。

 ここで逃したらダメだって、何かが私に伝えてくる。

 私は、楓の手を恋人繋ぎのように掴むとそのまま体を寄せて騎乗位になった。


「お姉ちゃんとのちょっとしたお遊戯だよ。弟くんはじっとしてるだけでいいよ」

「お遊戯っていうレベルのものじゃないでしょ。確実に。ホントは、何をするつもりなの?」

「そんなの、いちいち説明しなきゃダメなの? 弟くんとは、もうちょっと気軽にスキンシップを図りたいなって思っていたのに……」

「気持ちだけで充分だよ。香奈姉ちゃんの好意は、ちゃんと伝わっているから」


 楓は、そう言って恋人繋ぎをしている手をギュッと握り返してくる。

 私の手を強く握ってくるだけでも、私の心には充実感が溢れてくる。

 そうだ。これが足りなかったんだ。

 奈緒ちゃんたちには悪いけど、先に楓の唇を回収しておく。


「でもこれだけは回収しておくね。お姉ちゃんとしては、他の女の子に奪われたくないから──」

「ちょっ……」


 私は、問答無用で楓にキスをした。

 他の女の子と浮気なんてしませんように…との願いを込めながら。

 そっと唇を離すと、楓は恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「香奈姉ちゃん……。最近、キスのしかたが強引になったような気がするんだけど……」

「そりゃ、強引にもなるよ。お姉ちゃんだって、いつまでも奥手のままじゃいられないしね」

「そういうものなんだ」

「うん。そういうものなの」


 私は、楓にわからせるようにそう言って笑顔を向けた。


「香奈姉ちゃんの場合は、奥手っていうより恋愛上手なだけかと──」

「ん? 何か言った?」

「いえ……。なんでもないです」

「それよりもさ。もっと見るべきところがあるはずなんだけどな」

「見るべきところ?」


 楓は、そう言って私の体全体を舐め回すように見てくる。

 舐め回すっていうのは、ちょっと大袈裟かもしれない。

 でも、わざと見えるような姿勢でいるんだから、そのくらいはいいかと思う。

 楓は、気がついたのかある箇所をしばらく凝視した後すぐに視線を逸らす。

 私は、悪戯っぽい笑みを浮かべ楓に訊いていた。


「どう? 気に入ってくれたかな?」

「………」


 楓は、頬を赤くして改めて私の顔を見てくる。

 私のピンクの勝負下着は、気に入ってくれただろうか。

 この日のために、新しいものを買っておいたんだから。

 それでも楓の口から出てくる言葉は、素直なものじゃなかった。


「が、元旦早々、そんなはしたない姿勢にならないでよ!」

「ダメだった? 楓なら、大丈夫かと思って──」


 私は、そう言ってペロッと舌を出す。

 そんな私の仕草を見てキュンとしたのか、楓は私が履いているスカートの裾を指で摘んでそのまま見えなくなる位置まで戻そうとする。

 そんなことをしたって、履いているスカートは膝丈より短めのものだから、下着自体は不可抗力で見えちゃうんだけどな。


「全然大丈夫じゃないよ。僕だって、男なんだから……」

「そんなに見たくなかったの?」

「普通は見せないでしょ。そんな粗末なものは──」

「粗末って……。私の下着は、粗末なものなんかじゃないもん! よく見てみなさいよ!」


 私は、見せびらかすようにスカートの裾をたくし上げる。

 はしたないって言われるかもしれないが、楓にアプローチする方法が他に思いつかないのだ。

 私自身も、こんな事は楓の前でしかしないと思う。


「落ち着いてよ。香奈姉ちゃんの気持ちは、よくわかったから──」

「ホントに?」

「うん。香奈姉ちゃんが、僕と遊びたいっていう気持ちは伝わってきたよ」

「ちょっと違うけど……。まぁ、当たりなのかな」

「お姉ちゃんは、僕には甘いもんね」

「べ、別に甘やかしているわけじゃないんだよ。私は、弟くんのために──」


 私は、相手にもわかるようなほど挙動不審な状態になりながら楓から離れ、そのまま近くにある楓のベッドに腰掛ける。

 楓は、思案げな表情でそんな私のことを見ていた。


「えっと……。香奈姉ちゃん?」

「それで? 何して遊ぶの? エッチなことをするの?」

「え……」


 私の言葉に、楓は全くもって訳がわからないっていう表情になる。

 そんな惚けたってダメなんだから。


「私と遊ぶんでしょ? お姉ちゃんにもできるようなプレイなら遠慮なく言ってよ。なんなら弟くんの好みに合わせて、下着も変えてもいいよ」


 私は、そう言って胸元に手を添える。

 なんの気なしに言ったつもりだったんだけど、楓にとってはそうではなかったみたいだ。

 楓は羞恥のあまり赤面し、私にもわかるほど狼狽えた様子で口を開く。


「そ、そこまではさすがに……。僕は、香奈姉ちゃんと一緒にいたいってだけで、特に深い意味は──」

「それが、私と一緒に『遊ぶ』っていう意味なの?」

「う、うん。ダメ、かな?」

「ダメなわけないでしょ。せっかく遊ぶんだし、弟くんが喜ぶような事をしようよ」

「僕が喜ぶような事って?」


 どうして、わかりきってるようなことを訊いてくるんだろう。

 二人でやる『遊び』っていったら、一つしかないのに。


「…もう。わかってるくせに」


 私は、口元に笑みを浮かべてそう言っていた。

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