第十九話・4
初詣に行った後で、みんなが気軽に集まれる場所と言えば、やっぱり楓の家以外にないよね。
たとえ隆一さんや花音がいたとしても、今日くらいは別にいいかな。
もしかしたら、隆一さんのバンドメンバーがいるかもしれない。
「「ただいま~」」
私と楓は、ほぼ同時にそう言って、楓の家の中に入る。
私と楓にとってはいつものことだが、3人にとっては、そうじゃないみたいだ。
「わたしたちも入っていいのかな?」
「連れてくるってことは、いいんじゃないかな。楓君も、特に何も言ってないし」
「緊張するなぁ……」
奈緒ちゃんたちは、緊張した様子で家の中に入ってくる。
いつもなら堂々としてるんだけど……。4人とも、なんだか、らしくないな。
そんなに緊張なんかしなくてもいいのに。
晴れ着姿だから、余計に緊張してるのかな。
それにしても、誰もいない。
楓のお母さんの姿くらいあってもいいと思うんだけど。
「ねぇ、楓。隆一さんは?」
私は、ちょっと不思議に思って訊いていた。
元旦なら、当たり前のようにいるだろうと思っていたんだけど。
居間にはいないみたいだし。
もしかしたら、自分の部屋に行ってしまったとかも考えられる。
「ここにいないって事は、家にはいないみたいだね。まぁ、兄貴のことだから、友達とどこかに行ったんじゃないかな」
「元旦早々、友達とどこか行くとかって……。信じられないんだけど」
私は、ため息混じりにそう言っていた。
ホント、何を考えてるんだろう。
しかし楓は、ボソリと呟くように言う。
「人のこと言えないと思うんだけどな……」
「何か言ったかな?」
私は、楓にずいっと迫る。
もちろん笑顔を浮かべたままでだ。
楓は、私に敵わないと思ったのか、すっかり萎縮した様子で口を開く。
「べ、別に何も……。それより、兄貴に何か用件でもあったの?」
「用件は特にないかな。ちょっと気になっただけ──」
「そっか」
「もしかして、やきもちでも妬いてくれたの?」
私は、少しだけ嬉しくなりそう訊いていた。
「そ、そんなことはないよ。ただ、ちょっと──」
楓の方は、あきらかに慌てた様子でそう言う。
やっぱり図星だったか。
そんな楓の表情を見ているだけでも、お姉ちゃんとしては嬉しいよ。
私のために、そんな顔をするんだから。
「そっかぁ。弟くんでも、やきもちは妬くんだね。でも、お姉ちゃんは、浮気なんてしないから安心していいよ」
「香奈姉ちゃん……」
楓は、安堵の表情を見せる。
近くにいた奈緒ちゃんは、楓の腕をギュッと掴む。
「そうそう。香奈には、そんなことできるはずもないよ」
「奈緒さん」
「香奈は楓君一筋だから、二股とかは絶対にしないよ。だから安心していいよ。もしそんなことがあったりしたら、あたしが楓君を奪ってあげるから」
「それだけは、絶対ダメだよ! 弟くんは、私だけのものなんだから──」
私は、楓のもう片方の腕を掴んでそう言っていた。
だけど奈緒ちゃんは、このまま引き下がることをしたくなかったのか、悪戯っぽく笑みを浮かべる。
「冗談だって。香奈の許可なく、そんなことはしないよ。だけど、あたしも楓君のことを簡単に諦められるほど素直じゃないからね。なにかしらのアプローチは覚悟してもらうよ──」
「いいよ。それで弟くんの気持ちが動かせるのなら、やってみるといいよ」
はっきり言うけど、私は負けるつもりはない。
奈緒ちゃんが、どんな手を使って楓を射止めるつもりなのか興味もある。
「あの……。そこに僕の意思は関係ないの?」
楓は、私と奈緒ちゃんの間を取り持つようにそう言ってきた。
私と奈緒ちゃんは、一度顔を見合わせると笑顔になる。
そして、すぐに楓の方を向いて言った。
「「うん。ないよ」」
奈緒ちゃんと私で同じことを言ったものだから、楓は押し黙ってしまう。
その様子を見ていた美沙ちゃんは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まぁ、楓君の意思は関係ないよね。要するに、どれだけ楓君のことが好きなのかどうかだし──」
「それって、わたしたちにも言えることだよね?」
「そんなの当たり前じゃん。理恵だって、少なからず楓君のことを想っているでしょ?」
「そうだけど……。わたしの場合は、香奈ちゃんが──」
理恵ちゃんは、頬を赤く染めてそう言う。
まさか理恵ちゃんまで、楓のことをそんな目で見てたなんて……。
理恵ちゃんのことだから、恋愛的な意味では見ていないかと思っていたんだけど。
そうではないみたいだ。
「わかってるって。理恵は、そういうのに関しては奥手だもんね。でも楓君のことは好きでしょ?」
「う、うん。好きだけど……」
「そうだよね。その辺ははっきりしておかないとね。──そういうことだから、楓君は諦めた方がいいよ。私たちは全員、楓君のことが大好きなんだから」
「それは……。素直に受け止められそうにないかも……」
楓は、恥ずかしそうにそう言った。
素直な気持ちで言うと、私の方が妬いてしまうくらいなんだけど。
バンドメンバーから愛されてるって、どれだけ幸せ者なんだか。
私は、ムッとした表情で言う。
「弟くんは、他の女の子のことを好きになったらダメなんだよ。そのことだけは、肝に銘じておかないと──」
「わ、わかってるけど。なんだか香奈姉ちゃん。とっても怖いんだけど……」
「怖いって……。優しく諭してあげてるのにな……」
「そうなんだ。僕的には、ちょっと──」
楓は、おどおどしたような表情で私を見る。
そんな顔をされたら、何もできないんだけどな。
美沙ちゃんは、笑みを浮かべたまま言った。
「大丈夫だよ。香奈ちゃんは、楓君のためを思って言ってるだけだから」
「美沙先輩……」
「何かあったら、私がしっかりとフォローしてあげるから、安心していいよ。『手取り足取り』、しっかりとね」
「は、はい。ありがとうございます」
「うんうん。素直でよろしい」
「ちょっと⁉︎ それは、美沙ちゃんがやる事じゃないでしょ!」
私は、いつの間にか楓に擦り寄っていた美沙ちゃんにそう言っていた。
それでも諦めないのが美沙ちゃんだ。
「私じゃなくても、理恵とかならやりそうだよ。理恵は意外と積極的だから──」
「そ、そうなの?」
私は、おそるおそる理恵ちゃんに視線を向ける。
「いや、その……。わたしは……。フォローしてくれって言われたら、する…かも……」
理恵ちゃんは、恥ずかしそうに楓をチラリと見てそう言った。
どうやら、するつもりはあるらしい。
彼女の目からは、真剣さが見てとれる。
そんな顔をして言われてしまったら……。
「うう……。フォローなんて、そもそもいらないのに……」
私は、今にも泣きそうな表情になりながらそう言っていた。
楓って、どんだけ女の子にモテるんだろう。
恋愛に対して少し奥手な理恵ちゃんに、こんな事まで言わせるなんて。
やっぱり、楓をバンドに誘ったのがいけなかったのかな。
でもベース担当の人なんて、私の友達にはいないし。
楓自身も、今の関係を壊したくないみたいだから、このままで良しとしようかな。
楓の部屋に着くと、奈緒ちゃんは先に口を開く。
「ところで。楓君の部屋に来たのはいいとして。何して遊ぼっか?」
「テキトーに王様ゲームでもいいんじゃない」
と、美沙ちゃんは答える。
晴れ着姿で王様ゲームって……。
もっと静かな遊びは出てこないのかな。
それに反応したのは、理恵ちゃんだった。
「王様ゲーム…かぁ。それで、王様になったら、わたしたちに何をさせるつもりなの?」
「それはね。えっと……」
「まさか、楓君の前でエッチなことをさせるつもりじゃないでしょうね?」
「ぎくっ」
理恵ちゃんの言葉に、あきらかに動揺する美沙ちゃん。
理恵ちゃんはずいっと美沙ちゃんに迫り、睨むようにして彼女のことを見る。
「その反応。もしかして、図星だったのかなぁ?」
「え、いや……。そ、そんなことは……」
美沙ちゃんは、怯えた様子で視線を泳がせていた。
「美沙。正直に言おうね。どうなの?」
「あうう……。それはその……。ほんの出来心で……。悪気はないんだよ」
その様子だと、どうやら図星だったみたいだ。
そんな美沙ちゃんに、私たちはため息を吐いていた。
「まぁ、さすがに晴れ着姿でそんなことはしないだろうから、安心していたけど。さすがにねぇ……。はっきり言っておくけど、下着なんかは身につけていないんだからね。無茶な遊びはちょっと……」
「ショーツは穿いてるけど、ブラの方は……」
「あたしも同じかな。着崩れするような遊びはちょっとね」
それを楓のいる前で言うのはどうかとも思うが、ここで言っておかないと美沙ちゃんが暴走しかねないし。
当の本人は、まったく自覚がないようで。
「だからいいんじゃない! 着物が着崩れしてる状態のチラ見えがなんとも言えない色気を出して──。ムフフ」
そう言って、ハアハアと荒い息を吐いている。
何を想像しているのか知らないが、まともなことではないのはたしかだ。それは、美沙ちゃんを見ればわかることである。
これはもう美沙ちゃんの性癖と言ってもいいかもしれない。
そこにツッコミを入れるのが理恵ちゃんだ。
「言ってる本人も女の子なんだからね。色気よりも、自分の格好や仕草に気をつけないと」
「おお。そうだったねぇ。それなら、まず色気を出してもらうのは……。理恵からだね」
美沙ちゃんは、標的を理恵ちゃんに決めたのか目を輝かせ不気味に手を動かしている。
理恵ちゃんは、あきらかに動揺して後ろに一歩下がった。
「ちょっと待って⁉︎ 楓君がいるんだよ。そんなことされたら──」
「問答無用!」
美沙ちゃんは、そう言って理恵ちゃんに襲い掛かる。
理恵ちゃんは、もちろん抵抗したんだけど。
「ちょっと⁉︎ やめなさいよ! あ……。そこは……」
「ムフフ。いい体してますなぁ」
「ちょっと! 楓君が見てるって。ダメだってば!」
その抵抗もむなしく、理恵ちゃんの着物が少しずつはだけていく。
美沙ちゃんも、途中でやめればよかったんだけど、一度やってしまうとやめられなくなるのが人の性というものなんだと思う。
その過程で理恵ちゃんの胸が着物の隙間からポロリと露出した。
「あ……」
「あ」
全員その場で固まってしまう。
楓は、見なかったことにしたいのか、すぐに後ろを向く。
理恵ちゃんは、羞恥に顔を真っ赤にしていたが、悲鳴をあげることはしなかった。ゆっくりとはだけた着物を整えて、美沙ちゃんに向き直る。不機嫌そうな表情を浮かべて。
「美~沙~!」
「ひえぇ~。お許しを~!」
理恵ちゃんの剣幕に押されてしまったのか、今度は美沙ちゃんが理恵ちゃんに襲われる。そして、そのまま着物がはだけていった。
さすがに女の子同士の争いは、見てて気持ちのいいものじゃない。
ましてや、ここは楓の部屋だ。
「落ち着いて、理恵ちゃん。弟くんも見てるんだし、これくらいで──」
私は、理恵ちゃんには触れずにそう言っていた。
しかし、理恵ちゃんは一歩も譲らず。
「それなら、是非にでも楓君には見てもらわないと。美沙のあられもない姿をね──」
あ……。
これは、何を言っても聞かないパターンだ。
楓は、後ろを向いたままだし。
奈緒ちゃんは、傍観を決めこんでいる。
私は、そんな二人のやりとりを見て、思わずため息を吐いていた。
結局、楓の部屋で何をしたかというと、他愛のないカードゲームだった。
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