第十九話・3

 本日は元旦だ。

 新年を迎えたという気持ちは、こんなにも清々しいものなんだなって思う。

 こんな日くらいは、ゆっくりしたいものである。

 しかし、家の呼び鈴が鳴った音で、それは無理だなって思えてしまう。

 香奈姉ちゃんたちは、約束どおり僕のことを迎えにきた。

 わざわざ僕の家までである。

 香奈姉ちゃんの他に誰が来たかと言われれば、言うまでもなくいつものバンドメンバーだ。

 これまた、いつもの服装ならよかったんだが。


「あけましておめでとう。楓君」

「さっそく、来ちゃった」

「今年もよろしくね」

「初詣…もちろん一緒に行くよね?」


 各々、晴れ着姿の4人は、笑顔で僕にそう言ってくる。

 約束したことだから、断れるはずがない。


「うん。もちろんだよ。ちょっと待っててね」


 僕は、すぐに初詣に行く準備をする。

 準備って言ったって、おでかけ用の服にジャケットを羽織るだけなんだけど。

 それにしても。

 4人の晴れ着姿を見るのは、なんとも新鮮な光景だな。すごく似合ってるし。

 間違っても『馬子にも衣装』って言ったら、怒るだろうな。

 こんな普段着に近いような服装で晴れ着姿の4人と一緒に歩いて大丈夫なんだろうか。

 なんとなく、僕だけ仲間外れになってるんじゃ……。


「弟くん。まだ準備できてないの~?」


 と、いつの間にか香奈姉ちゃんが僕の部屋に覗きにやってくる。

 どうやら、待たせてしまったみたいだ。

 待たせたといっても服は着ていたので、あとはジャケットを羽織るだけなんだけど。


「ごめん。すぐに行くよ」

「うん。待ってるから」


 香奈姉ちゃんは、いつもの笑顔でそう言った。

 やっぱり香奈姉ちゃんにとって僕の存在は、大切な弟であり恋人なんだな。

 僕は、自分の部屋を後にすると、階段を降りてまっすぐに玄関に向かっていく。

 そこにいるのは、いつものバンドメンバーなんだろうけど。

 玄関先で待つくらいなら、居間の方にいてもよかったのに……。

 だけど──

 4人の晴れ着姿はとても綺麗だった。


 神社にて。

 初詣というのは、普通は家族で来るものだと思うけど、バンドメンバーたちで来るのもいいかもしれない。

 そう思えてしまうのは、僕も楽しみだと思っているからかも。


「弟くん。手を繋いで歩こうか?」

「楓君。手を繋いで歩こう」


 香奈姉ちゃんと奈緒さんが、ほぼ同じタイミングで手を差し出してくる。

 ひょっとしてナンパ防止かな?

 だけどこの場合は……。


「あの……。えっと……」


 僕は、どちらの手を取ればいいのかわからず、困ったような表情を浮かべて2人に視線を向けた。

 2人とも引く気はないみたいで、どちらも迷いなく僕の手を取ってくる。

 僕の左側には奈緒さんがきて、右側には香奈姉ちゃんがきていた。

 まるで、そこが定位置だと言わんばかりの態度だ。

 それを見ていた美沙先輩が、笑いだす。


「2人とも、ホントに素直って言うかなんていうか──」

「何よ? もしかして、美沙ちゃんもやりたかったの?」


 香奈姉ちゃんは、なぜかムスッとした表情になる。

 その表情の意味がわからないんだけど。

 正月早々、そんな顔をしていたら『福』が逃げちゃいそうだ。

 それを思ったかどうかはわからないが、美沙先輩は僕にそっと寄り添う。


「私は、この際どっちでもいいんだ。楓君のことが好きなのは確かなことだし。──理恵も同じだよね?」

「え……。わたしに振られても……。たしかに、楓君のことは好きだけど……」


 理恵先輩は、恥ずかしそうに頬を赤く染めてそう言った。

 美沙先輩に煽られたら、当然のことながらそうなるよね。


「ほらね。理恵もこう言ってるんだし。楓君は、意外とモテるんだから! もう少し、自信を持っていいんだよ」


 美沙先輩は、自信満々にそう言ってくる。

 その自信はどこからくるんだろうって思うくらいに。


「はは……」


 僕は、思わず苦笑いをしていた。

 自信を持っていいって言われてもな。

 そこまで自信過剰な人間じゃないよ。

 よく友達に心配されてしまうほどだ。

 香奈姉ちゃんは、ギュッと僕の腕にしがみついてくる。


「ダメだよ! 弟くんは、私だけのものなんだから!」

「香奈姉ちゃん。それって……。もはや告白だよね?」

「告白じゃないよ。事実を言ってるだけだよ。…ねぇ、奈緒ちゃん」

「そうだよ。楓君は、あたしたちの大事なバンドメンバーなんだから。ちゃんと可愛がってあげないとダメなんだよ」


 奈緒さんは、微笑を浮かべてそう言っていた。


「それは……」


 僕は、つい言葉をもらす。

 微妙に答えが香奈姉ちゃんのものと異なってるんだけど……。

 香奈姉ちゃんがそれでいいなら別にいいか。


「そうだよね。楓君は、私たちにとっての弟みたいな存在だから。責任を持って可愛がらないとね」

「うんうん」


 そこで美沙先輩と理恵先輩が同調する。

 僕のことを可愛がるって……。

 それって、バンドとは関係ないような気がするんだけど。

 一つ年上というだけで、お姉さんぶることができるというのはどうなんだろう。

 僕的には、普通に接してほしいんだけどな。


 参拝を済ませると、僕は4人に訊いていた。


「とりあえず、どこを回ろうか?」

「ん~、そうだなぁ。弟くんと一緒なら、どこだって構わないよ」


 香奈姉ちゃんは、嬉しそうな表情でそう言う。

 その返答が一番困るんだけど……。


「あたしも、どこでもいいよ」


 左側にいる奈緒さんも、香奈姉ちゃんの返答に同調していた。

 美沙先輩と理恵先輩も、特に異論はないみたいだ。


「私も、どこでもいいかな。ねぇ、理恵?」

「うん。香奈ちゃんがいいのなら、わたしは全然構わないよ。それよりも──」

「ん? どうかしたの?」


 美沙先輩は、思案げな様子で理恵先輩を見る。

 理恵先輩は、真面目な表情で僕のことを見てきた。


「楓君は、わたしたちに言うことがあるんじゃない?」

「え? 理恵先輩たちに…ですか?」

「うん。そう。わたしたちに、だよ。わたしたちは、まだ楓君の感想を聞いていないよ」

「僕の感想?」


 香奈姉ちゃんたちに対しての感想。

 一体、なんだろう。

 よくわからない。

 たぶんそれは、僕の表情にも出ているんだろう。

 理恵先輩は、恥ずかしそうに頬を赤く染めて訊いてきた。


「とても簡単だよ。わ、わたしたちの晴れ着姿は、どうなのかなって──。に、似合っているかな?」

「………」


 理恵先輩の質問に、美沙先輩も、奈緒さんも、香奈姉ちゃんも一様にして神妙な表情になる。

 どうやら、4人とも本当に僕の感想が気になるみたいだ。


「あの……。えっと……」

「そんなに答えにくいことなの?」


 と、香奈姉ちゃん。

 答えにくいってことはないけど、それって告白に近いような気がする。


「そんなことはないんだけど。その……」

「何よ? そんなに似合わなかったの?」

「ううん。とっても似合っているよ。とても綺麗だよ」


 僕の言葉に、4人とも頬を赤くする。


「そ、そんな褒め言葉を言われたって……。う、嬉しくなんかないんだからね!」

「そ、そうだよ。楓君に言われたって…ねぇ。嬉しくなんか……」

「う、うん……」

「………」


 香奈姉ちゃんたちは、そう言って僕から視線を逸らす。

 感想を言ってほしいっていうから言っただけなんだけど。

 怒らせてしまったかな。

 う~ん……。女心って、むずかしい。


「と、とりあえずおみくじでも買いに行こっか。今年の運勢はどうかなぁ、と──」


 香奈姉ちゃんは、そう言って先に歩き出した。

 まるで話題を変えようと必死な感じだ。

 まぁ、香奈姉ちゃんが先に行動してくれたから、よかったんだけど。

 みんな、香奈姉ちゃんの後をついていく。


「おみくじかぁ……。去年は、最悪だったなぁ……」

「美沙は、たしか『凶』だったよね?」

「やめてよ、理恵。ただでさえ、あんまり思い出したくないのに……」

「ごめんね。美沙が去年のことを言ったから、つい……」

「まぁ、いいけどさ。おみくじなんて、必ずしも的中はしないものだから」

「そうだよね。その時の気分みたいなものだと思う」


 理恵先輩のフォローが、どこまで美沙先輩の気持ちを落ち着かせるのか気になるが……。とりあえずは、大丈夫だろう。

 僕の方も、気を取り直しておみくじを引こうかな。

 僕は、香奈姉ちゃんの後ろに並んでいた。

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