第二十八話・9

 花音はどこまで本気なんだろう?

 私が楓に対しての気持ちを素直に向けているから、対抗心でやっているのかもしれない。

 それにしたって全裸で私の部屋にやってくるのは、やりすぎな気がする。

 花音自身、自分の気持ちを素直に表に出さないタイプなので、私にもよくわからない。

 ひょっとしたら、単なる悪ふざけなのかもしれないが。


「弟くんにもわからないんだよね……。花音ったら、どうしてあんなことを……」


 私は、ため息混じりにそう言って勉強の手を止める。

 1人で悩んでいても埒があかない。

 だからといって、本人に聞いても無駄だろうし。

 こういう時は、楓に会いに行って相談した方が──


「弟くんに聞いてもわからないよね……。う~ん……。どうしたものか……」


 とにかく。

 1人で悩んでいても始まらない。

 こういう時は、美沙ちゃんあたりに相談した方がいいよね。

 私は、近くに置いてあるスマホを手に取り、連絡しようとラインを開く。


『やっほー、美沙ちゃん。今、何してる?』


 試しにそう送ってみる。

 すると、しばらくしないうちに返信がかかってきた。


『今は、理恵ちゃんと一緒に勉強中だよ。なにかあったの?』

『なにかあったわけじゃないんだけど…なんとなく…ね。心配になったから』

『そっかー。心配ならいらないよ。理恵ちゃんもいるし』

『なら安心だね。勉強頑張ってね!』

『うん! 香奈ちゃんも、勉強頑張って…て、香奈ちゃんの場合はなにも問題ないか。とにかく、連絡ありがとうね』


 私の心配はしてくれなさそうなので、ここでラインをやめておく。

 成績優秀なのも、こういう時にはかえってつらい。


「やっぱり弟くんのところに行った方がいいのかな……。でも花音がいると思うし……」


 私が卒業したら、確実に花音が楓にべったりな状態になると思う。

 たぶん私は、大学から通える範囲の近くのアパート暮らしになっちゃうだろうし。

 妨害する人が誰もいないから、花音の一人勝ちだ。

 でも今は──


「でも1人で夕飯の準備をするより、弟くんと一緒に準備をする方が効率がいいからな。…花音には悪いけど──」


 私は、椅子から立ち上がる。

 うじうじと悩んでいるより行動を起こした方がまだいい。

 そう思い、私は行動を起こした。


 やっぱり楓の近くにいると安心してしまう。

 いつもどおりに楓の家に行くと、楓は1人で夕飯の準備をしていた。


「やっぱりね。弟くんなら、そうしてるって思ってたよ」

「香奈姉ちゃん」

「私も手伝うよ。…文句はないよね?」


 そう言いながらも、私は近くに掛けてあったエプロンを手に取り、そのまま着用し始める。

 楓はというと──

 私がエプロンを着用している最中の光景をまじまじと見つめていた。

 そんな目で見られてしまうと、なんとなく恥ずかしい。


「香奈姉ちゃんに文句なんて…あるわけがないよ。お願いします」

「うん。任されました」


 私は、笑顔でそう返していた。

 とりあえず、今の私にできることをしないと。

 楓が作る料理は、大抵は私にも作れる。

 だから何を作るのかは…一応、把握しておく必要がある。


「今日は、なにを作る予定なの?」

「まぁ…てきとうかな」


 楓は、そう言ってバツが悪そうな表情をする。

 こういう何も決めていない時こそ、新しい料理を作る前兆だったり──

 その証拠に、楓の目の前にある食材たちは、どの組み合わせの料理にも該当しないものばかりだ。


「花音に食べさせるの?」

「うん。まぁ、僕も一緒に食べるつもりだけど」

「味見はしてみるけど、正直言って自信はないかも……」

「大丈夫だよ。僕も一緒に作るから」


 楓はそう言うが、不安しかない。

 初めて作るみたいだから、味の保証のしようがないのだ。

 悪い言い方をすれば、花音が実験体になるのか……。

 とりあえず、私は楓の補佐をしておこう。


 出来上がった料理を見て、花音はいかにも不服そうな表情を浮かべていた。


「食べても大丈夫なの? これ──」

「大丈夫…だと思うよ。僕も食べるから」


 初めて作った料理だからなのか、楓も皿の上にある料理を見て、不安そうな顔をする。

 作る過程で味見はしたはずだから、なにも問題はないはずだが。


「私も手伝ったんだから、不味くはないと思うけど」


 私は、訝しげにそう言っていた。

 なにも問題はない…はずだ。


「お姉ちゃんがそう言うなら…大丈夫かな。…どれどれ」


 花音は、恐る恐る料理を口にした。

 すると楓も花音に追従する形で食べ始める。


「ちょっと待って。僕も食べてみるよ」

「あ……。ちょっと……」


 見ていることしかできないのはかなりくやしいかも……。

 私も、つまみ食いに参加した方がいいのだろうか。

 夕飯のおかずになるものだから、つまみ食いはさすがに……。

 私は、楓に聞いてみる。恐る恐る…だ。


「どう? 美味しい?」


 反応を見るに、2人ともいかにも微妙な表情を浮かべている。


「不味くはない…けど」

「特別、美味しいわけでもない…よね?」


 家庭料理なのだから、たいしたものは作れないが。

 だけど──

 どちらでもないっていう評価は、作った方としてはちょっと傷ついてしまう。


「ひどいなぁ。一応、弟くんと一緒に作ったんだよ。それ──」

「わかっているけど……」

「味が微妙っていうか……」

「どれどれ……」


 そこまで言われてしまったのなら仕方がない。

 私も一口食べてみよう。

 私は、さっそく皿の上に乗った料理に箸を伸ばす。


 たしかに味は微妙だった。

 美味しいとか不味いとかは置いといて、かなり微妙な味付けだ。

 楓と一緒に作った自慢の新作だったので、落胆も大きくなるくらいにして──


「たしかに2人の言うとおりだね。かなり微妙かも……」

「でしょ? 私としては、いつもどおりの料理が食べたかったな……」

「まぁ、こんなこともあるよ。僕だって、完璧な人間じゃないし」


 楓は苦笑いをしてそう言う。

 それを言われたら、私もなんだけどな。

 だからこそ、楓との料理の打ち合わせは大事だったんだけど……。

 花音がいたから、それもできなかったわけで……。


「香奈姉ちゃんは、これから試験勉強?」

「うん。弟くんには悪いけど、そうなっちゃうかな」

「そっか。頑張ってね」

「うん! 頑張るね」

「………」


 花音は、あえてなのかどうか知らないが、なにも言わなかった。

 こういうときの花音って、なにを考えているのかわからないから、ちょっと警戒してしまう。

 悪いことじゃないといいんだけど……。

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