第十三話・2

 楓の性格上、デートに誘ってくることはまずない。

 だから私の方から映画館に行くとか言って、デートに行く口実を作らないといけないのだ。

 ラーメン屋に行きたいと言ったのも、少しでも楓と一緒にいたいと思ったからである。

 さすがの楓も、私のそうした本心には気づいていないだろう。

 なにせ、鈍い男の子だから。

 そうこうしているうちに、注文したラーメンが運ばれてくる。

 私が頼んだのは、オーソドックスな醤油ラーメンだ。


「わぁ、美味しそう」

「ラーメンなんて、久しぶりだなぁ」


 楓は、運ばれてきたラーメンを見てそう言った。

 ちなみに、楓も私と同じものを注文していたみたいだ。

 とりあえず私は、持っていたシュシュで髪を結ぶ。

 そんなに髪を長くはしていないが、食べる時にはそのくらいのことをしておく必要があるだろう。

 そうしたら、ラーメンに視線を向ける。

 私は、さっそくレンゲでスープを一口飲む。

 ラーメンを食べる時は、まずスープを一口飲んで、味を確かめるのが私の食べ方だ。

 ──うん。

 味は悪くない。

 今は胡椒を掛ける必要はなさそうだ。

 楓も食べ方は同じなのか、スープを一口飲んでから麺を啜っていた。

 お互い無言だが、それでもいい。

 食事中くらいは、落ち着いて静かに食べたいものだから。


 ラーメン屋から出ると、楓はふぅっと一息吐いた。


「なんか久しぶりに食べたな。ラーメン」

「そうだね。あんまり立ち寄らないからね」


 私は、軽く伸びをしてそう言う。

 私や楓みたいになってくると、外食などはあまりしない。

 基本的に料理をするタイプなので、お昼ごはんの時には手作りのお弁当を持ち歩いたりする。

 だから今回の場合は、仕方ないことなのだ。


「それで? 次はどうするの?」


 楓は、笑顔でそう訊いてくる。

 次か。

 次のことは、さすがに考えてなかったな。


「次はね。…そうだなぁ。何しよっか?」

「え……。考えてなかったの⁉︎」

「うん。映画館で映画を観た後は、ラーメン屋に行くってところまでは考えてたんだけどね。そこから先のことはさっぱりで……」

「そっか。それなら、しょうがないね」

「どうする? やっぱり家に帰る?」


 私は、楓に訊いてみる。

 家に帰るって言ったらどうしよう。

 どうやら、そんな不安が私の表情となって出てしまったようだ。


「う~ん。そうだなぁ」


 楓は、私の顔を見て困ったような表情になる。

 そんな悩まなくてもいいのに。

 嫌なら嫌ってはっきり言えばいい。


「予定があるんだったら、無理しなくてもいいよ」

「せっかくだからさ。街の中を歩いてみようよ。何かあるかもしれないし」


 楓は、そう言って手を差し出してくる。


「いいの?」

「僕は別に構わないよ。せっかくの香奈姉ちゃんとのデートだし。無駄にしたくないなって思って……」

「楓……」


 楓の言葉に、私はつい嬉しくなってしまう。

 楓も、私とのデートは意識しているんだな。

 私は、差し出された楓の手を握る。

 街中だからちょっと恥ずかしいけど、楓とのデートだから問題はない。

 楓との時間は大切にしたいし。

 楓は、微笑を浮かべて言ってきた。


「それじゃ、行こっか?」

「うん!」


 楓のぬくもりを少しでも感じたくて、私はそう返事をしてそのまま腕を絡める。

 楓は、まんざらでもないといった表情になり歩き出す。

 楓ったら、もしかして照れてるのかな?

 だとしたら、なんか可愛いかも。


 どうしてナンパをしてくる男の人って、なりふり構わず声をかけてくるんだろうか。


「ねえ、君。かわいいね。良かったら、お兄さんたちと一緒にお茶しない?」


 そうやって声をかけてくる人はいないかと思っていただけに、実際に声をかけられると怒りを通り越して、呆然とするしかない。

 傍にいた楓も、どうしたものかと思案しているようだった。

 私は、楓と一度顔を見合わせる。

 こういう時は、キッパリと断ればいい。

 楓もそう思ったに違いない。

 私は、楓の腕をギュッと掴みながら、ナンパしてきた男の人たちに言う。


「ごめんなさい。今、彼氏とデート中なので無理です」

「え~、別にいいじゃん」

「固いこと言わないでさ。こんなナヨナヨした男なんかと遊ぶより、俺たちと遊んだ方が楽しいよ」


 なかなかにベターなことを言ってくるな。

 向こうも退く気はないってことか。

 ──それなら。


「私の彼氏は、他の男の人よりしっかりしてます。だから、なんの心配もいりません。そういうことなので、失礼します」


 私は、楓と一緒にその場から歩き去ろうとする。

 しかし、簡単には行かせてもらえないのがナンパしてくる男の人たちの心理だ。

 今度は、強引に私の腕を掴んできた。


「そんなこと言わないでさ。頼むよ」

「………」


 ここまでくると、私が上品ぶるのが悪いんだろうか。

 ──いや。

 そうじゃない。

 しつこい男の人がいるのが悪いに決まっている。

 こんな時、他の女の子なら、なんて言って躱しているんだろう。

 ちょっと気になるかも。

 私の場合は、努めて笑顔で躱すだけだ。


「ごめんなさい。今、ホントに彼氏とデート中なんです。だから、あなたたちとは付き合えません」

「だから、そんなこと言わずにさぁ──」


 いい加減、しつこい!

 楓という彼氏がいるのに、なおもナンパしてくるって、どういう神経してるんだろうか。

 楓は、心配そうに私のことを見ているし。

 これ以上は、我慢できそうにない。


「いい加減にしてください!」


 私は、大声でそう言っていた。

 私の大声で、周囲の人たちの視線がこちらに集中する。

 私の怒りはこれで収まるわけもなく、私の口からはどんどん言葉が溢れ出てきた。


「なんなんですか、あなたたちは? さっきも言ったけど、私は彼氏とデート中なんです。それなのに、私たちの邪魔をして──。ナンパする暇があるんだったら、遊んでないできちんと仕事をしてください!」

「え、いや……。これは……」


 周囲の人たちの目もあるんだろう。

 ナンパをしてきた男の人たちは、慌てた様子で後ろに一歩退がる。

 これは、この場を去るチャンスだ。


「そういうことなので失礼しますね。──行こう、楓」


 私は、そう言って楓と一緒にこの場を後にした。


「あの……。香奈姉ちゃん」


 しばらくして、楓の方から声をかけてくる。

 楓の方を振り返らなかったが、声色からして私のことを心配してのものだ。

 私はふと後ろに視線を向ける。

 幸いにしてナンパしてきた男の人たちはついてきていない。

 もういいかな。

 私は、楓の方に向き直る。


「どうしたの、楓?」

「あ、えっと……。大丈夫?」

「何が?」

「その……。気を悪くしてないかなって……」


 楓は、なんだか申し訳なさそうな表情でそう言ってきた。

 楓が気にしてるのは、さっきのナンパしてきた男の人たちに対する対応だろう。

 彼らに対して何もできなかったことを気にしてるんだな。

 気にしなくていいのに。

 私は、笑顔で言う。


「もう大丈夫だよ。楓は、しっかりと私のことを守ってくれたでしょ。それだけで十分だよ」

「香奈姉ちゃん……」


 楓は、安心したかのように微笑を浮かべる。

 やっぱり、こういう時には私の呼び方を改めないとダメかな。


「ただ一つだけ不満があるとすれば、私の呼び方かな」

「呼び方?」

「楓ったら、いつまで私のことを『香奈姉ちゃん』って呼ぶつもりなの?」


 私は、不満そうに楓を見る。

 たしかに私は、楓のお姉さん的な存在なのかもしれないけど、あくまでも幼馴染であって、今は恋人だ。

 いつまでも私のことを『香奈姉ちゃん』と呼んでいては、恋人同士には見られないだろう。


「それは……。香奈姉ちゃんは、僕の姉的存在だし。だから──」

「私は、楓の恋人だよ。いつまでも楓のお姉さんじゃないんだよ。いい加減に、認識を改めてほしいな」

「うん……。わかってはいるんだけど……。なかなかそんな風には呼べなくて……」

「私はもう、楓のことを恋人だと認識しているよ。だから、隆一さんの弟だなんて思っていないよ」

「じゃあ、香奈さん。たまに香奈姉ちゃんと呼んでしまうこともあるかもしれないけれど、こんな僕のことをずっと好きでいてくれますか?」


 楓は、そんなことを訊いてくる。

 たぶん、私と付き合う前にある女の子にひどいフラれ方をしたからだと思うけど、私はそんなことはしない。

 私は、楓のことが好きだ。

 この気持ちは、まぎれもなく愛なのかもしれない。

 むしろ楓以外の誰を好きになったらいいのかな。


「そんなの当たり前じゃない。私が選んだんだよ。むしろ楓以外で、誰を好きになったらいいのよって話だよ」


 私は、頬を染めてギュッと楓の腕にしがみつく。

 街中でこんなことをするのは、ホントに恥ずかしいんだから、いい加減に自覚を持ってほしい。


「香奈姉ちゃんには、いろんな意味で頭が上がらないなぁ」


 楓は、微笑を浮かべてそう言った。

 またお姉ちゃんって言ってるし。

 これは、いつまで経っても治りそうにないかも。

 またエッチなことをして、楓の身体にしっかりと教えていかないと。

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