第二十一話

第二十一話・1

 あっという間に春休みが終わり、僕は二年生になった。

 学年が一つ上がっても、僕は相変わらずだ。

 いつもどおりの日常。

 変わらぬ風景。

 そして、途中までだが僕の姉的存在な先輩達と通う学校。

 当たり前の光景だけど、とても温かい気持ちになれる。

 僕にとっては、どれも失ってはいけない大切なものだ。


「弟くん」


 不意に香奈姉ちゃんから声をかけられる。後ろからだ。

 本日の学校行事が終わり、今は下校の時間である。

 いつもどおり帰ろうと思い、校門前までやってきたところに声をかけられた形だ。

 僕は、声がした方に振り返る。

 そこには、香奈姉ちゃんといつものバンドのメンバーが揃っていた。

 たぶん、僕のことを待っていたんだろう。

 この日だけは、4人ともしっかりと制服を着こなしている。

 短めのスカートは相変わらずだが……。


「どうしたの、香奈姉ちゃん? 今、帰りなの?」

「うん。まぁね。弟くんは、どうなの?」

「僕も、今から帰りかな」

「そうなんだ。それなら私たちと一緒に帰ろうよ。その方がいいよ」

「別に構わないけど」

「それじゃ、一緒に帰ろ」


 香奈姉ちゃんは、嬉しそうに僕の腕にしがみついてくる。

 初めからそうしたかったんだろうな。

 しばらくみんなと一緒に歩いていたら、香奈姉ちゃんの方から訊いてくる。


「ところで弟くん。二年生になった感想はどう? 実感ある?」


 その質問には、奈緒さんたちも興味があったみたいで、僕の顔を覗き込んできた。


「当然あるよね? 楓君も二年生になったわけだし」

「いや……。突然そんなこと言われても……」


 僕は、言葉に詰まってしまう。

 実感って言われてもな。


「やっぱりあたしたちと一緒だから、そんなに変わらないのかな?」


 奈緒さんは、そう言って空いているもう片方の腕にしがみついてきた。

 あの日の出来事があってから、奈緒さんからのアプローチが強い気がする。


「そんなことは……。二年生になったから、進路のことも多少は考えないといけないし」

「そっかぁ。まぁ、そうだよね。わたしたちの時もそれとなく考えてたことだから、同じだよね」


 理恵先輩は、笑顔でそう言っていた。

 進路のことを考えないといけないのは、彼女たちだろう。

 4人とも、どうするのかな?

 やっぱり、そのまま女子大に行ってしまうんだろうか。

 香奈姉ちゃんは、僕と一緒に行けるような大学に行きたいとは言っていたけど。

 奈緒さんたちと離れ離れになるのは嫌だろうから、きっと女子大に行くんだろうな。


「そんなことよりも。今日は、これからどうしよっか? 香奈ちゃんの家に集まる? それとも、このまま遊びに行っちゃう?」


 美沙先輩は、奈緒さんに負けじと、僕の背中にぴったりとくっついてくる。


「そんなのダメに決まってるでしょ。そういうのは、一度家に帰ってからだよ」


 香奈姉ちゃんは、軽くため息を吐いてそう言った。

 しかし美沙先輩は、嫌そうな表情を見せる。


「え~。このままだからいいんじゃない。いかにも学校帰りっていうのを楽しむんだよ」

「楽しむって……。子供じゃないんだし……」

「楽しまなきゃだよ。私たちは、特にも──」

「う~ん……。美沙ちゃんの言ってることの意味は、なんとなくわかるような……」

「でしょでしょ? さすが理恵ちゃん! 私のこと、何でもわかってるよね」


 美沙先輩は、嬉しそうにそう言って理恵先輩に抱きつく。

 理恵先輩は、恥ずかしげな表情で慌て始める。


「ちょっと……! 美沙ちゃん。恥ずかしいって──」

「そんなこと言って──。ホントは嬉しいくせに」


 美沙先輩は、理恵先輩のことをギュウッと抱きしめていた。

 香奈姉ちゃんは、そんな2人のやりとりを見ていながらも、コホンと咳払いをして口を開く。


「とにかく。遊びに行くのなら、一度家に帰って着替えてからだよ」

「厳しいこと言うなぁ~。香奈ちゃんは──。楓君の前なんだよ。少しくらいハメを外したっていいんじゃないの?」

「それは……。弟くんがいいのなら……」


 なぜそんな目で僕を見るんだろう。

 まぁ、香奈姉ちゃんが決めたことには逆らえないのは、みんな一緒なんだけど。

 それでも気になるのか、3人して訊いてくる。


「楓君はどうなの? わたしたちと一緒に遊びたい?」

「やっぱりこのままの方がいいよね?」

「一度家に帰ってからだとかえって面倒いし、このままでもいいと思うけど。楓君は、どう思う?」


 多数決なら、確実に彼女たちの言い分の方が通ってしまうだろうな。

 そんな僕も、奈緒さんたちの意見の方が良いと思ってしまっているから。

 香奈姉ちゃんも、その辺りはさすがにわかっているだろう。


「えっと……。僕は──」


 僕は、香奈姉ちゃんの不安そうな顔を見ながら口を開いた。

 もちろん奈緒さんたちの意見に賛成するためだ。

 この後、香奈姉ちゃんが僕に怒っていたのは言うまでもない。

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