第十三話・9

 もう夕方か。

 そろそろ夕飯の支度をしないといけないな。

 考える事は一緒だったのか、僕と香奈姉ちゃんは台所に向かう。

 台所に着くなり、香奈姉ちゃんは僕に声をかけてくる。


「ねぇ、楓」

「何? 香奈姉ちゃん」

「今日の夕飯…何にしようか?」

「それって、僕に訊くことなの?」


 香奈姉ちゃんの家の夕飯のことを僕に訊いてくるとは思わなかっただけに、ついそう返してしまった。

 なんかもう、香奈姉ちゃんの家の夕飯を作るのは、僕みたいな流れになってる気がするんだけど。

 香奈姉ちゃんは、笑顔で言ってくる。


「だって、お料理なら私よりも楓の方が得意でしょ?」

「そんなことは……。香奈姉ちゃんだって、料理は得意だよね?」

「そんなことはないわよ。楓が料理してる姿を見様見真似でしてみたら、そうなっただけだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。…だから、楓が私の家の台所に立つってことは、何か作ってくれるってことだよね?」

「そんな……」


 なんでそういうことになってしまうんだ。

 僕は、がっくりとうなだれてしまう。

 台所に立ったのは、いつもの癖で……。

 香奈姉ちゃんは、『大丈夫だよ』と言わんばかりに僕の肩に触れる。


「心配しなくても大丈夫だよ。私も手伝ってあげるから」

「それってさ。普通は、逆じゃない?」

「どうして?」

「ここが僕の家ならわかるんだけどさ。ここは、香奈姉ちゃんの家でしょ。だから、普通は僕が香奈姉ちゃんのお手伝いをするっていうのが自然だと思うんだよね」

「そんな細かいことは気にしないの。私が、楓のお手伝いをするって言ってるんだから、楓が何か作ってよ」

「でも……」

「冷蔵庫の中にある材料なら、何使ってもいいからさ。お願い」


 香奈姉ちゃんは、そう言うけどさ。

 他所様の家の冷蔵庫を開けるっていうのは、すごく気を遣うんだよ。

 香奈姉ちゃんだって、それはわかっているはずなのに……。


「仕方ないなぁ。…今回だけだよ」


 僕は、ため息混じりにそう言うと、さっそく冷蔵庫の中をチェックする。


「ありがとう」


 香奈姉ちゃんは、嬉しそうにお礼を言った。


 幼馴染の家とはいえ、やはり他所様の家だ。

 冷蔵庫の中を見るのは、しのびない。

 香奈姉ちゃんは、どんな気持ちで僕の家の冷蔵庫の中を見ているんだろうか。

 少し疑問だが、今は訊かないでおこう。


「今日は、回鍋肉にしようか」

「いいね。それじゃ、私は野菜の下処理をするね」


 僕がそう言うと、香奈姉ちゃんはすぐに行動を起こした。

 香奈姉ちゃんは、冷蔵庫の中からいくつか野菜を取り出すと、手に持っていた包丁で、ちょうどいい大きさにカットしていく。

 その手際の良さは、さすがだ。

 僕も、必要な調味料を揃えていく。

 香奈姉ちゃんの家にある調味料からだから、あり合わせのもので十分だ。

 後はフライパンを用意して、順番に具材を炒めていくだけだろう。


「ねぇ、香奈。今日の、献立は何かな?」


 香奈姉ちゃんの方の作業が終わったタイミングで、香奈姉ちゃんの母親が台所に入ってきて、そう訊いてきた。

 料理している人間のことをよく確認していなかったんだろう。

 香奈姉ちゃんの母親は、僕を見るなり


「…あら? 楓君じゃない」


 と言って、呆然と立っていた。

 香奈姉ちゃんの母親の質問には、香奈姉ちゃんが答える。


「今日は、楓の特製の回鍋肉だよ」

「そう。楓君が作るのなら安心ね」


 香奈姉ちゃんの母親は、安心したかのようにそう言ってグッドサインをだす。

 香奈姉ちゃんの母親も、僕が料理が得意なのは知っている。

 何度か振る舞ったことがあるから、わかっているはずだ。

 僕は、思わず苦笑いをした。

 料理をするのは、別に嫌じゃないからいいとして。

 本来なら、香奈姉ちゃんがやらなきゃいけないことのはずなんだけどな。


「ところで、楓君」


 香奈姉ちゃんの母親は、まじまじと僕のことを見て言ってきた。


「なんですか?」


 僕は、調理中の手を一瞬だけ止めて、香奈姉ちゃんの母親の方を見やる。

 香奈姉ちゃんの母親から、改めて声をかけられるのはめずらしいことだ。

 なにか重要なことなのかな。

 そう思い、黙って香奈姉ちゃんの母親を見ていると、母親の口からとんでもない一言が発せられた。


「いつ香奈のことを貰うつもりなの?」

「え……」


 香奈姉ちゃんの母親の言葉に、僕は思わず唖然となってしまう。


「ちょっと、お母さん! 恥ずかしいから、やめてよ」


 香奈姉ちゃんの方はというと、羞恥に顔が真っ赤になり香奈姉ちゃんの母親にそう言っていた。

 しかし、香奈姉ちゃんの母親は、思案げな表情で香奈姉ちゃんを見る。


「だってあなたたち、もうセックスはしちゃったんでしょ?」

「そ、それは……。たしかにしちゃったけど……」


 香奈姉ちゃんは、言いづらそうに母親から視線を逸らす。

 これは、僕の母親からの情報だな。

 たしかに香奈姉ちゃんとはセックスをしたけど、僕の方からじゃない。


「だったら何も問題ないじゃない。後は、香奈のことをいつ貰うつもりなのか、ちゃんと聞いておかないと…ね」


 香奈姉ちゃんの母親は、恥ずかしげも無くそう言った。

 さすがは、香奈姉ちゃんの母親といったところか。

 香奈姉ちゃんは、すっかり何も言えなくなってしまう。

 僕は微笑を浮かべて、香奈姉ちゃんの母親の質問に答える。


「えっと……。今のところは、恋人同士としてお付き合いしている段階なので、貰うとかっていうのはさすがに……。いつかは考えてはいるけど……」

「そっか。今はまだ、高校一年生だもんね。そんなことを考えるにはまだ早いか……」


 香奈姉ちゃんの母親は、納得した様子でそう言っていた。

 たしかに香奈姉ちゃんとはエッチなことをしたけど、そういうことになると話が別だ。

 母親の言葉に、香奈姉ちゃんが反応する。


「そうだよ。さすがに同棲とかはまだ……」

「そんなこと言うけど、香奈ったら、ほとんど周防さんの家にいることが多いじゃないの。どうせ楓君がいるから、それが目当てなんでしょうけど」

「うん……。楓にはね。その……。他の女の子を近づけたくないっていうか……」


 まぁ、香奈姉ちゃんの本音はそれだろうな……。

 それは、僕にとっては嬉しいことなんだけど。

 やきもちを妬かれても、他に好きな人はいないし。


「そうなんだ。とりあえず、そうならないように気をつけるよ」


 僕は、苦笑いをしてそう言っていた。

 香奈姉ちゃんがいる限り、対人関係に困る事はなさそうだ。

 そう思ったところで、僕は調理の続きを行う。

 僕は、香奈姉ちゃんがカットした具材をフライパンの中に入れて、手際よく炒めていく。


「楓君は、放っておいたら他の女の子にもっていかれそうだからね。気をつけないとね」


 香奈姉ちゃんの母親は、そう言って悪戯っぽく笑う。


「そんなこと……。絶対にさせないんだから」


 香奈姉ちゃんは、意気込む様子を見せる。

 僕は誰のものにもならないから、安心していいのにな。

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