第二十五話・4

 今日は、帰ってくるのがずいぶんと遅かったな。

 一体、どこでなにをしていたんだろう。

 とっても気になる。

 メールとかを送ればよかったんだけど、忙しそうにしている楓に迷惑をかけるわけにはいかないから、敢えてやめておいたのだが……。

 逆効果だったのかな?

 私は、ジーッと楓の顔を見つめていた。

 それに気づいた楓は、私の顔を見て思案げな表情をする。


「どうしたの、香奈姉ちゃん? 僕の顔になにかついてる?」

「ううん。なにもついてないよ。ただ、ちょっとね。今日は、帰ってくるのが遅かったなって思って……」

「それは……。色々あって……」


 楓は、説明しづらいのかそう言って私から視線を逸らす。

 楓の態度を見る限り、なにかを隠している。

 私に隠し事をするのは、許さないって何度も言ってるはずなのに。


「そうなんだ。色々ってなんのことかな? 弟くん」


 私は、笑顔でそう訊いていた。

 決して怒ってはいない…はずだ。

 それなのに、どうして楓はそんな緊張した面持ちになるんだろう。

 ちょっと不思議である。


「あー、いや……。こっちの事情というか……。その……」

「ふ~ん。話したくないのなら、敢えては聞かないけど……」

「うん……。ごめん……」

「なんで謝るの? 別に悪いことをしてるわけじゃないのに」

「それは……。なんとなく、かな」

「そっか。なんとなく、か。弟くんが、そうやって謝る時って、何かあった時なんだよね?」

「………」


 楓は、そのまま俯いて黙り込んでしまう。

 その顔は、図星といった様子だ。

 何があったのか気になるところだが、直接聞くのもなんだか気が引ける。

 こんな時は、どうしたらいいんだろう。


「でも弟くんなら、自分でなんとかしたんでしょ?」

「うん。とりあえずは…ね」


 楓は、微苦笑してそう言う。

 それも、なんだか歯切れが悪い。

 私は、楓の頬に手を添えて言った。


「それなら、いいんじゃないかな。弟くんは優しいから、油断すると他の女の子にナンパされちゃうかもしれないよ。私としては、そっちの方が心配かな」

「そんなことは……。僕の気持ちは、もう決まっているし──」

「まぁ、それならいいけど……。二股や浮気は絶対にダメだからね!」

「それはもう、充分すぎるくらいわかっているよ。僕はこう見えて、そこまで女の子の知り合いが多いわけじゃないし」


 楓は、きっぱりとそう言ってのける。

 そうは言うけど、古賀さんとかバンドメンバーたちとかは、どういった関係になるんだろう。

 ちょっと疑問に思ったが、ここは聞かない方がいいのかな。


「わかっているなら、いいんだけど。弟くんは、油断ならないからなぁ」

「うぅ……。そこは、信じてほしいな……」

「そう言うのなら、ちゃんと説明できるよね? 今日はどこでなにをしていたのかな?」

「それは……。ちょっと説明しづらいかも……」

「もう! そこは、きちんと説明してくれないと──」

「いや……。説明したら、絶対に怒ると思うし……」

「そこは、まぁ……。内容次第かな」


 私は、そう言って楓に笑みを見せる。

 この笑みが、心の内からのものではないとわかっているのか、楓は苦い表情を浮かべていた。


「それこそ絶対に理不尽な話だよ……」


 私は、楓のためを思ってやっているのにな……。

 こうなったら、思い切って楓のことを誘惑してみようかな?

 楓のとってる態度からして、そんなことをしたい気分ではないんだろうけど……。

 やっぱり、どちらにしてもダメだよね。

 楓の部屋だからって、強引に攻めたって楓に嫌われてしまうだけだ。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ。弟くんなら、他の女の子に迫られても、ちゃんとお断りをするってわかっているから」

「そうだといいんだけど……」


 それは、小声で囁くように言ったものだ。

 聞こえなければよかったんだけど……。

 なぜだか、それは私にもよく聞こえていた。

 だからこそ、つい訊いてしまう。


「なにかあったの?」

「ううん。なんにもないよ。…ちょっとね」


 それが、なにかを誤魔化しているものだというのは、私にもわかる。

 その『ちょっと』が、とっても気になるんだけど。


「気になるじゃない! 怒らないから、ちゃんと説明してよ」

「う~ん……。大したことじゃないんだけどなぁ」

「私からのセッカンとスキンシップ。どっちがいい?」

「それって、どっちも変わらないような……」

「変わるわよ。弟くんの返答次第によっては、私からのご褒美が全然違うんだから──」

「なにもしてないのに『ご褒美』っていうのは……。かなり怪しいっていうか……」

「そんなこと言っちゃうんだ? 私は、あなただけの『お姉ちゃん』なのに……」


 私は、これ以上にないくらい楓に対して好意を示している…つもりだ。

 楓にとっては、まだ足りないのかな?

 そうは思ったが、私からは言えない。なぜなら──


「いつも一緒にお風呂に入ってくれる以上の『ご褒美』があるの?」


 楓は、照れ臭いのか顔を赤くしてそう言っていた。

 たしかに楓とは毎回、一緒にお風呂に入っている。

 これ以上の『ご褒美』って言われたら、答えられないかもしれない。

 お風呂場での楓とのスキンシップって言ったら、セックスになりかねないから。


「例えば、セックスとか……。ゴムは着用してるんだから、そのくらいは平気だよね?」

「ゴムはその……。避妊具としては、完璧じゃない気も──」

「うん。完璧ではないね。でも弟くんは、気持ち良さそうだし……。大丈夫なのかなって」

「香奈姉ちゃんに迫られたら、その……。色々と大丈夫じゃないかも……」

「そっか。なら、気をつけないといけないね」


 私は、そう言って笑みを見せる。

 やっぱり、必要以上のセックスは気をつけないといけないか。

 わかってはいた事だけど……。

 でも楓のあそこの魅力は、味わったものにしかわからないんだよね。

 楓のあそこの過敏な反応は、もうクセになりそうで──

 私ったら、何を考えてるんだろう。

 本格的なセックスなんて、まだはやいのに……。


「見た感じ、香奈姉ちゃんは大丈夫そうだよね」

「なんでよ?」

「だって、いつも積極的にスキンシップをとってくるから。少しくらい激しいのも平気なのかなって──」

「そんなわけないじゃない。私だって、嫌なものは嫌って言えるわよ」

「例えば?」

「そうねぇ。例えば、強引なのはちょっと嫌かも……」

「そっか。それなら、僕が強引に攻めたら、香奈姉ちゃんも嫌がるってことか……」

「いや、それは……。弟くんの場合は、少しくらい強引な方がいいかも」

「そうなの?」

「少なくとも、私は弟くんからの誘いは絶対に断らないよ」


 私は、微笑混じりにそう言っていた。

 他の男の人ならともかく、楓の場合は話が別だ。

 楓は、なにか言いたげな表情で私を見てくる。

 なんだろう。

 私ったら、なにか問題発言でもしちゃったかな?

 そんな私を安心させるためなのか、楓は言う。


「それなら、一緒にお風呂に入ろうか? 試しに僕が香奈姉ちゃんを口説いてあげるよ」

「え、いや……。今は、その……。気分がね」


 私は、苦笑いをしてそう返していた。

 今の時間帯のお風呂はちょっと……。

 色々と準備が必要というか。


「どうしたの? 僕の誘いは断らないんじゃなかったの?」

「そうだけど……」

「だったら──」


 楓が何かを言いかけたところで、私は咄嗟に楓の口元に指を添える。


「女の子にも、色々あるんだよ。いきなりは、さすがの私もびっくりしちゃうし」

「ごめん……」


 謝る必要はないんだけどな。それよりも──


「そんなことより、今日は何があったのかちゃんと説明してくれるかな?」

「香奈姉ちゃんが気にするようなことは何もないけど……。それでも、聞きたいなら」

「うん! ぜひ聞きたいな」


 私は、興味本位でそう言っていた。

 一緒のお風呂なんだから、そのくらいはね。


「仕方ないな。まぁ、浮気とか二股とか言われたくはないし……。実は──」


 楓は、ゆっくりとだけど説明し始めた。

 後ろめたいことをしてないのなら、私としては構わないんだけど。

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