第七話・9

 ──朝。

 僕は、いつもどおりに目が覚める。

 時刻は朝の五時。

 ベッドで一緒に寝ていたはずの香奈姉ちゃんの姿はない。

 というのも、香奈姉ちゃんが僕よりも早く起きていて、制服に着替えている途中だったのだ。


「おはよう、楓。今日も、いい天気になりそうだね」

「う、うん。そうだね」


 僕は、そう言って香奈姉ちゃんから視線を逸らす。

 昨日の夜のことは、どうやっても忘れられない。

 香奈姉ちゃんが、裸で迫ってきて、エッチなことを要求してきたことは、絶対に忘れられないことだ。


「あれあれ~? 何で楓は、私から視線を逸らすのかな?」


 香奈姉ちゃんは、悪戯っぽく笑いながらそう言ってくる。

 それも、これから制服のスカートに手を伸ばしている時にだ。

 だから僕は、こう答える。


「いや、着替えの最中なら、普通、目を逸らすし……」

「私の裸は見たのに?」

「それは……。香奈姉ちゃんが、『裸でないと眠れない』って前に言ったから……」

「それじゃ、私の裸には興味ないって言いたいのかな?」

「そういうわけじゃないけど……」


 そりゃ、男なら女の子の裸には、多少、興味はあるし……。

 エッチな本は無いけど。


「そうだよね。男の子なら、女の子の身体に興味はあるよね」

「それは、もちろん。無いって言われたら嘘になるけどさ」

「それを聞いて安心したよ」


 その言葉と同時に、香奈姉ちゃんは制服のスカートをしっかりと穿いた。

 僕の目の前で制服を着るのって、恥ずかしくないんだろうか。

 そう思ったが、言葉には出なかった。

 言ったら、また僕を誘惑してくるだろうと思ったからだ。

 ──とりあえず。

 ちなみに、今日は女子校は休みだ。

 日曜日に文化祭をやったから、それに対する振替休日みたいなものである。

 それなら、なぜ香奈姉ちゃんが制服に着替えているかって?

 それは、香奈姉ちゃんの私服が僕の部屋に無かったからだ。

 僕が服を貸してあげるっていう選択肢もあったんだけど、香奈姉ちゃんの方が目覚めるのが早かったから、仕方なく制服を着たっていう流れだろう。

 ちなみに僕の方は、いつもどおり授業があるので、学校に行かなくちゃいけない。


「──それでどうしようか?」


 香奈姉ちゃんは、笑顔で聞いてくる。


「どうするって、何が?」

「朝ごはんを作るか、お弁当を作るか。…どっちがいいかな?」

「そうだなぁ」


 僕は、思案げに首を傾げた。

 お弁当を作ってもらうにしても、まずまともなお弁当を作るとは思えないし。

 それなら、朝ごはんを作ってもらう方がいいかな。


「それなら、朝ごはんの方をお願いできるかな?」

「うん、いいよ。任せてよ」


 香奈姉ちゃんは、満面の笑顔を見せてそう言った。


 香奈姉ちゃんの格好は、改めて見ると可愛い格好だった。

 制服にエプロン姿という、見る人が見たらグッとくるような格好だ。

 普段から、香奈姉ちゃんを見ることがあっても、その格好はあんまり見ないのではないかと思う。

 ちなみに、今日の献立は、わかめの味噌汁にベーコンエッグ、そしてご飯という簡素なものだったが、朝の献立には十分だ。

 僕の方は、卵焼きにタコさんウィンナー、ほうれん草の胡麻和えを作り、上手くお弁当に詰めていく。

 一人分なので、残りを朝ごはんのおかずにしようかな。


「香奈姉ちゃん。お弁当のおかずが余ったからどうぞ」

「ありがとう」


 香奈姉ちゃんは礼を言って、お皿の上に僕が作ったおかずを乗せて、そのままテーブルに並べていく。

 そうこうしているうちに、朝の六時になっていた。

 とりあえずは、香奈姉ちゃんと朝ごはんを食べようか。


「食べよう、香奈姉ちゃん。朝ごはんが冷めちゃうよ」

「うん。今行く」


 香奈姉ちゃんは、テーブルにつく。


「いただきます」


 僕と香奈姉ちゃんは、そう言って手を合わせる。

 この光景もいつもの事で、もう慣れてしまっているから、なんとも言えない。

 香奈姉ちゃんは何を思ったのか、箸でおかずを取り、そのまま僕に向けてくる。


「はい、楓。『あーん』して」

「え……」


 僕は、あまりのことに唖然となってしまう。

 香奈姉ちゃんは、唖然となっている僕に、さらに言った。


「いいから、『あーん』するの」

「う、うん」


 僕は、素直に口を開ける。

 香奈姉ちゃんは、嬉しそうに箸で取ったおかずを僕の口に入れ食べさせた。


「どう? 美味しい?」

「うん、美味しいよ」


 その質問に対して言う返答は一つしかない。

 それに、そのおかずを作ったのは、僕なんだから当然といえば当然なんだけどな。

 前にもこれはやったとは思うんだけど、やっぱり何回やっても恥ずかしいな。

 香奈姉ちゃんは、恥ずかしくないのかな?

 ホントに、兄が家にいなくて良かったと思えるようなシチュエーションだ。


「それじゃあ、これは?」


 香奈姉ちゃんは、別のおかずを箸で取り、僕に向けてくる。

 ここで食べなきゃ、香奈姉ちゃんは怒るだろうしなぁ。

 仕方ないので、僕は香奈姉ちゃんが箸で取ったおかずを食べた。


「うん、美味しいよ。──ていうか、それ…僕が作ったおかずだから」

「むぅ……。わかってるよ、そんなことくらい。私が言いたいのはね。もっと違うことなの」


 香奈姉ちゃんは、むぅっと頬を膨らませて言う。

 そんな、怒らなくてもいいじゃないか。

 まぁ、その顔が少し可愛かったりするんだけどさ。


「香奈姉ちゃんのことは、その……。大好きだからさ。だから、そんな顔しないでよ」

「ホントに?」

「うん」


 僕の顔は、おそらく赤くなっているんだろうと思う。


「ありがとうね。楓の気持ちは、とても嬉しいよ」


 そう言うと、香奈姉ちゃんは顔を赤くして、僕を見つめてくる。

 そんな目で見つめられてもな。

 朝ごはんを食べてる最中に、キスとかってできないよ。

 香奈姉ちゃんも、さすがにそれはできないと判断したのか、静かに朝ごはんを食べ始めた。

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