第二十三話

第二十三話・1

 私が楓の家に泊まっていく時は、大抵の場合、楓の部屋に泊まっていく事が多い。

 だから、一緒に寝る時は必然的に楓の顔が近くにあるわけで──

 隣の部屋に隆一さんがいる時に楓に何かをしようだなんて思ったことはない。

 しようとすると、なにかしらの理由をつけて必ずやってくるだろうし。

 そんな時は、じっと我慢して寝るのが一番だ。

 ホントは、色んなことがしたくてウズウズしてるんだけど……。


 朝起きると、近くに楓の寝顔があった。

 やっぱり、朝一番に起きて楓の寝顔を見るのは、とても安心する。

 私は、そっと楓の頭を撫でる。


「弟くんは、ずっと変わらないでいてね。私のことを一途に想っていてくれる男性になってほしいから」


 寝ている人に何を言ってるんだろうって思うけど、こうしておけば、私の気持ちも変わらないはずだ。

 ていうか、私には楓以外の男性には興味がないから、絶対に心変わりはしないと断言できる。


「ん……。香奈姉ちゃん。おはよう」


 と、楓が目を覚ます。

 どうやら、私が言ったことは聞かれてはいないようだ。


「うん。おはよう、弟くん。いい朝だね」


 私は、いつもどおりの笑顔を浮かべてそう言っていた。

 それと同時にカーテンの隙間から日差しが差し込んできて、改めて朝だということを認識させる。

 これから起きて朝ごはんの準備をするのに、さすがに寝間着のままじゃダメだろう。

 学校の制服に着替えなきゃ。

 私は、ベッドから起き上がるとすぐさま寝間着を脱ぐ。

 楓に素っ裸を見せることになるが、気にはしない。

 むしろ私と楓との間にそんな気遣いは無用なので、下着の方から着用していく。

 私にも一応、恥じらいというものがあるので、背中を向けてはいるが……。

 楓も、そのことに関しては、暗黙の了解で許しているみたいだから向こうを向いている。

 私も敢えては言わないでおこう。

 チラリと楓の方を見ると、楓も自身の着替えに集中しているみたいだった。


「ねぇ、弟くん」

「なに? 香奈姉ちゃん」


 私が声をかけると、楓はドキリとした様子もなくそう返事をしてくる。

 私は、思い切って話を切り出してみた。


「私たちって、『付き合っている』んだよね?」

「え……。いきなりどうしたの?」


 楓は、少しだけ驚いた様子でそう聞き返してくる。

 私は、チラリと楓の方を見る。

 楓の表情を見る限り、私がそんな質問をするとは思わなかったみたいだ。

 私の方に視線を向けていた。

 付き合っているかどうかを確認のために聞いてみただけなのに、そんなに驚くことなのかな。

 何か後ろめたいことでもあるのかな。


「うん。なんとなくね。弟くんったら気を遣ってなのか、私と距離を置こうとしてるから。これは何かあるなって思って」

「何かって……。別に何もないんだけどな……」

「だったら一緒に寝る時に、私のことを避けたりはしないでしょ?」

「そんなことは……」


 してないだなんて言わせない。

 楓は、自然と私のことを避けている…ような気がするのだ。

 あくまでも私の私見なので、意図的なのかどうなのかまではわからないが……。

 とにかく。

 私のことを大切に想っていてくれないと、不安な気持ちになってしまう。

 やっぱり彼女とか恋人になると、常にそんなことを考えてしまうんだろうか。


「ふ~ん。一緒に寝てるっていうのに何もしないのは、私に対して何か後ろめたいことでもあるからなんじゃないの?」

「それは……」


 楓は、図星だったのか言葉に詰まってしまう。


「隠したって無駄だよ。弟くんは、そういう隠し事をする時には、顔に出てるから」

「………」


 顔に出てるといわれて、楓は急に表情をひきつらせてしまう。

 その様子は、まさに焦っている表情だ。

 なんともわかりやすい反応である。

 むしろ、それが楓らしいって言われればそうなんだけど。


「でもまぁ、弟くんは嘘をつけないから、そこは許せちゃうんだよね」

「香奈姉ちゃん……」

「あ~あ。ダメだなぁ、私も……。弟くんにそんな顔させたら、奈緒ちゃんに申し訳ないよ」

「なんで奈緒さんが出てくるの?」


 この期に及んで、楓はそう訊いてくる。

 そんなことまで説明しなきゃいけないのかな。

 奈緒ちゃんと私は、密かに楓のことを取り合っているんだから、当たり前なんだけどな。

 私と奈緒ちゃんのどちらが楓のことを射止める事ができるかを勝負してるんだけど。

 楓の様子を見る限り、奈緒ちゃんとはまだそこまでの関係にはなっていないみたいだ。まだわからないけど。


「そんなの決まっているじゃない。奈緒ちゃんと私は、弟くんに期待しているからだよ」

「そっか」


 楓は、途端に嬉しそうな表情になる。

 ──危なかった。

 もう少しで本心が出てしまうところだった。

 楓と清い(?)交際をしてる仲なので、少しだけ発情してしまっていた気がする。

 ここは、グッと我慢しなくちゃ。


「期待してくれているのは嬉しい事だけど、僕は香奈姉ちゃんや奈緒さんみたいにはできないよ」

「大丈夫だよ。弟くんには弟くんの良いところがあるんだから! そんな畏まらなくてもいいよ」

「僕の良いところ、か。そういえば奈緒さんも同じようなことを言っていたような」

「奈緒ちゃんだけじゃないよ。美沙ちゃんも理恵ちゃんもそう思っているんだから」

「そうなんだ」

「だから、ね。そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」


 私は、そう言って楓の唇にそっとキスをする。

 今回は、これで我慢してあげよう。

 楓のその呆然としたような表情を見て、安堵する私だけど。

 楓の方はどうなんだろう。

 私の気持ちには、ちゃんと向き合っているのかな?

 私には、わからない。

 ただ一つ言えるのは、楓の気持ちにも偽りはないってことだけだ。

 私は、楓の顔を見て至福の笑みを浮かべていた。


「香奈姉ちゃん。なんだか幸せそうだね」

「そりゃあね。弟くんと一緒なら、私はすっごく幸せだよ」

「それなら、いいんだけど。無理してないか、時々心配になる」

「なになに? 心配してくれるの? なんかすごく真剣で怖いんだけど」


 私は、わざとふざけたように戯けてみせる。

 すると楓は、不貞腐れたような表情になった。


「僕は、本気で心配してるんだよ。そんな悪ふざけなんてしたら……」

「冗談だよ。弟くんが私のことを想ってくれたから、単純に嬉しかっただけ。そんな不貞腐れなくてもいいよ」


 私は、そう言って楓の頭を優しく撫でてあげる。


「そうなの? それならいいんだけど……」


 途端に楓の表情がなんとも言えないような気難しいものになった。

 すぐさま私は、楓の頬に手を添える。


「そんな顔しないの。弟くんの優しさは、お姉ちゃんはちゃんとわかっているから、ね」

「うん……」


 楓は、恥ずかしいのか顔が真っ赤になる。

 いつもは楓の方から積極的にしてくるくせに、先にされたらこうなるとか反則すぎでしょ。

 そういえば、今日の下着は大丈夫だろうか。

 一応、楓に見られても大丈夫なように可愛いのを着用しているけど。あざとすぎないかな。

 それだけが心配だ。

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