第十八話・18

 やっぱり先輩たちと一緒に街の中を歩くのは、どうしても緊張してしまう。

 香奈姉ちゃんとか奈緒さん、美沙先輩とかならそこまで緊張はしない。

 中野先輩と宮繁先輩の二人は、また違う。二人からは、周囲を惹きつけるようなオーラみたいなのを感じる。

 本人たちは、自覚はないのかもしれないが。

 特にも宮繁先輩は、大人っぽい印象の中に可愛さがあり、それがまた周囲の男性たちの目を引いている。

 普段、眼鏡をかけている人が眼鏡を外し、コンタクトにしてお洒落な服装にしただけでこれだけの男の人たちが見てくるというのは……。正直というかなんというか。

 しかし、ナンパ目的で声をかけたくても、中野先輩が隣にいるからそれができないんだろう。

 その傍を歩いている僕としては、視線がとても痛いんだけど。


「やっぱり、あなたたちがいると安心するわね。さっきまでは、ナンパしてくる男の人たちが結構いたのに」

「それは、私たちがいるからってわけじゃなくて、単純に中野先輩が近くにいなかったからじゃ……」


 香奈姉ちゃんは、いつもの笑みを浮かべてそう言っていた。

 たしかに中野先輩が目を離した隙にナンパされるってことは、よくある話だ。


「それもあるかもね。英司は、肝心な時には近くにいてくれないから……。いつも私は──」

「今は、一人じゃないだろう。俺もいるし、周防君たちもいるから大丈夫だって──」


 中野先輩は、そう言って宮繁先輩の手をギュッと握る。

 その握り方は、まさに恋人繋ぎっていうやつだ。

 中野先輩も、やる時はやるらしい。


「何よ、もう……。やればできるじゃない」


 宮繁先輩は、嫌がる素振りを見せずにそう言っていた。

 よく見れば、恥ずかしいのか頬を赤く染めている。


「今日は、なるべく彩奈から離れないから。さっさと用件を済ませるといい」

「う、うん。絶対だよ、英司。私から離れないでよね」

「わかった。約束は守るよ」


 中野先輩は、僕たちに宣言するかのように言う。

 これは、すっかり僕たちがお邪魔虫になっちゃったかな。

 どうやら香奈姉ちゃんも、僕と同じことを思ったらしい。

 僕の耳元で言ってくる。


「これは私たちがいたら邪魔になっちゃうかな?」

「そうだね」


 僕は、微笑を浮かべてそう返す。

 すると宮繁先輩が不機嫌な表情で睨んでくる。


「何よ? 何かあるのなら、はっきりと言いなさいよ」

「別に~。ただ、仲が良いんだなって思ってね」

「なっ……⁉︎」


 香奈姉ちゃんの言葉に、宮繁先輩と中野先輩の顔が真っ赤になった。

 本人たちは、まったく自覚が無かったみたいだ。

 初々しいと言うべきなのか。

 幼馴染という立場が、二人の心の距離感を無意識のうちに縮めているんだろう。


「あ、あなたたちだって人のことは言えないんじゃないの? 私が認めたわけでもないのに、デートなんかしちゃってさ」


 宮繁先輩は、負けじとそんなことを言ってきた。

 まぁ、香奈姉ちゃんの場合は、僕のことを見張っていると言った方が適切かもしれないが。

 香奈姉ちゃんは、恥ずかしがるわけでもなく笑顔で言った。


「私は、いいんだよ。弟くんとは、何があっても一緒にいるって決めてるんだから」

「そんなこと──。勝手に決めないでよね。西田さんには、是非とも生徒会役員になってもらわないといけないんだし」

「弟くんとはもう、エッチなことをしてる関係なのに?」

「それは……。生徒会役員になるのに関係のないことだから。西田さんは、学年の成績はトップで先生たちの評価も高い。だから、是非にでも生徒会に──」

「私は、バイトもしてる身なので、そういうのは──」

「だから、そういうのは関係──」

「もういいだろう」


 宮繁先輩の言葉を遮ったのは、中野先輩だ。

 中野先輩は、軽くため息を吐いて口を開く。


「本人が『やる気はない』って言ってるんだから、これ以上言ったって無理だよ。無理強いするのはよくないぞ」

「でも……」


 宮繁先輩は、何か言いたげに中野先輩を見る。

 まぁ、気持ちがわからないわけでもない。

 成績優秀・眉目秀麗・品行方正とくれば、是非にでも生徒会役員になってほしいと思えてしまうだろう。

 だけどバンドにバイトに、おまけに学校の生徒会役員とまできたら、まともに両立できるかどうか難しいところだ。

 僕には、言うべき言葉が見当たらないので、そのまま傍観していたけど。


「彼女だってやりたい事があるんだろうから、余計なことをやらせて邪魔するのは良くないって」

「西田さんのやりたい事って、どうせバンドとかの遊びでしょ? それだったら、本人にとって実りのある事をさせた方が──」


 そんな宮繁先輩に対して口を開いたのは、香奈姉ちゃんだった。


「宮繁先輩。それは、さすがに言いすぎだよ。私にとって、バンドはなによりも大事なものなんです。だから遊びのつもりでやってるだなんてことは絶対にないです」


 表面上では笑顔を浮かべているが、内心では怒っているみたいだ。

 こういう時の香奈姉ちゃんが一番怖いんだよな。


「でも現実ではうまくいかないものでしょ。今だって──」

「現実はどうなのかわかりません。…でも私たちには、ちゃんとした夢があるんです。だから、途中で投げ出したりはしたくないんです。生徒会長をやった先輩なら、わかるはずです」

「でもね。西田さん……」

「そこまでにしておこう」


 中野先輩は、何か言おうとする宮繁先輩にそう言って、話を区切ってきた。


「英司……」

「ここから先は、俺たちがどうこう言える立場じゃない。本人たちが好きでやっている事だから、俺たちも強くは言えないんだよ。それに西田さんの目からは、強い意志を感じるし」

「そうなの?」

「そうだよ。生徒会長を務めていた時の彩奈と同じだよ。あの時の彩奈は、強い責任感を持ってやっていただろう。それと同じだよ。それにもう、後任は決まっただろ?」

「うん。生徒会長は、ほかの子が後任で決まったよ」

「それなら、俺たちが何を言っても無意味だな。後は、進学のための準備をして卒業を待つだけだ」

「うん……。そうね」


 宮繁先輩は、中野先輩の手をギュッと握り返す。

 普段は見られない光景だが、この二人はちゃんと付き合っているんだ。

 お互いに学校の生徒会長という役職のせいで、あまり会う機会がなかったんだと思う。

 三年生だから冬休みが終わればもう受験生だ。

 生徒会などは、冬休みの前に引き継ぎなども行ったと思うけど、結局、香奈姉ちゃんからは生徒会に関する話はなかったから、生徒会長になるという話自体もなかったものと思われる。

 要するに、宮繁先輩の独りよがりなんだろう。


「今日は彩奈の買い物に付き合ってるんだから、その話は無しでいこう」

「うん」


 なんだかんだ言っても、中野先輩はすごいな。

 宮繁先輩のブレーキ役を、見事に務めているし。

 ひょっとして、昔からそうなのかな?


「私たちも、ご一緒しますから。安心してください」


 香奈姉ちゃんは、僕の腕に抱きついてそう言った。

 当然のことながら胸が当たってるし。

 本人は気にしてないみたいだから、いいんだけど。

 はっきりと言ったら、宮繁先輩がすぐさま反応すると思うので、僕は言葉を呑み込む。


「わかったわ。今日は、私たちと一緒に行きましょう」


 宮繁先輩は、仕方ないといった様子で微苦笑し、そう言った。

 とりあえずは、宮繁先輩たちについていけば問題なさそうだ。

 僕は、軽く息を吐いて宮繁先輩たちのあとをついていった。

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