EP15-3 知る者知らぬ者
「ありがとね」と、広場の中央にある噴水の前でアマ・ラが告げた。
穏やかに調整された大気の流れが、彼女の白いワンピースの裾を柔らかく膨らませた。
「こちらこそ。君は中々ユニークなお嬢さんだ」とアグ・ノモ。
「へへっ、そういう評価は嫌いじゃないぜ?」
そう言ってはにかむアマ・ラにつられて、アグ・ノモの口元も綻んだ。
「おっ? ジェラート売ってるじゃん」
少し離れた所にカラフルな車――そのルーフ上でホログラフィのジェラートが、陽気な音楽に合わせて回っていた。
「アンタ、ちょっとここで待っててな? お礼に俺が買ってきてやるよ!」
「いや、好意は有り難いが……」
「いいっていいって、気にすんなよ」
「そうか、すまないな」とアグ・ノモが言うと、彼の目の前に細い手が差し出された。
「――――?」
首を傾げる彼に「金」とアマ・ラが一言。
「あ、ああ……(買ってくるとはそういう意味か)」
アグ・ノモはポケットから紫色のカードを取り出して渡す。
「その辺に座っててよ」と笑顔で言い残して、アマ・ラは小走りで車の方へ。
アグ・ノモは近くのベンチに腰を下ろす。そして遠くから彼女の様子を見ていると、彼女は露天の店主と何やら問答をして、
「どうしたんだね?」とアグ・ノモ。
「さっきの
「(子供にしか見えないが)……それはすまないことをした」
「まあ買えたからいいけどさ? ――ああ、はいこれ」
彼女は指に挟んだカードとジェラートを手渡す。
「ありがとう」
受け取ったアグ・ノモが座るベンチの隣に、アマ・ラも遠慮なく腰を下ろす。
「あーそういや、名前聞いてなかったっけ――」
「俺はアマ・ラ。――アンタは?」
「アグ・ノモだ」
(そうかこいつ……タウ・ソクの――)
宿敵であるということは、当然
「――どうかしたかね?」とアグ・ノモ。
それに対して彼女は頭を抑える振りをしてみせた。
「いや、いきなり冷たいの食ったもんだから、頭がキーンってさ? なるじゃん? ……それよりアンタ、やっぱり有名人だったんだな」
「知っているのか?」
アグ・ノモが意外そうに訊く。
「そりゃまーな。アグ・ノモって言ったら、帝国軍のエースパイロットだろ?」
「まあ、そうありたいとは思うがね」
「謙遜すんなって。……ところでアンタさ、なんで戦争なんてやってんの?」
唐突なアマ・ラであったが、アグ・ノモは一瞬も迷うことなく答えた。
「私は次の世代――未来の世界に、今我々が抱えているような不幸を遺したくないのだよ」
「
「それもあるが、他にも色々な問題がある。帝国の貴族主義が生む負の連鎖などもその一つだ」
「へえ……」
これは聴くものによれば帝国批判とも取れる言葉であったので、彼の口からそういった台詞が出ることはアマ・ラにとって意外なことであった。しかし彼はそれを口にすることに躊躇いがないようであった。
「人というのは善きにつけ悪しきにつけ、自身が置かれた環境に適応してしまう。それは出生や富の格差において虐げれられる立場の者であっても同じだ。そして彼らはそれに抗うことを諦めた時、自身よりも弱い者を虐げることによって自分たちの中にも格差を作ろうとする。――これは不幸だ」
「まあね。でもアンタの言い方だと、その原因を作ってるのは
「今はそうなっているのは間違いない。だが根源は争いというもの自体が持つ
「難儀な話だぜ、そりゃ。……でも嫌いじゃないな。俺も争いごとはキライだ。人でも物でもさ? 何かを傷つけることでしか得られないモンってのがあるのかも知れないけど、多分それ以上に失うモンの方が大きいよ。なら
「……そうだな。君の言う通りだ」
「だからアンタみたいな
アマ・ラの台詞がお世辞や建前でなく、素直な気持ちをそのまま表しているというのは、彼女の
(この少女は――人間の醜さや浅ましい部分を知らんのだな……。余程悪意の少ない環境で育ったのだろう)
人としてそれが一番幸せなことであるのかも知れない――アグ・ノモはそう思うと同時に、その透明な心は薄氷の如き危うさを伴っている、とも感じた。
「君は優しい娘だな。この時代の人間とは思えんほどに――。だが私には失う覚悟があるのだ。そして世界には私のような人間も必要なのさ」
「……そっか。まあアンタが納得してやってるなら、俺はそれ以上言えないけどさ」
アマ・ラは残念そうな優しい微笑みを浮かべてから。
「あ、そうだ。変なこと訊くけどさ? アンタ、両目が見えない変なジジイに逢ったことある?」
「盲目の老人……?」
アグ・ノモの頭に真っ先に浮かんだのは、帝国の絶対支配者である皇帝グス・デンの姿――無論、皇帝を捕まえて『変なジジイ』呼ばわりすることなど、彼にはあり得なかったが。
皇帝グス・デンは異常なまでに用心深く、決して人前に出ることも素顔を晒すこともなかったが、アグ・ノモは以前に一度だけ彼と会ったことがある。その時に見た顔は今でも忘れていない――それは盲いた老人であった。
「――名前は?」とアグ・ノモ。
「多分だけど……、メベド」
「メベド――か。ふむ、知らないな」
「そっかー。それじゃリマエニュカって名前は?」
「リマ……エ――? 機甲巨人の名かな?」
「あ、いや。やっぱいいや」
ジェラートを先に食べ終わったアマ・ラは、ベンチから跳ねる様に立ち上がる。
「ごっちそーさん! ――んじゃ、俺先行くわ」
「ああ」と言ったアグ・ノモの方はまだ半分ほども残っている。
「なんか楽しかったぜ。色々話せてさ? またどっかで逢えるといいな」
これは彼女の本音――無論それは、戦場以外でという意味であったが、アグ・ノモはそれを知る由もない。
「私も愉しかったよ。……君は不思議な娘だな。また会いたいと、私も思う」
「おいおい、惚れちまったかあ?」と、可愛げな八重歯を見せて笑うアマ・ラ。
「フッ……かも知れんな」
アグ・ノモも彼女を見上げながら微笑した。離れてから再度手を振る二人が別れ、彼が溶けたジェラートを食べ終える頃に、ようやく時計はタナ・ガンとの待ち合わせの時刻に近付いてきた。
「さて……(そろそろ行くか。……結局土産は買いそびれてしまったが)」
アグ・ノモはすっくと立ち上がると、名残惜しそうにアマ・ラが座っていたベンチを見つめる。
(願わくば、あのような娘が笑顔のままいられる未来を作りたいものだ)
そんなことを考えつつ、彼は親友との束の間の語らいの場へと足を運んだ。
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