EP18-5 帝都へ

 躊躇いも臆することも無く二人に問い掛けたリ・オオの目は、彼女のリーダーとしての責任感と使命感が滲み出るような、毅然とした眼差しであった。

 彼女としては無論、ガー・ラムが帝国を裏切ったという事実から、二人の言う『敵』が帝国側にいるのであろうという察しがつかないでもない。しかしそれはあくまで解放軍対帝国軍という関係性を前提として見た場合であり、彼らがどの勢力にも属していないとなれば或いは、解放軍こちらで敵を見つけたから合流した、とも考えられる。もし仮にそのような企みが潜んでいるのであれば、たとえ勝ち目が無かろうともこの場で敵対することすら辞さない――彼女の瞳はそういう覚悟を秘めていた。


「貴方がたは、何と戦うおつもりですか」


 声色に緊張を隠せぬリ・オオ。そんな彼女の気持ちを解すようにアマ・ラは気軽に口を開く。


「そんな怖い顔すんなって。俺らの敵はこの世界そのものの敵さ。それが何かってのはともかく、とりあえず解放軍とり合うつもりはねえよ。さっきも言ったけど、タウ・ソクを護るってのも仕事だしさ?」


 それを聴いてリ・オオは「そうですか」と安堵の表情を見せた。


「では――しかし貴方がたは、これからどうされるのですか? 今までのように私たち解放軍に力を貸してもらえるのでしょうか……。ガー・ラム将軍、貴方も含めての話ですが」


 と言って彼を見やると、ガー・ラムは超然とした態度で答える。


「貴様らに力を貸すつもりはない。だが皇帝グス・デンが我らの敵に属する者であることは間違いない」


「では――」


「ああ、俺らは帝都に行くよ。とにかく謎だらけの敵で、罠が潜んでるかもしれねえけどな」とアマ・ラ。


「しかしそれでは、貴方がた二人だけで帝都に攻め入るということ? いくら何でもそれは――」


 無謀、ややもすれば自殺行為ではないか――という台詞は、言葉に出さずともリ・オオの憂慮の顔が物語っていた。しかしそんな彼女の考えは杞憂であると言うように、アマ・ラは微笑んでみせた。


「俺らのことは心配しなくていいよ。――あ、それと悪いけど、俺らが帝都に行く間タウ・ソクは借りてくぜ? 俺らをアイツから引き離すのが目的ってことも考えられるからさ」


「え? それでは我々の戦力が……」


「案ずるな。我らが帝都に入れば、帝国に他を構う余裕などなくなる」


「…………」――ガー・ラムの言葉に口を噤むリ・オオ。


 アマ・ラのパイロットとしての腕やアーガシュニラの戦闘能力が、如何に並外れて優れていようとも、たった2機で何故そこまで大言壮語が吐けるのか、彼女には理解が出来なかった。しかしガー・ラムの口ぶりは希望的な予測や過剰な自信を根拠としたものではなく、まるで確定した事実を告げるかのようであった。


(彼らは一体……)


 という疑問が彼女の中に浮かんでいることは、無論アマ・ラもガー・ラムも理解の上である。しかしそれに構わずアマ・ラは告げる。


「とりあえずターゲットが決まった以上、俺らは急ぐ。あんまりチンタラしてるワケにもいかねえんだ」


「…………」


 リ・オオは再び口を閉ざしたが、暫く考えた後に言った。


「彼を――タウ・ソクだけを単独で貴方がたに同行させるというのは、解放軍を率いる者として承認しかねます。何故そこまで自信を持っているのかは解りませんが、もし仮に貴方がたが帝都で敗れれば、私たちは大切な仲間でありエースでもある人間を失うことになります。それを容認することはできません」


「……つってもな――」と、アマ・ラが反論しかけたところにリ・オオが言葉を被せる。


「大切な仲間というのは彼だけではありません。――アマ・ラ、貴女もですよ」


「俺も……?」


「ええ。それに私は自分の為すべきことを、自分の手の届かぬところで他人任せにはできません。貴方がたがどうしても今すぐ帝都に行くというのなら、解放軍私たちもともに行きます」


 するとガー・ラムが口を開いた。


「我が目的は貴様らとは違う。プロタゴニストは別としても、貴様ら解放軍を護るつもりなどないぞ」


「お気遣いなく。自分たちの身は自分たちで守ります」


「……ならば好きにするがよかろう」


 そう言ってガー・ラムが黙ると、アマ・ラが代わりに口を開いた。


「じゃあとっととタウ・ソクを拾って出発だな。道は俺が作るが、あんまり大勢ってワケにはいかねえからな? 連れてってやれんのはせいぜいインダルテ1隻だけだ」



 ***



 解放軍と共同軍の手によって占拠されたカッツマンダル――。内部の火の手は彼らによって消し止められたものの、ゴーレムに破壊された施設の瓦礫はそのままである。だが天蓋に空けられた穴だけは、いつゴーレムの魔法不可思議な現象が止むとも知れなかった為、早々に簡易的な吹き付けスプレー外壁によって補修されていた。


「ふぅ、無事に制圧できたな」とタウ・ソク。


 司令部も完全に手中に収めた彼は、共同軍の兵士達によって連行されていくシュ・セツの姿を、コックピットから見下ろしながら言った。

 するとそのヴィローシナへ、友軍から接近を知らせるピピピという信号音。それを聞いて「あれは」と彼が空を見上げると、現れたのはビャッカ改とアーガシュニラであった。

 轟々と風を巻き上げながらヴィローシナのすぐ傍に着地する2機――そのうちの黒い機体を認めるや否や、拘束されているシュ・セツが下で激しく喚き立てたが、すぐに共同軍の兵士に抑え付けられて小さな軍用車に押し込まれていった。


『お疲れ、タウ・ソク』と、スピーカー越しにアマ・ラの声。


「アマ・ラ、どうしたんだ? 何故この要塞ふねに?」


『迎えに来たんだよ、お前を。これから俺らは帝都にいく。規制官メインの仕事でな』


「例の――異世界のテロリストか?」


『ああ。だけどリ・オオも来るって言うから、お前はインダルテに戻れ。すぐに出るぞ』


「解った。でもどうやって行くつもりなんだ? ワープの準備も整っていない状態では、ゼペリウス星系に辿り着くのすら難しいんじゃ……」


 ――彼らがいるこのファルーゼ星系から帝都のあるゼペリウス星系までは、文字通り天文学的距離である。そういった星系間の移動には通常、次元歪曲収差というこの亜世界特有の空間転移ワープ技術を用いるが、それには膨大で緻密な航路計算が必要になるのである。その上ワープは断続的なものである為、帝都への航路となればその途中途中で帝国軍に襲われる確率は極めて高かった。

 しかしアマ・ラはそんなことなどまるで問題にしていない様子であった。



 ***



 タウ・ソク、コタ・ニア、マユ・トゥ――また彼ら以外のパイロット達も、それぞれ己が愛機に乗り込みいつでも発進出来る状態で、インダルテのハッチの前に並ぶ。その中にはこれから帝都に突入する旨を聞かされ、「ならば私も出よう」と応えたアグ・ノモのバタンガナンの姿もあった。

 インダルテの左右には、それをエスコートするかの如く寄り添うビャッカ改とアーガシュニラ。

 ブリッジでは覚悟を決めたリ・オオが、オペレーターから「総員準備完了」の報告を受けて、ビャッカ改への通信回線を開いた。


『それではアマ・ラ――お願いします』


「あいよ」と、返したアマラの右眼が光る。


[アイオード]


[――はい]


[次元歪曲収差の転移スペクトルをアルテントロピーで変数に改変、ヒルベルト空間内で置換座標に結び付ける。インダルテの量子ハミルトニアンをサンヒターで保持しろ]


[承知しました]


[帝都付近の宙域と――IPFを並行展開]


 アマラの思考ことばと同時に、視えない透明の膜が拡がりインダルテを包み込む。


[展開を確認]とAEODアイオード


「よし。じゃあ飛ぶぜ?」


 彼女がそう言った次の瞬間には、彼らの姿は音も光も発しないまま、その空間から消え去っていた。

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