EP18-4 二人の謎

 ファルーゼ星系の共同軍とカッツマンダルが戦闘を開始してから1時間――。惑星ビゾネに属する宇宙基地から続々と投入される銀色のズシル編隊。その横を最大戦速のインダルテが通り過ぎていく。


『こちら解放軍機動戦闘艦インダルテ、艦長のリ・オオです。本艦はこれよりカッツマンダルに突入します』


 その連絡を受けた共同軍から。


『了解した、インダルテ。こちらはファルーゼ共同軍防衛隊、フゥ・ルワだ。貴艦の協力に感謝する』


 インダルテから発進したビャッカの三個中隊は、タウ・ソクのヴィローシナを先頭として十字型のやじり状に編隊を組み、全機が航行姿勢へと変形する。


『タウ・ソク。チャンスではあっても、相手は帝国の誇るカッツマンダルです。無理はせず……生きて帰ってください』


 リ・オオの通信ことばに、インダルテのブリッジへと顔を向けるヴィローシナ。


「大丈夫だ、上手くやってみせるさ」


 そう残すと、彼の「全機突撃!」の号令とともに解放軍の部隊は一気に加速した。


 巨大なカッツマンダルの姿は既に肉眼で確認出来る距離にまで迫って来ていたが、積極的に迎撃してくるビーム砲台も出撃してくる機甲巨人の数も、ただ戦意を示す程度でおよそ艦の規模には見合わぬ弱々しいものであった。それだけでタウ・ソクらは、この要塞の中においてただならぬ事態が発生していることを理解した。


(何が起こっているんだ……?)


 少数で奮戦する帝国のガルジナを撃墜しながら、ヴィローシナ達はカッツマンダルの上方に回り、市街地を覆う透明の四角錐シールド越しに中を覗く――。


(これは――?!)


 その目に映ったのは半壊した都市部の凄惨なる光景――。整備場や格納庫、機甲巨人用の出撃ハッチ、戦艦の離発着に使われる港湾部など、街の中段第2レイヤーを中心とした様々な軍事施設が無残にも焼かれ、酷い所では完全に焦土と化していた。

 その破壊の轍は一つの格納庫から始まり、果敢に挑み散っていったガルジナ達の残骸を乗り越えて、街の下段第3レイヤーにある動力区画へと続いている。そして尚止まぬ進撃の最先端には、見たこともない大型の巨人があった。


『タウ・ソク! あれは?!』とマユ・トゥ。


「分からない! でも多分味方なんだ! 僕らも向かうぞ!」


 ヴィローシナが透明の天蓋に沿ってゴーレムの方へと向かうと、炎の中で暴れ回っていたゴーレムの動きが止まり、視線がそちらに向けられた。――そして口が大きく開く。


(――何だ? 何をするつもりだ?)


 訝しむタウ・ソクの眼下で、ゴーレムは再び魔法陣を口の前に展開して、そこに熱線を送り込む。


「ッ?!」


 上方そらに向かって吐き出され増大した極太のレーザーは、天蓋を融解させて貫通し、ヴィローシナの真横を通り抜けていった。ドロドロと真っ赤になって融け落ちる透明の外壁は、しかし極低温の宇宙空間によってすぐに冷やされ、爛れたまま固まる。


「穴が――!」と声に出したタウ・ソクの懸念通り、凄まじい勢いで穴から噴出する空気。


「マユ・トゥ!」


「はい!」


 みなまで言わずその穴に飛び込む、ヴィローシナとビャッカ達。

 すると彼らがカッツマンダルの内部に進入したと見るやいなや、ゴーレムは再び、今度は両手を広げて巨大な緑色の魔法陣を巨体の前に作り出した。そして間もなくその円陣が穴に向けて飛ばされると、宇宙に吸い出されていた空気の流れは急速に弱まり、数秒もせぬうちにピタリと止んだ。


「止まった――?(ゴーレムあいつが止めたっていうのか?)」


 束の間の安堵の中で周辺を見渡すタウ・ソクは、短時間で破壊の限りを尽くしたゴーレムと、抵抗の気配が無い街の様子を見て取って、瓦礫の荒野と化した地面にゆっくりと降下した。


(こいつ1体でこれだけの破壊を――)


 瓦解した第2レイヤーは無差別な絨毯爆撃でも受けたかのような有り様であった。しかしよく見ればその攻撃は、カッツマンダルの戦力を損なう為に軍事的要所のみをピンポイントで破壊してあるのであった。とは云えその内容には容赦の片鱗すら見られず、無慈悲としか言いようがない徹底ぶりは、石の巨人の中に血の通うパイロットなど存在せぬことを示していた。


(この巨人は――)とタウ・ソクは、ヴィローシナの倍以上の背丈がある破壊の化身を見上げる。


(機甲巨人じゃない。これはロボットというより、ファンタジーとかに出てくる怪物みたいなものだ。ひょっとしたらこれが、アマ・ラの言っていた別世界の……)


 彼の視線を受けるゴーレムは、自分に与えられた役目はもう終わったとばかりに沈黙し、静止している。小さく丸い眼は光を失っており、そこにあるのは最早単なる異形の石像であった。


 凄惨な光景を目の当たりにしつつ、マユ・トゥが回線くちを開く。


『どうします? タウ・ソク。ここの内部戦力は殆ど無力化しているようですが』


「艦自体は生きてる。分散して司令部を探そう。見つけ次第制圧する」


『了解』という各機からの応答を聴き、ヴィローシナとビャッカは小隊単位4機ずつに分かれて離散していった。



 ***



 インダルテのブリッジ――オペレーターの声。


「カッツマンダル沈黙。微速航行中ですが、砲撃は完全に停止した模様」


「宙域の残存勢力は依然共同軍と交戦中です」


「突入部隊から入電――『カッツマンダル内の施設は壊滅。帝国の応戦戦力は少数。こちらで対処可能』とのことです」


 スクリーンで戦況を確認している艦長席のリ・オオが隣のコタ・ニアに目をやると、彼は無言で頷いた。


「解りました。残りのビャッカを出して共同軍の援護を」とリ・オオ。


 小さな溜め息とともに席を降りる彼女に、コタ・ニア。


「本当にアマ・ラの言う通りでしたね。しかし内部施設が壊滅とは……。一体ガー・ラムという男は何を――」


「解りませんが、信用はできるようです。――コタ・ニア、後の指揮はお願い致します」


「了解しました」


「私は彼らと話をしてきます」


 そう言い残してリ・オオは、神妙な面持ちでブリーフィングルームへと向かった。



 ***



 ブリーフィングルームに集まったのは、他の兵士がいる中では話しづらいこともあるであろうというリ・オオの計らいで、彼女とガー・ラムとアマ・ラの三人だけである。


「この部屋のマイクは切ってあります。そして当然、ここで聴いた話は無断で口外しないとお約束します」


 前面の壁に備えられたスクリーンの前にリ・オオ。段々になった席の最前列に座るガー・ラム。長机の上に直接腰を下ろすアマ・ラ。


「気遣いはありがたいけどさ? 別に話したいことがありゃ皆に自由に話してくれていいよ。こっちも聞かれてマズいようなことなら言うつもりねーし」


 と悪びれもせずに言ってのけるアマ・ラに、リ・オオは仕方なさそうに頷いた。


「……そうですか。ではお訊きします。まずアマ・ラ、貴女は私たちがザンデバへ進行している途中で、義勇兵として参加を申し出てくれました。その際に言っていた、カデラ出身の孤児であるというのは本当ですか?」


「この世界に限って言えば本当だよ。俺はそういう設定ことになってる。ついでに言うなら、ガァラムコイツがゼペリアンってのも同じね」


「――? 意味がよく解りませんが……少なくとも嘘ではない、と捉えてもよいのでしょうか」


「うん。それで不都合は無いと思うぜ」


「解りました。では何故、そのゼペリアン――帝国の将軍である彼と貴女が『仲間』なのですか? 普通は敵対関係にあると思うのですが……」


「そりゃ同じ組織の人間だからだ。敵の所在が解った以上、もうお前らに隠す必要も無えから言うけどさ? 俺らは元々解放軍とも帝国とも関係ない組織トコの人間なワケ。だけどウチらの敵がどこに隠れてるか分かんねえから、両方を手分けして探してたって話よ。まあ俺の場合はタウ・ソクの警護ってのが主だったけどな」


「タウ・ソクを――」


 何故護る必要があるのか、元の組織とは何なのか、どうやって帝国に潜入したのか――リ・オオの頭に浮かぶ疑問は尽きなかったが、彼女はそれを訊くことはせず、受け容れるように深く頷いた。


「……解りました。詳しくはまたの折に訊くことにします。恐らく今それを聴いたところで、私にはどうすることもできないでしょうから」


「賢明な判断だ」とガー・ラム。


 その彼に目をやり、再びアマ・ラへと視線を移したリ・オオは、しかし唯一問わなくてはならぬ――彼女ら解放軍にとっては死活問題となり得る疑問だけを口にした。


「ですがこれだけはお尋ねします。――アマ・ラ、ガー・ラム将軍。貴方がたの敵とは一体誰なのですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る