EP18-3 石の巨人

 映し出されたスクリーン上を滑る2つの光点――先を行く青い印ビャッカ改の他に、所属不明を示す黄色から友軍の青色へと変わったもう1つ。その横に『アーガシュニラ』の表示が追加された。

 ブリッジで見守るのはリ・オオとコタ・ニア、そして隅の壁に寄り掛かって立つアグ・ノモ。――メインパイロットであるタウ・ソクとマユ・トゥは、緊急時に備えて各々の愛機の中で待機していた。


「まさか本当に――」とコタ・ニア。


「どんな事情があるのかは分かりませんが、アマ・ラの言うことは確かなようですね。格納庫に受け入れの指示を」


 内心はどうあれ、表面的には動じる様子の無いリ・オオが言うと、コタ・ニアは即座にマイクで連絡を取る。


「――整備長、ブリッジです。ビャッカ改と一緒に別の機体が入りますので、お願いします」


『ああ? 今度は何だってんだ』――野太い返答。


「かなり大型のやつです、敵ではありません」


『大型だぁ? しゃあねえ解った。――おいそこ、5番のビャッカどかしとけ!』


 スピーカーの向こうで慌ただしく飛び交う声を聞きながら、コタ・ニアは「宜しくお願いします」と告げて回線を切った。


「どうするつもりかね?」とアグノモ。


 リ・オオが彼を見て答える。


「分かりません。しかし帝国とファルーゼが戦闘を開始してしまった以上、我々がこのまま逃げる訳にはいかないでしょう」


「然もありなんだな」


「ガー・ラムという男……、そしてアマ・ラの真意を見極めなくてはなりません。彼女たちが一体何者なのかを」


 語気が強められた彼女の台詞に、コタ・ニアも深く頷いた。



 ***



 格納庫の扉が徐に開いていくと、星の海とともに視界に飛び込む巨大な黒の竜アーガシュニラ


「うわっ!」と思わず声を上げる若い兵士と、訝しげに睨め回す整備長。


「こいつは――(帝国の機体じゃねえか)」


 恐る恐る内へと誘導する兵士に従い、翼を畳んで粛々と格納庫に乗り込むアーガシュニラ。それに続いてアマ・ラのビャッカ改も着艦を終えると、格納庫の扉が再び閉められた。

 普通の巨人のデザインとは一線を画したアーガシュニラの外見に、戸惑いを隠せない整備兵達、そしてヴィローシナのコックピットの上部から顔を出したタウ・ソクも固唾を飲んで見守る中、その黒い巨躯から現れ出る男。


(あれが……ガー・ラムか――)


 呟くタウ・ソク。男からは遠目にもどこか常人とは違う雰囲気を感じ取れる。それが予め得た情報による偏見なのか、それとも生物的な本能によるものなのか、彼には解らなかった。

 注目を一身に浴びるガー・ラムは、アーガシュニラのコックピットの上で、周囲からの奇異と畏怖の視線を当然の如く受け止めつつ、タウ・ソクに一瞥をくれた。


(あれがプロタゴニストか。ただの人間だな)


 とそこへアマ・ラが、緩い重力のもと宙を泳いで彼に辿り着く。


「ガァラム。さっきのカッツマンダルの話、確実なんだな?」


「うむ――直に内部で破壊が起こる。今指揮を執っているシュ・セツでは対応できんだろう」


「……解った。リ・オオには伝える。お前は俺と一緒にいろ」


「了解した」とガー・ラムが返すと、アマ・ラは整備長の許へ。


「おやっさん、多分ヴィローシナは出撃になる。――通信機マイク借りるよ」


「お、おう」


「――ブリッジ、こちらアマ・ラ。もうすぐカッツマンダルの手が止む。攻めるなら今だ」


『カッツマンダルが?』と、リ・オオの声。


「ああ。中に侵入できるようになるらしい。ガー・ラムからの情報だ、信じていい」


『……解りました。――タウ・ソクとマユ・トゥ隊は出撃準備を。お二人はブリーフィングルームに来てください』



 ***



 一方カッツマンダル――。


「アーガシュニラの識別変更! 解放軍の信号を発しています!」


「馬鹿なっ?! 閣下のアーガシュニラが――鹵獲されたとでもいうのか!?」


 オペレーターの報告に、指揮官らしからぬ驚愕の声で応じるシュ・セツ。そんな彼に畳み掛けるように、想像を超えた異常事態の報が飛び込んでくる。


「報告! か、艦内の格納庫で正体不明の……き、巨人が暴れています!」


「なんだと? いつの間に入り込んだ?! ズシルかビャッカか?!」


「そ、それが……機甲巨人ではなく――」


 シュ・セツの前のモニターに映し出された映像――そこには格納庫でガルジナや設備を破壊する『巨人』の姿があった。


「な……なんだ、これは……」



 ***



 炎が乱れ、無人の格納庫を呑む。――常軌を逸した事態に為す術もない帝国兵達は、既に戦意を喪失してそこから逃げ去っていた。

 巨大な石の手がその場に残されたガルジナの機体からだを包み、金属の悲鳴を上げる装甲と骨格を圧倒的な膂力で握り潰す。

 そうして粉々に砕かれた機甲巨人の骸を踏み付けて、は格納庫の壁を苦も無く突き破って外に出た。


 ――牛頭人身の石の巨像。身の丈は機甲巨人を遥かに超えている。剣と魔法の世界アーマンティルにおいて『ゴーレム』と呼ばれるそれは、帝国の兵士を依り代にガァラムが魔法で生み出した生物兵器であった。


 ブォォォォォゥ!!


 ゴーレムの咆哮。重低音だけを増幅した角笛のような声が、工場地帯に似た街並みを轟かせる。司令部シュ・セツからの指示を待たず独断で駆けつけてきた兵士達ガルジナが取り囲むも、彼らはその威容に唖然とした。


「何だこの怪物は……機甲巨人なのか?!」


 しかし帝国軍人としての誇りを抱く彼らは抜刀して、初めて見る石の巨人――機甲巨人から見てもそう謂わざるを得ない大きさの怪物に、健気にも戦いを挑む。


「すぇりゃぁぁぁッ!」


 バーニアを吹かして突撃するガルジナ。しかし剣の切っ先がゴーレムの脚に触れた瞬間、その表面に巡らされた魔法陣バリアが剣を弾いた。


「ッ――?!」


 足が止まったガルジナに覆い被さる影。同時に振り降ろされる巨大な鉄槌こぶし


「ひ――」と兵士が声を上げる間もなく、その石の拳はガルジナを真上から叩き潰した。

 コックピットまでひしゃげた仲間の無残な姿を見て、他の兵士が怒声とともに斬り掛かる――が、その刃が届くより先にゴーレムの横殴りの拳がガルジナを吹き飛ばす。装甲が砕かれ、薄い剣とともに折れ曲がった機体は、遥か先の空き地にまで吹き飛ばされた。資器材とコンテナの山を派手に散らかして転がり、起き上がることすら出来ない。


「こ、こんなバケモノ……」と、残った数体のガルジナ達は距離を取る。


 べらぼうに広いカッツマンダルとは云えここが艦内である以上、彼らは飛び道具ビーム兵器を使うことは出来ない。外側と違って内壁にはビームを弾くような強度は無いのである。しかし離れてしまえば、武器を持たぬ敵の巨人ゴーレムにも攻撃手段はないだろう――彼らはそう判断したのであった。しかし。


「!?」


 ゴーレムの牛頭の口が開き、その直線上に次々と連なる魔法陣――。その眼が赤く光ると同時に口から吐き出された熱線は、陣を抜ける度に太さを増して、ビームカノンさながらの威力で辺りを焼き払った。

 帝国兵の断末魔、鳴り響く艦内警報、そしてゴーレムの再びの咆哮が、火の海と化したその区画を埋め尽くした。

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