EP18-2 合流

 帝国軍と共同軍との戦端が開かれる少し前――。急ピッチで物資の搬入を終えたインダルテは、カッツマンダルの不穏な動きに備えてそのままビゾネを出港した。

 重力装置も起動し終えてない格納庫では、餌を撒かれた水槽の魚の如くワラワラと、多くの整備兵達があちらこちらを急ぎ泳ぎ回っている。とは云え機甲巨人の調整や出撃準備を行う彼らの喧騒は、この2年間の日常茶飯事であり、そういった意味では帝国軍や共同軍などよりも余程落ち着いたものであった。

 ヴィローシナやビャッカの横には、メイ・ハンから仕入れたジェネレータパーツを早速組み込み始める為、装甲を外され肋骨に当たる部分のフレームを解体されるバタンガナンの姿。


整備長おやっさん、このバタンガナンも出ることになるんですかね?」


 おやっさんその呼ばれ方がしっくりくる髭面の整備長は、腕組みをしながら鼻を鳴らして応える。


「知らねえよ。ただ上からはいつでも出撃できるようにしとけって指示だ。まったく、まさか帝国敵さんの機体まで整備することになるなんざぁ――おい、そっち! 旧式のビャッカは後回しだ、ヴィローシナの調整急げっつったろ!」


 怒鳴られた若い整備兵が慌てた様子でビャッカの胸を蹴り、その反動でヴィローシナに取り付く。その彼や、また幼い少年兵が細々とした身体で部品を運び回る姿を見守りながら、整備長は苛つきを帯びて曇らせた表情で言う。


「協定破りなんざ正気の沙汰じゃねえ。帝国てき解放軍みかたも、もう後には退けねえところに来ちまってる。一体どうなっちまうんだよ……この世界は――」


 その不安は彼に限ったものではなく、帝国軍にも解放軍にも共同軍にも――この状況に関わる全ての者達の心中で、粘りつく煙のように渦巻いていた。

 そんな中、格納庫や艦内の通路のスピーカーが同時に声を発した。


『帝国軍カッツマンダルより、惑星ビゾネ全宙域に通達。竜が合流する』


「なんだこりゃ? オープンチャンネル?」


『繰り返す――。ビゾネ宙域に通達、竜が合流する』


 淡々と読み上げられる意味不明なアナウンスに、作業していた兵士達の手が止まり、見上げるように聞き耳を立てる。彼らがそうしている間に、佇立していたビャッカ改のコックピットハッチが閉まり、真っ赤な機甲巨人は徐に動き出した。


「ん? おい、まだ出撃命令は出てねえだろ!?」と整備長。


 するとビャッカ改からアマ・ラの声が響く。


「ごめん、おやっさん! ちょっと俺、先に出るわ!」


「お前、先にったって……こっちから仕掛けるわけにゃいかねえんだぞ?!」


「解ってるよ! 仲間呼んでくるだけ!」


「仲間――? あ、おい!」


 整備長の制止の声を無視して、アマ・ラのビャッカ改は武器も持たずに、格納庫のハッチからそのまま飛び出していった。

 ちらりと振り返るアマ・ラ。――インダルテのシルエットの後ろには、渦巻く灰色とくすんだ青が溶け合うビゾネの姿。向かうべき前方は機甲巨人で凝視ズームしても、闇の奥のカッツマンダルを捉えることは出来ない。


(ガァラムの奴、何考えてんだ? 合流はともかく、ビゾネの連中を煽るような真似して……。俺たちの仕事は戦争そっちじゃねえだろ)


 穏やかとは云えぬ胸中で、コックピットのアマラは無意識に拳を握る。そこへAEODアイオードが語り掛ける。


[ファルーゼの共同防衛軍とヴェルゼリア帝国軍のカッツマンダルが戦闘を開始しました]


「はあ?」


[それと極僅かですが、整合性の乱れを検知しました。恐らくガァラム二等官による『魔法』の影響によるものと思われます]


「マジで何やってんだよアイツ……(まさかファントムオーダーと接触したのか?)」


 ビャッカ改の眼が青に光り、アマ・ラの改変によりカスタマイズされたブースターが偏光する粒子を吐き出す。そして機体は解き放たれた矢の如く、ズシル隊のいる防衛ラインへと向かっていった。



 ***



「クソっ! 突破された!」


 カッツマンダルの砲火を防ぐのに手一杯のズシル隊を後目に、ガー・ラムのアーガシュニラは易々と防衛ラインを越えて、ビゾネへと向かう。


(ふむ、戦端は開かれたな。これで操られた帝国ファントムオーダーは孤立無援。ディソーダーをあぶり出す準備は整った)


 やがて共同軍のズシル部隊と解放軍のインダルテとの、丁度中間に位置する辺りで、彼は対面から飛来するビャッカ改の姿をその目で認めた。


(髪付き……ただのビャッカではないな。ならばあれがそうか)


 異常とも云えるスピードで接近してくる赤いビャッカを見て、ガー・ラムはそれが規制官べつものであるとすぐに悟った。すると――。


『おいガァラム、状況を説明しろ』と、アマラの通信。


 視界を拡大せずともお互いの機体が見て取れる距離になると、2機赤と黒の巨人は向かい合って停止した。


「アマラ・斗・ヒミカ。来ていたのは貴様だったか」とガァラム。


「ああ、他に手隙がいねえからな。それよりどういうことだよ? 何で帝国をビゾネにけしかけた?」


「……ファントムオーダーの目星が付いた」


「なに――メベドって奴か?」


「それは判らぬが、少なくとも源世界からの関与は明らかだ。帝国の皇帝グス・デンはインテレイドだ」


「インテレイドだと? 間違いねえんだな?」


「うむ。我がこの眼で直接確かめた。あれはこの世界の人間ではない」


「なるほど、そういうことか……」


 告げられた事実からアマラは、ガァラムの暴挙とも云える行動の意図を理解した。

 ――真の敵が帝国に、しかもトップとして干渉しているのであれば、帝国そのものがファントムオーダーの手駒として動かされている可能性は充分にある。だが皇帝グス・デン自体も傀儡である以上、ただ皇帝のみを討ったところで解決には至らないのである。かといって帝国の全ての動きの中から、メベドなりが関与するものだけを正確に見抜いて逐一対応するというのは、この亜世界インヴェルセレの規模から考えると不可能に近かった。その為ガァラムは『ヴェルゼリア帝国対他の勢力全て』という図式を作り上げ、より効率的に帝国を滅ぼす余計な手駒を減らすという方策を選んだのである。


「――だがいくら何でもやり過ぎだぜ、ガァラム」と、苦虫を噛み潰したような顔でアマラ。


 それに対してガァラムは平然と応える。


「この世界の情勢から考えれば、近い将来同じ結果になるであろう。我はその流れに手を貸しただけだ。それに山に獲物が隠れているなら、山ごと焼き尽くしたほうが早い」


「それは災厄竜おまえのやり方だ。規制官俺たちのやり方じゃねえよ。それにカッツマンダルに強襲されたんじゃ、ビゾネは戦力を整える前に壊滅しちまう」


「それならば問題無い。カッツマンダルには種を蒔いておいた」


「種――?」


「すぐに芽吹く。――解放軍の者どもに教えてやるがいい。砲撃が止んだら突入して、内部なかから墜とせとな」


 その台詞に微かな嘲笑の響きを感じたアマラは、超然と佇むアーガシュニラを睨んだ。


「(コイツ、戦争を楽しんでやがんのか?)……解った。けどお前も来い。これ以上ほっとくと何すっか分かんねーからな」


「了解した」


 ビャッカ改が背を向けて再び凄まじい速さでもと来た道を戻ると、アーガシュニラもそれにピタリと付いてくる。

 一方、ビゾネからは多少離れたものの、このまま協定宙域内に留まるか、それともファルーゼ共同軍とともにカッツマンダルと一戦交えようか、という選択を決めかねていたインダルテ。――そのブリッジ。


「急速接近する機影を確認。ビャッカ改ともう1つは所属不明アンノウン――ではなく友軍……? 機体名、アーガシュニラ?!」


 索敵していたオペレーターが戸惑いを隠せぬ報告の声を上げると、それを聞いた皆がどよめいた。

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