EP18. *Alteration《史実と真実》

EP18-1 開戦

 都市型要塞艦カッツマンダルの第一艦橋ブリッジ――半円型のピラミッド状に連なる数百の制御卓コンソールと、その席に余すことなく座る数百人のオペレーター達。厳然たるその様は壮大なオーケストラか、或いは逆にそれを待つコンサートホールの観客の如くである。そして最奥最上段の艦長席には、軍服を着て支配者然とした貫禄を醸し出し座する、ガー・ラム。


「間もなくビゾネ防衛圏内に進入します」


「速度低減。14番から21番スラスターまでを停止」


「第1レイヤーの斥力防壁展開、居住区外壁を遮蔽」


「艦軸安定、水平方向を維持――」


 そこかしこのオペレーターが、それぞれの役割を淀みなく遂行しつつ逐一それを報告し、誰かしらが復唱を返す。


「ブリッジより全艦に通達――各員、丙種へいしゅ戦闘配備。警戒態勢のまま待機せよ」


 赤い光の明滅とともに艦内に警報が鳴り響くと、カッツマンダルに乗る戦闘員が慌ただしく動き出した。パイロットは肩を掠らせて通路を行き交い、メカニックはガルジナを格納庫からハッチへと移す――。

 艦の後方に付いた巨大な噴射口から出る虹色の軌跡が細くなり、カッツマンダルは徐々にその速さを緩めた。


 程なくして、オペレーターからガー・ラムへの報告。


「ビゾネ政府から入電――『貴艦の保有戦力は、当宙域における協定の規約を大きく逸脱するものである。直ちに航行を停止し、速やかに検閲を受け入れられたし』――とのことです」


「無視しろ」とガーラム。


 すると遠方から、ビゾネから発進したファルーゼ星系の共同防衛軍――機甲巨人ズシルの部隊が、横一列の編隊を組んで向かってきた。

 ――ズシルは帝国軍のガルジナをベースに作られた銀色の機体で、その外観や性能はほぼガルジナと同じである。ただ後頭部が後ろに長く伸びており、頭頂部に鶏冠とさかのような扇状のセンサーが付いているのが特徴的であった。また全機が標準装備として、機体の半分ほどもある大きさのシールド――太った三日月の様な形の丸盾を所持しており、その盾は内蔵された小型ジェネレータによって機体に使われる斥力装甲よりも優れた防御力を持っている。


 レーダーに映るその機影情報を、オペレーターが読み上げる。


「共同軍のズシル編隊を確認――数は48。本艦に向け停止信号を発信しています」


「構わん、このまま進め」


 ガー・ラムの支持通り歩みを止めぬカッツマンダルの行く手に、盾を構えたズシルの部隊が待ち受ける。恒星の輝きを受けて光る銀色の巨人の列。


「……ズ、ズシルから警告、て――『停止に応じない場合、攻撃を開始する』」


 読み上げるオペレーターは困惑していた。


 共同軍との戦闘、或いは戦争というのは、帝国の歴史においても例を見ない出来事である。仮にその行為によってファルーゼ星系と明確な敵対関係になれば、それは解放軍やレジスタンスを凌ぐ戦力となり、同時に経済面においても大きな痛手を食うことになるからである。


 艦長席の横でガー・ラムの影の如く付き従っているシュ・セツは、チラリと横顔を見上げて怪訝な表情を浮かべた。


(閣下はどういうおつもりだ? ファルーゼと事を構えれば、最早解放軍の粛清どころではなくなるぞ? それどころか帝国の地位すら揺るがされかねん……)


 聡明なガー・ラムがそれを理解していないはずがない。しかし彼は平然とした態度のまま、臆する様子など微塵も見せずに、目の前に表示されたズシル達の映像を眺めている。


「(そろそろか……)――シュ・セツ」


 固唾を飲んで成り行き見守っていたシュ・セツは、突然の呼び掛けに震えるように反応し、「はっ、ここに」と進み出た。


 ガー・ラムが「艦の指揮を任せるぞ」と艦長席を降りると、その背中にシュ・セツが声を掛ける。


「承知致しました。閣下はどちらに?」


「準備を整える。――それとオープンチャンネルでビゾネに通達しておけ。……『竜が合流する』とな」


「? 承知致しました」と、意味も解らぬまま敬礼するシュ・セツ。


 早速彼がその命令をオペレーターに伝えている内に、ガー・ラムは足早にブリッジを出ていった。



 ***



 アーガシュニラが控えている格納庫にただ一人で入ってきた将軍の姿を見て、整備兵達は慌てて手を止めて敬礼で出迎えた。現場の責任者であるらしき士官服の男が、おどおどとした様子でガー・ラムに近寄る。


「か、閣下、どちらへ――?」


 ガー・ラムはその質問に答えず、男を頭から爪先まで睨め上げると、その顔の前に手を翳した。


「……?」


異形に変じよラゾォウム・アシオ


 掌に小さな黒い魔法陣が発生し、それが瞬時に男の額に吸い込まれて消える。すると男は瞳に虚ろな影を湛えて、アーガシュニラに手を差し向けて「どうぞ」と一言。

 ガー・ラムは男を捨て置いてリフトに乗ると、機甲巨人達の胸の前に伸びた乗降用タラップへと昇る。軍靴で金属の床を鳴らす彼の下で、男が「アーガシュニラ出るぞ!」と叫んだ。


 ハッチが開き、黒い機械の竜の首が持ち上がる。そして管制塔からの指示を待たず、スラスター付きの巨大な翼を広げて飛び立っていった。



 ***



 遠近感を惑わせるほどに洪大な要塞艦を見据える、ファルーゼ共同軍の兵士に緊張が走る。


『どうします? 隊長』


 カッツマンダルは速度を緩めはしたものの、彼らの停止指示に従う様子は無い。寧ろゆっくりと進行するその様は、獰猛な肉食獣が密やかに獲物との距離を測るのに似ている。


「警告は?」と、横一列の隊列の中央にいるパイロット。彼がこの防衛隊ズシル達の長である。


『先程ので3回目です。ですが応答は何も……』


「むぅ……ならば止むを得ん。全員射撃用意――」


 ズシルの編隊は盾に身を隠し、虫食い穴の様に丸く欠けた部分から銃を構える。するとそこで。


『!? カッツマンダルからの機影確認! 単機ですが、物凄い速さでこちらに向かってきます!』


「なにっ?! 噂の黒い奴か!」


 その見立て通り、接近してくるのはアーガシュニラである。


「全機ビームの出力上げろ! 撃ち落とすぞ!」


『最大出力ゲインではカッツマンダルも射程に入りますが?!』


「構わん、どの道向こうもやる気だ! ――ブチかませ!」


 そう言った隊長のビームが口火を切り、槍衾やりぶすまの如く並んだズシル達のライフルからも、一斉に輝く筋が放たれた。

 しかしアーガシュニラは縦横無尽に宇宙そらを翔け廻り、まるで機体そのものが乱反射するビームであるかのように、不規則で多角的な動きを見せてその光条を掻い潜る。


「掠りもしない! 人間なのか、これが!」


 共同軍兵士の驚愕も無理はなかった。何故ならアーガシュニラの急制動急加速がもたらすちからは、普通の人間であれば一瞬で全身の骨が砕けて圧死してしまうほどの強さであり、機甲巨人のパイロットであれば、その戦闘機動マニューバということは容易に想像が付いたからである。


「くそぅ、防衛ラインを守れ! 抜かせるな!」


 躍起になって放たれるズシルのビーム群――それは躱され、遠方のカッツマンダルにまで届いた。


 ――その要塞からすれば髪の毛先ほどの、か細い光が透明の外壁に弾かれて散る。


「ビーム被弾、損傷ゼロ。ファルーゼ共同軍からの攻撃です」


「やり合う気か、このカッツマンダルと……」と、艦長席のシュ・セツ。


「(閣下のお考えが解らぬが、こうなっては仕方がない)――副砲開け! 応戦するぞ!」


 カッツマンダルの板状の基底部が開き、そこから迫り出した巨大なビーム砲台が共同軍と、その先のビゾネに向く。そして砲身の内側に溜まってゆく光が、シュ・セツの号令とともに発射された。

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