EP17-9 混ざり合う色

 ウロンの街の中心地から宇宙港へと繋がる透明のパイプ軌道エレベーター。何十本も束ねられたその柱の中を、ストローで吸われる飲み物よろしく勢い良く上昇するリフト。等間隔に設置された補強枠が透けた壁の向こうで目まぐるしく過ぎていき、そこから観えるジオラマのような景色をコマ撮りに映す――。


 予期せぬ交渉と予定通りの商談を終え、アグ・ノモ新たな同行者が増えたタウ・ソクらはインダルテへと戻っているところであった。

 その中で未だ釈然としない様子が見て取れるタウ・ソクに対し、わだかまりの取れたアマ・ラの表情は、バハドゥの一件以前の明るさを取り戻していた。


「………………」


 ――沈黙の中、アグノモの顔を横目に睨むタウ・ソクの通信機から、コタ・ニアの声が響いた。


『こちらインダルテ。ファルーゼ星系内に帝国軍のカッツマンダルが出現しました。至急艦に戻ってください』


 その連絡に表情が強張らせたリ・オオが返答する。


「解りました、すぐに戻ります。そちらも物資の搬入を急いでください」



 ***



 国籍も形式も多種多様な宇宙船が並ぶ、ビゾネ外縁の宇宙港――。

 インダルテの後部側面で開いた貨物用のハッチへ、慌ただしく、ひっきりなしにコンテナを運び込む作業用ロボット。解放軍のメカニックや兵士達は、メイ・ハンから受領した物資の他に、目録には無い巨大なコンテナをも運び込む。


「おやっさん、これデカ過ぎてカーゴに入らないよ! 中身何なの?!」


「知らねえよ! リ・オオ嬢ちゃんの指示なんだから積んどけ! 入らねえなら甲板にでも載せときゃいいだろ! ――ったく……」


 相変わらずのゴタゴタの中、相変わらずの剣幕の整備長である。そんな彼の視界の端を、タウ・ソクを先頭にして戻った四人がタラップを足早に通り抜けていく。


「――ん? ありゃあ……(帝国のパイロットじゃねえか)」


 彼らは整備長の怪訝な顔を後目に艦内へと入っていった。――ブリッジのドアが開いて四人がぞろぞろと入ってくると、艦長席にいたコタ・ニアが振り返る。


「お疲れ様です。すみません、急がせてしまって――」


 と言いながら最後に入ってきたアグ・ノモの顔を見るなり「えっ?!」と、驚きの声を上げるコタ・ニア。その彼にリ・オオが告げる。


「訳あって彼は、しばらくこの艦に同乗してもらうことになりました。但し捕虜ではなく、ゲストとして扱ってください」


「し、承知しました……。ということは、あの追加の積み荷コンテナは――」


「バタンガナンだ」とアグ・ノモ。


「バ…………」


 状況が呑み込めずに唖然とするコタ・ニアに、リ・オオが尋ねた。


「それより状況はどうなっていますか? 敵の位置は?」


 彼女は、艦長席に座るコタ・ニアの横から顔を出し、ブリッジの正面に表示された宙域の地図巨大なスクリーンを見る――中心となる現在地ビゾネから大分離れた場所に、帝国軍の都市型要塞艦カッツマンダルを示す赤い光点が在った。


「それが……まだ協定宙域に入ったばかりですが、第三戦速で真っ直ぐこちらに進行しています。このままのスピードなら28時間後にはビゾネに到達します」


「協定の制限速度ギリギリじゃないか」と、タウ・ソクが呟く。


「カッツマンダルからの通信はありましたか? 我々がここにいることが知られている可能性もありますが……」


 リ・オオが問うと、コタ・ニアが溜め息交じりに答える。


「向こうからは一切通信がありません。ビゾネ政府からも連絡を試みているようですが、今のところは無反応とのことです。まさか戦闘を仕掛けてくるということは無いでしょうが――」


 するとアグ・ノモが注意深く口を挟んだ。


「カッツマンダルが粛清隊を伴っての行動であるとすれば、指揮しているのはガー・ラムという男のはずだ。だとすれば、あの男を我々の物差しで測るのは危険だ」


「ガー・ラム……ヤウロンのレジスタンスをたった1機で全滅させたという、あの将軍ですか」と、コタ・ニアが尋ねる。


「ああ。実際に戦闘するところを見た訳ではないが、あの男のアーガシュニラはバタンガナン以上の機動力と戦艦並の攻撃性能を持っている。その上彼は、恐るべき知略と戦略眼をも兼ね備えた傑物だ。もしカッツマンダルの戦力に加え、ガー・ラム将軍がアーガシュニラで出てくるとなれば、君たちの戦力だけで勝つのは不可能だろう」


「それほどまでに強力なのですか……」


「うむ」とアグ・ノモが重々しく頷くと、タウ・ソク。


「でも僕のヴィローシナなら――」


「無理だな。君の実力はよく理解しているが、単機であのアーガシュニラに敵う者などいないだろう……。彼らが協定を守ることを期待するか、今すぐこの星から撤退するか、そのどちらかしかないだろう」


 その答えに一同は言葉を失った。リ・オオが判断をコタ・ニアに目で問うが、彼はどの悪手も選べずに俯いた。


「………………」


 しかしその深刻な空気の中で、一人飄々としていたアマ・ラが口を開いた。


「アイツなら心配ねーと思うぜ」


 という唐突な台詞に、皆が疑問の顔を彼女に向ける。


「心配無いとは――? 何か秘策があるんですか?」とコタ・ニア。


「別にそういうんじゃねえけどさ? ガー・ラムあのオッサンがウチらを攻撃してくることはねえよ」


「……何故、そう言い切れるのですか?」と、訝しげにリ・オオが訊くと。


「だってアレ、俺の仲間だもん」


「…………は?」


 口を揃えて素っ頓狂な声を出すリ・オオとコタ・ニア――だけでなく、ブリッジにいた全員がその台詞の意味を理解し切れずに、ポカンとした表情で固まった。


「ちょ、ちょっと待ってくれアマ・ラ。それは一体どういう意味なんだ?」


 タウ・ソクが困惑しつつも彼女に言い寄ると、アマ・ラは小声で返す。


(アイツも俺と同じ規制官なんだよ)


(なんだって――?!)


 驚きに目を丸くしつつも、それで納得するタウ・ソク。しかし他の皆は疑問符を顔に浮かべたままである。


「どういうことか、説明してもらえるかね?」とアグ・ノモ。


「うーん、あんま詳しくは話せないんだけどさ? まあとりあえず、俺を信じてみてよ」


 と言ってアマ・ラは、可愛らしい八重歯を見せて笑った。

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