EP17-8 交渉

「なるほど――。先約があるというのを無理言って回してもらったが、その先約というのが解放軍君たちだったとはな」


 アグ・ノモはその数奇な巡り合わせに、軽く失笑してみせた。


「あれは私たちには必要な物です。戦力になる機甲巨人は1機でも多い方が良いのです」とリ・オオ。


「それは理解している。だが私も、いつまでもこの惑星で足止めを食っている訳にはいかんのだ」


 ビゾネに辿り着く為にアグ・ノモは、バタンガナンのジェネレータを酷使して強行軍を敢行したのであった。そのせいで現在彼の巨人バタンガナンはまともに動かせる状態ではなかった。


「帝国軍に戻る気か?」とタウ・ソク。


「それはない。恐らく帝国彼らは私が死んだものと思っているはずだが、生きていると知ればすぐにでも粛清されるだろう。私は一個人として動く」


「だが戦場に戻れば、また人を沢山殺すんだろう?」


 ――タウ・ソクの言った『殺す』という言葉に、アマ・ラが小さく反応して俯いたことには誰も気付かない。


「君は勘違いをしているようだ、タウ・ソク。――人間には生きる権利があるが、戦場に立つ兵士には死を受け容れる義務がある。それは私とて同じことだ」


「だからって、そんな理由で人を殺すのかよ!」


 怒気を孕んで乗り出すタウ・ソクの肩に、リ・オオが優しく手を置いて制する。アグ・ノモは静かに続ける。


「いいかね、タウ・ソク。戦争で人を殺すことに理由など無いのだ。あるとすれば、それは『何故敵であるか』ということだけだ。戦争それを理解できぬ者は戦場そこに立つべきではない」


「! やはり貴様という奴は――!」


 腰を上げかけたタウ・ソクを、リ・オオが更に強く抑え付け――しかし彼女も、彼と同じ表情でアグ・ノモを睨んだ。


「貴方が再び敵に回るというのであれば、私たちがそれを見逃すことはできません」


「それは当然だろう。しかしこれは仮定の話だ、リ・オオ女史。それに優先権は私にある」


「ならば解放軍こちらは5倍の値段で買いましょう」


 その提案に「リ・オオ?!」と、タウ・ソクが驚く。

 ――交渉の種であるジェネレータは機甲巨人の心臓とも云える部分で、その価格は機体の値段の半分近い。しかも正規品を裏ルートでとなれば、その金額は更に倍近くに膨れ上がる。しかし機甲巨人そのものが手に入らない現状では、それだけの金額を出しても戦力を整える必要があった。

 とは云え、決して潤沢とはいえない解放軍の懐事情からすれば、この出費は相当な痛手であった。にも関わらずリ・オオの態度に躊躇いは無い。


「構いません。或いはそれで彼――バタンガナンの脅威をも避けられるのであれば、安いものです」


「フッ、私も随分と高く評価されたものだ」


 そこで、後ろで黙って聴いていたアマ・ラが「なあ」と一言。

 

「――俺はさ、まあ個人的な話なんだけど、アンタとは戦いたくないんだよね」


「それは私も同感だ。できれば君とは別の形で出逢いたかった」とアグ・ノモ。


「もしアンタがまた戦場に戻ったとしてさ? アンタはもう帝国じゃないんだろ。じゃあ何と戦うっての?」


「……ふむ。そうだな――」


 考え込むアグ・ノモ。だが当然彼は、その相手さきを考えていない訳ではなかった。彼が悩んでいたのは、自分の真の目的を解放軍の人間元々敵である彼らに話すべきかということであった。


 そうして暫くその場に沈黙が訪れた後。


「プライベートな話に――少し長くなるが」と前置きしてから、アグ・ノモは自分の過去を語り始めた。



 ***



 静まり返る店内――街中の喧騒は地下にあるメイ・ハンの店の奥にまでは届かなかった。


「………………」


 アグ・ノモが抱く反帝国の密かなる決意と、その復讐に至る経緯を聴いたタウ・ソクらは、何とも複雑な心境であった。


「そうですか……」とリ・オオ。


 他の二人は口を閉ざしたまま。


「――解放軍我々のように、味方を募るという方法は考えなかったのですか」


「私が辺境のカデラにいて、そして君の父シレ・オオのように一角ひとかどの人物であれば、そうしたかもしれん。だが殆どゼぺリアンしかいないゼドで、一介のパイロットに過ぎない私に、それは無理だった。それに――人間と云うのは、例え己に非が在ったとしても、武力で解決を図られれば恨みが残るものだ。仮に君たち解放軍が大義の下に帝国を破ったとしても、生き残ったゼぺリアンの中に暗い火種は燻り続ける。それは次代に遺すべきものではない。だが天涯孤独となった私であれば――その責を負うのは私一人でいい」


 その言葉の意味をアマ・ラが推し量って言った。


「それってさ? つまりアンタは帝国を滅ぼした後に、解放軍と帝国軍の両方から恨まれたまま死ぬつもり、ってことだろ?」


 するとタウ・ソクがテーブルに拳を叩きつけた。


「そんなの身勝手過ぎるだろっ!」


 その様子を見て、アグ・ノモは落ち着いた声で言う。


「それでいい――。君が今示したような、そういう怒りの矛先が必要なのだよ、戦争というやつには」


「貴方はそれで満足なのですか?」とリ・オオ。


「ああ。今の私はそれができれば充分だ」


 アグ・ノモはきっぱりとそう断言したが、アマ・ラは彼の声色に迷いがあるのを見抜いた。


「なあアンタ、自分を騙すのそういう嘘は良くないぜ? アンタだって本当は、もっと別のやり方を望んでるはずだ」


「………………」


 表情にこそ変化は無かったが、彼女に図星を突かれてアグ・ノモは沈黙した。すると「では、こうしましょう」と、リ・オオが切り出す。


「――交渉品パーツはアグ・ノモ、貴方に差し上げます。我々が貴方の提示した金額でメイ・ハンから購入した後、バタンガナンに取り付けさせましょう」


「そんな?!」と異議を唱えるタウ・ソクを、リ・オオは無言で首を振った。


「どういうことだ――?」と、アグ・ノモも訝しむ。


「その代わり、提案があります。――貴方とバタンガナンには、インダルテ私たちの艦に乗ってもらいます」


「……買収のつもりかね?」


「そんなことはしません。ただ貴方には見てもらいたいのです。貴方が言うように、本当に私たち解放軍の戦いが間違いであるのかどうかを。それを見極めた上で、貴方は自分が正しいと思う道を歩んでください」


 リ・オオの曇りなき瞳が正面からアグ・ノモを捉える。――すると数秒の間を置いてから、彼は「フッ」と笑った。


「了解した。君の提案に乗ろう。解放軍のリーダー、リ・オオ」


 納得のいかない表情のタウ・ソクと、満足げに微笑むアマ・ラの前で、解放軍のリーダーと元帝国のエースが握手を交わした。



 ***



「ではメイ・ハン、あとは手筈通りにお願い致します」


「オーケーだ、お嬢ちゃん。商品ブツはもう港に送ってある。すぐにでも積み込めるぜ」


 店の出口でメイ・ハンと納品の段取りの確認をするリ・オオと、彼女から離れることのないタウ・ソク。彼らを横目に、アマ・ラは小さな声でアグ・ノモに呼び掛けた。


「なあ。あのさ……ちょっといいかな?」


「何かね?」


「ここじゃあの、アレだから――」


 と言って彼女は、アグ・ノモを引き連れてリ・オオらから少し離れる。


「何かね?」と再びアグノモ。


 彼の悪意の無い視線を向けられて、アマ・ラは気不味そうに暫く沈黙していたが、やがて意を決して口を開いた。


「……あのさ、バハドゥでのことなんだけど」


「バハドゥ? あの公園の時のことか」


「いや、そっちじゃなくて……」


「――?」


「アンタ、宇宙で赤いビャッカと戦っただろ……?」


「……ああ」


「アレに乗ってたの……俺なんだ」


 それだけ伝えるのが彼女には精一杯で、その後の言葉をどう伝えたものかと――否、伝えるべき言葉は頭の中にハッキリと浮かんでいるのに、それを思うように発することが出来ず、彼女は声をくぐもらせた。

 するとアグ・ノモは、少し哀しげで優しい微笑みを浮かべて。


「そうか――」と、一言。


 そしてその後に、アマ・ラの予想していたものとは正反対の言葉を口にした。


「……すまなかった」


「え――?」


「知らなかったとは云え、君のような少女に引き金を引かせたのは、私たち軍人おとなの責任だ。辛い思いをさせてしまってすまなかった」


「いや……そんな、俺は――だって……」


 アマ・ラが深々と陳謝するアグ・ノモの姿に戸惑っていると、彼は頭を上げてから言う。


「タウ・ソクに偉そうなことを語っておきながら、覚悟が足りないのは私自身だったようだ」


「…………」


「タナ・ガンも――君が撃ったパイロットも、君を恨むことはないだろう。だからアマ・ラ、君も自分を嫌いにならないでくれ。正しい行いであったと、そう思うことが彼への手向けだ」


 微笑むアグ・ノモのその台詞を聴いて、アマ・ラは静かに「……うん」と頷いた。涙は堪えることが出来た。

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