EP17-7 予期せぬ遭遇

 店内を見回す三人――。アマ・ラがその辺の部品を手に取って眺めていると間もなく、大柄で肥満の体に作業用の厚手の前掛けをした黒人の男が、店の奥からのそりと出てきた。


「ここはガキの来るとこじゃねえぞ」


「――メイ・ハンか?」とタウ・ソク。


「人違いだ。けえんな」


 若々しい三人を見て巨体の男――メイ・ハンがそう突っぱねると、タウ・ソクの後ろに控えたリ・オオが徐にフードを取った。


「『壊れた人形』を依頼した者です。取引の確認に参りました」


 美しい真珠色の髪と力強い青い瞳を持った少女が、毅然とした態度で告げる――壊れた人形、というのは事前にコタ・ニアが打ち合わせていた合言葉であった。するとメイ・ハンはその姿を吟味するようにめ回した。


「……フン、なるほどな。アンタがリ・オオか――少女ガキにしちゃ肝が座ってるようだ。そっちのアマ・ラ小せえのも仲間か?」


 彼が指差す先には、店内に並んだ骨董品の様な通信機を手に取って、面白そうに眺めているアマ・ラ。


「はい。彼女も我々の仲間です。こちらのタウ・ソクも」


「なに――タウ・ソク? こいつが……?」


 メイ・ハンはまじまじと、少し緊張した面持ちのタウ・ソクを見る。


「驚きだな。まさかあの『蒼海の死神』がこんなガキだったとは……。解放軍のパイロットは皆若いと聞いてたが」


「そんなことよりも物資の確認をさせてくれ」とタウ・ソク。


「ああ。――要望の品は大体揃えたが、何せ取り締まりのキツい商品モンばかりだ。中古や代替品も混ざってるが、そこは勘弁してくれ」


 そう言ってメイ・ハンは、納入する品物の一覧と値段が書かれた紙をタウ・ソクに渡した。


「データは残せねえからな。その紙は確認したら必ず燃やしてくれよ」


 彼は頷いて、受け取った一覧表に目を通す。


「――事前の話より大分高くないか?」


「手配するのに相当手こずったからな。久々の大口顧客だ、それでもかなり安くしたほうだぜ」


「……ジェネレータ用の圧縮交換器の数が足りないが?」


交換器そいつは知り合いから連絡があってな。相場の3倍で買うって客がいたから、悪いが1つそっちに回させてもらった。どうしてもってんならアンタらで交渉してくれ」


「なに? そんな話、勝手過ぎ――」


 タウ・ソクが不満を口に出そうとすると、リ・オオが名を呼んでそれを制する。


「解りました、ご主人。それの交渉はこちらでさせて頂きます。その方はどちらに?」


「さっき連絡があった。丁度これから取りに来るところだ」


 メイ・ハンが言い終えたタイミングで、店の入り口から入ってくるスーツの男。その男がアグ・ノモであると、最初に気付いたのはアマ・ラであった。

 その顔を見るなり「あ」と声を上げた彼女に、アグ・ノモもすぐに気が付いた。


「君は――」


 当然彼もアマ・ラの顔を憶えていた。しかしアグ・ノモがその先の言葉を言うよりも早く、アマ・ラの声に振り返ったタウ・ソクが叫んだ。


「貴様――っ?!」


 咄嗟に腰の後ろに手を回したタウ・ソクは、ジャケットの裏に隠し持っていた銃を素早く抜きさる。そしてリ・オオを庇う様に自分の後ろに退けさせた。


「なんだ? 喧嘩ドンパチなら店の外でやってくれよ?」


 不穏な空気を敏感に読み取ったメイ・ハンはそう言いながら、彼も自身も大きく膨らんだ前掛けの裏に隠した銃に、抜かりなく手を伸ばしていた。

 しかし対するアグ・ノモはそんな彼らの反応には全く動じず、寧ろアマ・ラがそこに居合わせたことに驚いている様子であった。


「君は――アマ・ラだったな」


「よ、よう……久しぶりだな。元気か?」


 ぎこちない笑顔のアマ・ラに、アグ・ノモは軽く微笑んで見せた。


「勿論だとも。君も元気そうで何よりだ。しかしアマ・ラ……、君は解放軍だったのか」


「ああ……まあ一応、な? でも騙すつもりは無かったんだぜ? ホントにさ、前にバハドゥでアンタと逢ったのはマジで偶然なんだ」


「なるほど。そういうこともあるか……」


 アグ・ノモは感慨深く頷いてから、傍で二人の会話に耳を傾けながら注意深く彼の動きを見張るタウ・ソクに声を掛ける。


「こうして直接顔を合わせるのは2年振りか……。君の顔は憶えているよ――ヴィローシナのタウ・ソク。そちらに隠れているのはリ・オオ女史か」


「……貴様が何故ビゾネこの星にいる? ここは帝国の領地じゃないんだぞ」


 リ・オオに距離を寄らせまいと、用心深く位置を気にするタウ・ソク。


帝国云々そのことなら、私はもう帝国の軍人ではない」とアグ・ノモ。


「見え透いた嘘をつくな。帝国のエースが軍を抜けるはずが無いだろう」


「嘘などではない。もっとも抜けたのではなく、抜けさせられたのだがね……。今の私はエースどころか、寧ろ帝国に追われる身だよ」


 すると彼の台詞を聴き、その発せられた言葉の揺らぎを解析したアマ・ラが言った。


「タウ・ソク、この兄ちゃんの話はマジだ」


「なに? 何故そう言い切れ――いやそうか……分かった」


 タウ・ソクは、アマ・ラが源世界から来た規制官にんげんであることを知っている為、彼女がそう断言するならば事実そうなんだろうと受け入れた。


「………………」


 しかしその事実にどう反応したものかと考え、タウ・ソクが押し黙ったままでいると、リ・オオが進み出て口を開く。


「ここで問答していても仕方ありません。今の彼が帝国軍ではないと言うならば、明確に敵対するよりも、まずは会話に臨むべきでしょう。――貴方には交渉したいことがあります、アグ・ノモ。宜しいでしょうか?」


「私はもとより、こんな場所で争うつもりなど無いよ」とアグ・ノモ。


 すると横からメイ・ハンが同意した。


「お嬢ちゃんの言う通りだな。……解放軍と帝国のエースってだけで大体の察しはつくが、とりあえずアンタらはどっちもウチの客であることに変わりはねえ。下手に暴れねえって約束できるなら、交渉には奥の部屋を使ってもいいぜ。――安心しろ、盗み聴くつもりも情報を売るような真似もしねえ。信用が無けりゃ、やってけねえ商売だからな」


 彼が親指で店の奥を指すと、リ・オオはタウ・ソクと目を合わせて頷いた。



 ***



 四人掛けのテーブルの片側に、リ・オオとタウ・ソクが並んで座り、その後ろの壁にアマ・ラがもたれ掛かるように立っている。対面の椅子にアグ・ノモ。


「それで交渉というのは?」と切り出したのは、アグ・ノモからである。


「メイ・ハンが貴方に売るといった機甲巨人用のパーツは、元々私たちが買う予定の物でした」


 リ・オオの横で、不機嫌な表情を隠そうともしないタウ・ソクを差し置いて、彼女は会話を始めた。

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