EP17-6 商人の街

 惑星ビゾネは自由貿易を信条とする、謂うなれば商人の星であり、この銀河に住む様々な人間が訪れては、あらゆる取引が行われる物流の要であった。

 あらゆる取引とはつまり、非合法の電子嗜好品ドラッグや、機甲巨人の武器や部品パーツ、果ては人身に至るまで――所謂、闇の流通経路を含んでいるということである。そしてどちらかと云えば、この惑星くにの経済を成り立たせているのは、その裏の顔であった。


 帝国叛逆者の汚名を着せられ、移送途中のレジスタンスの襲撃を機に脱走したアグ・ノモは、帝国から逃れる為にこの惑星へ密かに入国を果たしていた。

 幸いにして『誰でも受け入れ何でも売る。そして客の秘密は漏らさない』という鉄則があるビゾネは、どう見ても訳ありである彼ですらすんなりと受け入れた。そして彼は港のドックにバタンガナンを預け、ビゾネでも最も闇の色が深い街――ウロンという商業都市に身を隠し、再び戦場に返り咲く機を伺っていたのであった。



 ***



「いらっしゃい――なんだ、またアンタか」と、薄汚れたカウンターを拭く、禿げた頭の店主マスター


 薄暗いバーに無言で入ってきたのは、カーキ色のスーツを着たアグ・ノモ――店主が今しがた拭き上げたばかりのカウンター席に座る。

 まだ陽がようやく落ち始めたところで、開店したばかりの店内に客は見当たらなかった。


「アンタ、ここんとこ毎日顔出してるな。こっちとしちゃ客が多いにこしたこたぁねえが、そう辛気臭え顔で長々と居座られてもな。――いつものでいいのかい?」


「ああ」


 店主はショットグラスに泡立つ真っ赤な液体を注ぐと、それを雑な動作でアグ・ノモの前に置いた。


「新しい情報さけは入っているかね?」とアグ・ノモ。


 アグ・ノモがいるウロンの街は、この惑星ビゾネの非合法裏の顔を代表するような場所で、巨大な都市全体が雑多で薄汚い繁華街の様相を呈していた。

 お尋ね者や訳ありの人間が大量にいる為、アグ・ノモが身を隠すには最適な場所であったが、同時に暴力沙汰や厄介ごとの数は他の街の比ではない。

 そんな危険な街に身を潜めながら、アグ・ノモは立つべき時に備えて、情報や機甲巨人の装備を集めていた。無論それは帝国の悪習や体制を変えるという、彼の信念の下にである。


「――帝国絡みじゃあ大した情報モンは入ってねえな……。いよいよ解放軍の粛清に乗り出したって噂はあるが」


「粛清、か……」


「部隊を指揮してんのは、古参のモウ・ヴァ将軍や武闘派のオラ・ガン将軍じゃなく、新しく将軍になったばかりのガー・ラムって男らしい」


「そうか……(あの男が粛清の指揮を――然もありなんだな)」


 グイッと酒を一息に飲み干すと、空いたグラスに店主が次を注ぎながら言った。


「――ああそういや、解放軍の連中が今朝入港したみたいだぜ」


「解放軍がこの街に? 間違いないか?」


「ああ、これは確かな筋の情報だよ。大っぴらにゃあなってねえが、結構な歓迎ムードらしいぜ? 俺もそうだが、この街じゃ帝国は嫌われモンだからな。もっとも心底帝国好きなんて奴ぁ、優遇されてるゼペリアンぐらいなもんだがよ」


「――そうかもしれんな。……私も帝国は嫌いだ」


 アグ・ノモがそう言うと、店主は「ふぅん……」と改めて彼の姿を見た。


「――意外だな」と店主。


「何がだ?」


「俺は随分色んな奴を見てきてるから判るが――アンタ、ゼペリウスの出身にんげんだろう?」


「何故そう思うんだ?」


「惑星訛りが全くねえからな。おまけに踵に重心を乗せきらねえ歩き方は、軍人のそれだ。だからてっきり帝国の兵士なんだろうと思ったんだが、違うのか?」


 するとアグ・ノモは軽く笑った。


「大した洞察力だ。……だが惜しいな、私の出身はカリウス星系のカデラだよ。育ったのはゼペリウス星系だがね。それに今の私は軍人ではなく、元軍人だ」


「なるほどな――」


 得心した様子の店主は、しかしそれ以上の詮索は藪蛇になると判断したのか、すっぱりと話題を切り替えた。


「ところで前にアンタが探してたジェネレータの圧縮転換器だが、E地区のメイ・ハンの店で近々入荷するらしい。アイツの店は一見さん知り合い以外はお断りだが、何なら俺が口利いてやってもいいぜ?」


「それは助かる」


「だがまあ、解っちゃいるとは思うが、タダってわけにはいかねえ。ウチは情報屋のみやだからな」


 店主がそう求めると、アグ・ノモは「ふむ、そうだな――」と顎に手を当てて暫く考えた後。


「帝国軍のアグ・ノモという男を知っているか?」


「アグ・ノモ? ああ、そりゃ勿論だ。帝国のエースだろ? 帝国軍自体は嫌いって奴でも、あの橙色オレンジ機甲巨人バタンガナンに憧れるパイロット巨人乗りは多いぜ。……ひょっとしてアンタ知り合いか?」


「ああ……。――だが彼は死んだよ」


 アグ・ノモが哀傷した表情で告げると、店主は軽く身を引いて驚きを露わにした。


「なに、そりゃ本当か?! 確かに最近話を聞かねえと思ってたが――そいつが本当ならビッグニュースだぜ?」


 これは良い情報ネタが入ったと喜ぶ店主に、アグ・ノモは小さく笑って「本当さ……」と、静かにグラスを傾けながら言った。



 ***



 ウロンの街の雑踏の中を歩く、タウ・ソクとリ・オオ。その後ろにはアマ・ラ。――タウ・ソクは茶色いボアジャケットと青いジーンズ。リ・オオは真珠色の滑らかなロングヘアーを団子状に束ねて、灰色のブルゾンのフードにしまい、黒っぽいカーゴパンツを履いていた。アマ・ラは淡いピンク色をした丈の短いワンピース。

 変に地味過ぎる服で作り込むよりも、こういった好き勝手な服装の方が、様々な人が行き交う街の中にはよく溶け込んでいた。


 街には大通りもあったが大半は細道ばかりで、それらは酔った蜘蛛が作った巣であるかの如く複雑に入り組んでおり、このウロンに不慣れな人間を惑わせた。

 タウ・ソクは、腕に付けた端末が標示するホログラフィの地図を確認しながら辺りを見回す。


「メイ・ハンの店――この辺りだと思うんだけどな……」


 道が狭い上に人が多過ぎるのと、建物に幌や看板が乱雑に掲げられているせいで、配置だけが標示されている地図と周囲の生きた景色とでは、大分違って見えた。


「見つからないのですか?」とリ・オオ。


「うーん……すぐ近くまで来ているはずなんだけど――」


 困り果てた様子のタウ・ソクに、のんびりとして頭に両手を乗せたアマ・ラが言った。


「そこの右の青い壁、映像ホロだぜ。その先に階段がある」


 右眼をぼんやりと光らせる彼女には、偽造された壁が透けて視えはっきりと、その道から地下へと続く階段が表示されていた。


「え――?」とタウ・ソクがその壁に手を触れると、壁にノイズが入って手が突き抜けた。


「本当だ……よく判ったな」


 アマ・ラのナビゲーションに従って進むと程なくして、三人は目的地であるメイ・ハンの店に辿り着いた。

 表向きは単なる怪しい雑貨屋だが、それと知った客には銃器類や機甲巨人のパーツを売るのがこの店である。コタ・ニアが事前に調べ上げて話をつけ、解放軍はここから様々な――主に機甲巨人に関連した物資を秘密裏に調達することになっていた。

 タウ・ソクを先頭に彼らが薄暗い店に入ると、店内には日用品である機械類や、細かく分かれすぎて何の部品であるかも解らないジャンク品などが、無造作なレイアウトで所狭しと置かれていた。彼らの他には客が一人も見当たらなかった。

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