EP17-5 定まる針路
帝都ゼドで皇帝グス・デンの正体に洞察を得たガー・ラムは、その勅命に従い表向きは解放軍を掃討する粛清隊として、大人しくカッツマンダルに戻ったのであった。しかしその胸中では既に今後の方針が決定付けられていた――。
艦内の執務室で椅子に座るガー・ラムの前に、机を挟んで威儀を正すシュ・セツ。
「粛清隊隊長への御就任、改めて礼賛致します」
彼のその第一声を「些事に過ぎん」と簡単に切り捨てて、ガー・ラムは机上で光るパネルを淡々と操作している。
(些事? 皇帝陛下の勅命が? 帝国軍人としてこれほどの名誉なことはないというのに、閣下は一体何を……? いや邪推はするまい。この方に付いていけば、いつかこの私も将軍の地位を――)
浅はかな青い野心を胸に抱きつつ、次の命令を黙って待つシュ・セツ。するとガー・ラムは手を止め、彼に向き直る。
「ビゾネに行く」
「はっ――」と、シュ・セツは反射的に答える。いくら接しても慣れることのない、圧迫感を伴う視線には気を抜けなかったが、どうやらこの将軍はそれが普通の状態であるらしいと理解してからは、大分緊張が解れた様子であった。
(ビゾネ――共和星系のファルーゼか)とシュ・セツ。
――ファルーゼ星系は人間が進出している星系の中で、唯一帝国の支配下でない宙域であり、3つの惑星国家が結託して治めている共和制の星系であった。
その中の1つである惑星ビゾネは、星系間特別貿易協定宙域と呼ばれ、あらゆる星系の人種を受け入れる代わりに、いかなる国家・団体・個人であっても、一切の軍事的行為を禁止されている惑星である。無論それは帝国とて例外ではない。
「失礼ですが閣下。何故ビゾネまで? 解放軍はシギュリウス星系にいるのでは?」
「我々のヤウロン鎮圧を知れば、次はいよいよ
「なるほど。流石は閣下」と、シュ・セツは大袈裟に感心してみせる。
(カッツマンダルでビゾネ政府に圧力をかけ、反乱分子を纏めてあぶり出すおつもりなのだな)
そう意を汲むシュ・セツであったが、しかし当然ガー・ラムには解放軍を殲滅するつもりなどない。彼の考えは寧ろその逆であった。
(帝国皇帝グス・デン――人間とも人工物とも見えるあの生命の
ガー・ラムの口角が僅かに上がる。
(挑発か、或いは我を試しているのか。いずれにせよ他の規制官と合流せねばなるまい)
彼はその判断の下、カッツマンダルの針路をファルーゼ星系ビゾネへと向けたのであった。
***
シギュリウス星系バハドゥの戦略基地で、出航を今や遅しと待つ
「ビゾネに向かいます」とコタ・ニア。
階段状になった席を埋める兵士達を前に、参謀である彼が説明をする。その部屋にはザンデバから合流した解放軍の面々、そして彼の隣にはリーダーの少女リ・オオの姿もあった。
最前列には白いパイロットスーツを着たタウ・ソク、マユ・トゥ、そしてアマ・ラ。――マユ・トゥがいつも通りの生真面目な顔で口を開く。
「ビゾネと言うと、ファルーゼ星系の協定宙域ですよね?」
彼女を見てコタ・ニアが頷く。
「そうです。我々の目的地は言うまでもなくゼペリウス星系の帝都惑星ゼド――そこに最も近い星系はフォラトスですが、当然帝国の領地であるフォラトスには主要基地の惑星デリガンがあります。もしそこで足止めをくらえば、前門の
「僕らが
「ええ。連絡を取っていたヤウロンのリーダーから、『計画は順調』と聞いていたので安心していましたが……予想外でした」
コタ・ニアが無念そうに言うと、席の後ろの方から一人の兵士が口を挟む。
「帝国がとんでもない新型を開発したって話だぜ? なんでもレジスタンスの主力部隊は、そいつ1機に全滅させられたって噂だ」
「それも聞いています。黒い大型の機甲巨人――しかも人型ではなく獣に近い形状だと」
「………………」
黙り込んでいるアマ・ラを一瞥すると、コタ・ニアが続ける。
「その黒い新型の戦闘能力は不明ですが、単機で戦況を覆す存在となれば、脅威であることに間違いはありません――。しかしヤウロンに現れたということは、恐らくフォラトス星系を中心に運用されているのでしょう。であれば、ファルーゼに針路を取れば戦わずに済む」
「なら安心ですね」と、マユ・トゥが胸を撫で下ろした。
「ビゾネ周辺――つまり協定宙域に辿り着いてしまえば、帝国は手出しができません。そしてビゾネはあらゆる取り引きが行われる貿易惑星でもあります。そこで物資を買い集め――勿論表立ってはできませんが、裏ルートで充分な戦力を確保し、決戦へ備えます」
すると兵士達から、一斉に「おおお」という感嘆が漏れた。
「ようやく終わりが見えてきたな」とタウ・ソク。
そこでリ・オオが頷き、一歩進み出て口を開いた。
「皆さん、私達の最終目的地である帝都は目の前に迫っています。ビゾネで他のレジスタンスの方々とも合流し、準備が整い次第我々は帝都に進攻します。そして、暴虐の皇帝グス・デンを討ち取ります!」
力強い彼女の宣言に兵士達は一層沸き立つ。
そんな中、唯一人浮かない顔をしていたアマ・ラの横にタウ・ソクが来て声を掛けた。
「――アマ・ラ」
「……ん、どした?」
「いや、その……」
アマ・ラに真ん丸の瞳を向けられて、逆に彼が気不味そうに目を逸らした。
――別世界から彼を護りに来たという少女。いつも飄々と明るく、超越的な強さと自信を持った彼女は、しかしバハドゥ攻略戦の後、ビャッカのコックピットの中で独り泣いていた。あれが多分本当の彼女なのだろう――そう思うと、タウ・ソクは自分達の行為の異常さを考えざるを得なかった。
(どんな世界だって、どんな人間だって――相手を殺して平然としていられるのは、おかしいんだよな……きっと)
そう思いながら小さな横顔を覗く。
「大丈夫なのか? アマ・ラ」
「――何が?」
「あ、いや、この前からその……少し元気が無さそうだったから」
「…………。別に大丈夫だよ俺は。お前のことはキッチリ護るしさ?」
「そ、そうか……」
アマ・ラの台詞が強がりなのか責任感からくるものなのか、タウ・ソクには読み取る術が無かったが、本人がそう言う以上余計な言葉は言うまいと口を噤む。
周囲が気勢に包まれている中、二人の間に暫し沈黙が続くと、アマ・ラは前を向いたまま静かに言った。
「……ありがとな、タウ・ソク」
「いや……いいんだ。――こちらこそ」
***
――翌日の朝。
完全に修復を終えたヴィローシナとその他のビャッカ、そして新生ビャッカ改を載せた機動戦闘艦インダルテは、朝焼けと基地の残留部隊の声援をその身に浴びる。そして白い船体を輝かせ惑星バハドゥを出立した。
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