EP17-4 皇帝

 ゼペリウス星系、帝都惑星ゼド――。巨大な迎撃用衛星群が取り巻くその星は、地表の大半が金色に輝く超高層の建造物ピラミッドで埋め尽くされた、惑星そのものが一つの都市を成す、ヴェルゼリア帝国の心臓部である。

 その中でも一際洪大な黄金色のピラミッド――皇帝グス・デンの居る金皇宮きんこうきゅうの脇に、ガー・ラムの乗ったキマリィが停泊していた。



 ***



 樹齢数千年の大木を思わせる金属の柱。それが両側に等間隔で立ち並ぶ、広大な空間が謁見に使われる金皇宮の広間であった。

 眩い金の壁には紺色の帝国旗がずらりと掲げられ、数千人の近衛兵士が整然と並んだ中央に長大な赤い一本道カーペット。それを辿った先には、10段程の高さを置いた機械仕掛けの玉座。そこに皇帝グス・デンの姿があった。

 グス・デンは聖職者が着るような縦襟の濃紺の長衣を纏っており、能面にも似た無表情な金属製の仮面をすっぽりと被っている。頭部がくまなく覆い隠されている為、肌どころか髪の毛一本、皇帝ほんにんの肉体を示すものを覗うことは出来ない。


 彼の前には、右膝を突いて頭を垂れる三人の男。それぞれが将軍の地位を与る、モウ・ヴァ、オラ・ガン、そしてガー・ラムである。

 兵士達を含め誰一人、物音ひとつ発しない静寂の中に、老若男女全ての声を重ね機械的な処理を施したような声が響いた。


「陰謀とは――」


 その声は玉座の皇帝グス・デンが発したものである。グス・デンは重々しく3人の将軍達に語り掛けた。


「恐るべき陰謀とは、如何なるものか……」


 静かな問いに「恐れながら申せば」と、年配の白髭を蓄えた武骨な老人――モウ・ヴァが答える。


「――それは御身の御命を狙うものかと」


「ふむ……」とグス・デン。


「他にはないか?」


 すると今度はオラ・ガン。――赤褐色の髪で切れ長の鋭い目をした、やや小柄な壮年の武人である。その面持ちは息子のタナ・ガンとよく似ていた。


「申し上げますに、真の陰謀とは、己は影で操り一切手を出さず、他人の手によって成すもので御座います」


「ふむ……」と、再びグス・デン。


「ガー・ラムよ、貴様はどう考える?」


 直接問われて、そこで初めてガー・ラムは顔を上げ口を開いた。


「恐るべき陰謀とは、存在せぬものであろうかと」


「存在せぬ、か。――詳しく述べてみよ」


 ガー・ラムはゆっくりと頷いた。


「陰謀とは、はかりごとの始まりから終わりまで、そして完遂して尚、誰一人としてそれが謀であったと――そこに陰謀が在ったことにすら気付かぬ、そのようなもの」


「なるほど。故に『存在せぬ』と申したか」


「御意」と、うやうやしくガー・ラム。


 グス・デンは暫く黙り込んだ後、更に尋ねた。


「ガー・ラムよ、儂は今『恐ろしき』と言ったが――恐怖とは何と考える?」


 ガー・ラムは再び頷いて答える。


「恐怖というのは未知。知り得ぬもの、理解の及ばぬ対象――何者であるか、何を為さんとするか、どんな目的を持つか。そう云った性質を理解できぬ場合に生まれるもの。しかし――」


「しかし……?」


「真の恐怖とはその逆。対象を脅威と知り得た上で、それが絶対に抗えぬものであると理解すること。絶望を理解することこそ、真の恐怖」


「ふむ、慧眼よのう」


 仮面の下の表情は見えず、声色からも感情を窺い知ることはできなかったが、グス・デンは満足げに笑った。しかしガー・ラムの表情は微かに怪訝の色を見せた。


皇帝この男……我と相対する者が必ず見せる、恐れや慄きが感じられぬ。われという存在を知っているか、それとも普通の人間ではないか――或いはその両方か)


 ガー・ラムは静かに目を瞑り、1秒ほどで再び目を開く。すると彼の瞳は黄色い竜のそれへと変じていた。

 ――剣と魔法の世界アーマンティルに住む竜は、元来備わった能力で、魔力や生命力といった目に視えぬものを見ることが出来る。それは本質的には存在の情報の一部を読み取る力で、その眼で見れば生物にはオーラの様な漂う光が見えるのである。


(――なるほど。そういうことか)


 しかし皇帝グス・デンから発せられる光は微々たるもので、脳の中心に僅かな光の粒があるだけであった。

 ガー・ラムの瞳の変容に気付いているのか否か、グス・デンは淡々と言葉を続けた。


「では帝国将軍ガー・ラムに命ずる。貴様はこれより粛清隊を指揮し、解放軍並びにレジスタンスを掃討せよ」


「御意――」


 ガー・ラムは何も追及することなく、深くお辞儀をしてから踵を返した。その後ろ姿を無機質な仮面が見送っていた。

 

 

 ***

 

 

 彩度の低い玉虫色の雲を突き抜けて宇宙そらへと昇っていくキマリィを、金皇宮ピラミッドの最上端――壁一面が透明になった部屋から見つめるグス・デン。


「これで良かったのかね? コールマン君」


 彼はキマリィから流れ出る推進剤の軌跡を追いながら、しわがれた地声でそう尋ねた。――それに答えるのは少年の声。


「与える情報としては充分でしょう」


 後ろからそう返したのは少年の姿をした、ファントムオーダーのメベドであった。


「私から伝えるべきだったのではないのかね?」とグス・デン。


「いや、彼らが自力で真実に辿り着くことすらできない人間なら、どの道これから先を生き抜くことは――あの怪物と戦うことはできない」


 メベドが断言すると、グス・デンは徐に仮面を脱いだ。神妙な面持ちの彼の顔は、両目が閉じられた老いた男性――それは老人である時のメベドと同じ顔であった。


「情報次元が生み出した怪物……界変のアルテントロピーか」


「うん――。そろそろ向こうも動き始めたみたいだ。あいつが界変を始める前に、僕らは一つでも多くの亜世界を、FRADフラッドで昇華させないといけない。その為には彼ら規制官の力が必要だ」


「そうだな……。君が言っていた例の女性はどうなっているのかね? クロエ・白・ゴトヴィナといったかな」


「彼女なら、恐らくもう思い出し始めていると思う。隔離されていた情報――リマエニュカの名を源世界に紐付けたからね。そして僕が残した言葉の真意を読み取れたなら、直に僕らの許へやってくるはずだよ」


「そうか……間に合えば良いが――」


「クロエなら大丈夫。あとは彼女に、どれだけの規制官が味方に付いてくれるか、というところだけどね」


「運命は女神かみのみぞ知る――か」


 グス・デンが胸の前で十字を切ると、しかしメベドは首を横に振って言った。


「教皇様には申し訳無いけど、僕らは女神クロエにばかり頼ってはいられない。やれるだけのことはやらないとね」

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