EP17-3 暗殺

 宇宙空間に散乱し漂う無数の破片は、ガルジナとドナームの残骸である。恒星の光を反射して煌くその様は、無情に散らされたパイロット達の涙にも見えた。


「――圧倒的ですね、そのアーガシュニラは」とシュ・セツ。


 仁王立ちで佇む、黒い機甲巨竜と化したガー・ラムは、右手に持っていたドナームの頭を大気圏に向かって放り投げた。


「ガルジナよりは馴染む。悪くはない(――が、やはり尾は欲しいな)」


「開発長には私から伝えておきましょう。――どうやらこの中域を固めていた部隊が敵の主力だったようですね。こちらを閣下に一掃されたのが伝わって、他の地域のレジスタンスは撤退を始めたようです。……これでヤウロンの叛逆の芽は潰えたかと」


「流石は閣下」と称えるシュ・セツであったが、一方のガー・ラムには戦勝の喜色を示す様子など微塵も無かった。


「残りは残存の駐留軍が片付けると思います。しかし此度の勝利は閣下のお力とアーガシュニラあってこそのもの。やはり帝国の武の誉れはアグ・ノモなどよりも、正統なるゼぺリアンである御身にあるべきです。これからはそのアーガシュニラが――」


 揚々とを並べるシュ・セツの言葉は届いていない――。ガー・ラムには、アーガシュニラの慣らし運転やレジスタンスの討伐という目的もあるにはあったが、真の目的は別にあったからである。彼の思考は規制官のそれであった。


(ファントムオーダーが帝国にも解放軍にもいないとすれば、その他の勢力に紛れ込んでいるかとも思ったが――その様子も無かったな。この亜世界がと考えれば、逆に敢えて手を出さずにおくことで、ウィラの目を欺くという手も考えられるか。或いは今の我においても探り得ぬ地位にいるもの――)


 となればそれは、人前に殆ど姿を表さず素顔を晒すことすらしない皇帝、帝国の最高統治者グス・デンのみである。


(得体の知れぬ人物……用心深い人間と考えれば得心はいくが)


 しかしいずれにせよ、現在はその皇帝の許へと向かっている最中である。遅かれ早かれその疑問は解けるであろう、というのが彼の結論であった。


「シュ・セツ」


「はっ――」


「カッツマンダルに戻る。生存者がいれば救助艇を要請してやれ」


「承知致しました」


 ガー・ラムはそれきり、無残な戦場の風景には目もくれず、アーガシュニラの身を翻して翼を広げた。そして2機は虹色の軌跡を残してその宙域を後にした。



 ***



 都市型要塞艦カッツマンダルは、ヤウロンの叛乱を鎮圧したガー・ラムらを回収すると、その足を緩めぬまま粛々と帝都へと近づいていた。


「ガー・ラム閣下、間もなく帝都防衛圏内に入ります。――降下のご準備を」


 艦長室で執務を行うガー・ラムにブリッジからの通信が入った。彼は手を止めて無言で席を立つ。

 ――カッツマンダルはその大き過ぎる質量の為、惑星の重力圏に近付くことは出来ない、完全に宇宙空間用の要塞である。故に帝都への進入は、大気圏突入及び離脱が可能な艦艇――今回は宙空両用の巡洋艦キマリィを用いる。

 ガー・ラムは戦闘服を兼ねた濃紺の軍服から、正式な謁見や式典に用いられる、金糸の飾緒しょくちょが付いた礼服に着替える。こちらもやはり色は帝国軍のシンボルカラーである紫紺であるが、如何にも形式ばった帝国らしい、非実用的戦闘に向かぬ装いであった。

 彼は前髪が白いメッシュになった長い黒髪を、オールバックに束ねて改めて襟元を正す。凹凸の無い銀色のドアが彼を映すと、姿見そこには知性をもって凶暴性を包み込んだような、一見して只ならぬ貫禄を持つ偉丈夫の姿があった。


(フッ……この我が人間とはな――)と、ガー・ラムは心中で擦れた笑いを零す。


 1分とかけずに支度を済ませて部屋を出た彼を、廊下で直立して待っていたシュ・セツが敬礼で出迎えた。


「おはようございます、閣下。――キマリィは2番ドックです。ご案内致します」


 ガー・ラムがそれに頷くと、シュ・セツが先導して歩き始めた。高速エレベーターで下に降り、滑らかに動く自動歩道に乗って、指令棟から宇宙艦用の港湾船渠せんきょへと向かった。



***



 巡洋艦を8隻格納できる広さの船渠ドック。開閉式の天蓋は開け放たれ、煌びやかな星空うみが頭上を埋めている――。そこに控えた紫紺色のキマリィの全長は450メートル程。ビーム砲塔が備えられた甲板、そして艦の周囲には、ガルジナと帝国兵達がずらりと整列していた。

 それを見下ろす管理棟にガー・ラムとシュ・セツが入ると、建物の壁からキマリィの第二艦橋へと、強化ガラス製の四角い筒タラップが澱みなく伸びていった。


「閣下、どうぞこちらへ――」と兵士が促すと、ドアが両側にスライドして開き、キマリィへと繋がった一本道。

 ガー・ラムは威風堂々親衛隊を従えて、その透明の壁の渡り廊下に歩み出る。廊下を挟んで向かい合う2機のガルジナが、蛇の模様が描かれた巨大な軍旗を掲げた。


「全体――敬礼ッ!」


 ガー・ラムの姿が現れると、全ての兵士達は一糸乱れぬ動きで敬礼。当のガー・ラムは無表情だが、付き従う親衛隊やそれを見る者は皆、どこかしら誇らしげであった。


 すると、ドックの作業機械の陰に隠れていた一人の帝国兵――の格好をしたレジスタンスが、懐から素早く銃を取り出す。


(あの男が――)


 レジスタンスの男は帝国軍に身を扮し、このカッツマンダルの中でガー・ラムを狙う機会を窺っていたのである。皆の視線が廊下を渡るガー・ラムらに集まる中、彼の後ろを歩くシュ・セツが目端でそれ刺客を認めた。


「!? 閣――!」


 咄嗟に身を投げ出そうとした瞬間――ドックに響く銃声が皆の耳を劈いた。

 そして、渡り廊下のガラスに風穴。銃口とその穴を結んだ直線から推測すれば、弾丸それは確実にガー・ラムの頭部を捉えていた。


っ――」


 レジスタンスの刺客は標的が崩れ落ちるのを待った、刹那。


(――!!)


 彼は見た――黄色く細められ、蛇の如く縦長に延びた瞳孔。恐るべき竜の瞳。

 斃れる気配など微塵も見せぬガー・ラムの視線には、しかし殺気や敵意などという生々しい感情の類は一切無かった。ガー・ラムは彼をのである。


(! …………)


 その眼を見て刺客は声を失い、その場に凍り付いた。それは銃弾をものともしないという驚愕からではなく、本能的に感じ取った絶望の為であった。喩えるならば、荒れ狂う暴風雨の真っ只中に、命という蝋燭の火を曝け出すような圧倒的恐怖。そんな絶対的な存在そのものの格差である。


「……ぁ………」と、刺客の呼吸に漏れ出す音が混ざった時、彼の頭を帝国軍の銃弾が貫いた。プツンと事切れ崩れ落ちる。


「――閣下!」とその身を案じたシュ・セツもまた、一瞬その竜の眼に見据えられ言葉を失った。


「…………ぁ。……お、お怪我は――?」


「問題無い」とガー・ラムは一言。


 答えた時には、既にその瞳は深い黒を湛えた、いつもの人間の眼に戻っていた。

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