EP17-2 黒い悪夢

 惑星ヤウロン付近の宙域では、帝国軍の駐留軍と、ヤウロンで蜂起したレジスタンスの交戦が白熱していた。しかし無数の光の交差線は徐々に、帝国の陣営から発せられるものよりもレジスタンスのそれが勝り始めた。


「レジスタンスめ……こいつらどこからこんな戦力を――っ!?」


 そう叫んだ帝国軍のガルジナは、直後にビームの直撃を受けて爆散。


 ――ヤウロンのレジスタンスが投入した機体は、青く染められた機甲巨人ドナーム。解放軍のビャッカを丸く太らせた様なデザインで、尖塔の如く上に伸びた兜が特徴的な機体である。

 彼らが装備しているのは、刃がコの字型に分かれた長いもりに似た武器で、その棒柄が銃身も兼ねているため、近接では刺突武器、離れてはビームを放つ汎用兵器である。また分厚い装甲は伊達ではなく、斥力を発生させる為のエネルギーが尽きても、並の剣では早々断ち切ることの出来ない頑強さを誇っていた。その戦闘能力は、長期戦においては帝国主力のガルジナを上回るほどであった。


「皆押し切れ! このままステーションまで攻め込めば勝てる!」


 リーダー格の男の鼓舞によって沸き立つレジスタンスの士気は、彼らのときの声とともにそのまま攻勢へと変換された。その気勢に圧されるように、次々と墜とされてゆくガルジナ――。


「いけいけいけぇ!」


「翠の星を我らの手に!」


「我らの手にっ!」


 その台詞を合言葉に、50機に満たぬレジスタンスのドナーム達は、数で倍するガルジナの軍勢を圧倒していた。それは長年に渡る雌伏の期間ときに、着実に戦力を整え入念に計画を練ってきた、彼らの執念の力であった。

 しかし、その彼らがついに自分達の勝利ほしを手にしようとした矢先――。1機のドナームが先立って、帝国軍の駐留基地ステーションに取り付いたその時である。彼のレーダーに接近する機甲巨人の反応があった。


「――何だ? 機影?」


 高速で接近する2つの点。


「これは……新手の機甲巨人!? リーダー! 航行速度で接近してくる機影を確認しました! 帝国軍の機体です!」


「なに!? 何機だっ?!」とリーダー。


「2機です! 1機はガルジナ! ――がもう一つは不明! 新型かも知れません!」


「たった2機で――増援のつもりか? 新型だとしても、こちらのドナームはまだ40機以上いるんだぞ? いいだろう……迎え撃つ!」


 想定よりも多少タイミングが早かったものの、帝国軍の増援が来ることはレジスタンスの作戦に折り込み済みである。しかし彼らの想定とは大幅に食い違っていた点が二つあった。

 一つは、30機は来るであろうと踏んでいた敵の数が、それの10分の1にも満たないという、嬉しい誤算。そしてもう一つは、その増援が量産機のガルジナではなく、ガー・ラムが駆る規格外の機甲巨人――否、機甲竜人アーガシュニラであるという、最悪の誤算であった。


「なんだアレは……機甲巨人――なのか?」


 レーダーから望遠カメラに切り換えて捉えた、アーガシュニラの異様に、唾を飲むレジスタンスのリーダー。無論彼らが、極秘理にロールアウトされたアーガシュニラの戦闘能力など、知る由もない。


「外付けのブースターも無しであんな速さが……!」


 驚愕も束の間、リーダーはハッとして直ちに指示を出す。


「――1番隊、2番隊、ビーム銃槍ハープーンの長距離射撃準備! あの黒い奴が射程に入ったら、集中砲火を浴びせてやれ!」


 10機のドナームは横一列に並ぶと、槍を両手で水平に構えて、その先端を遥か遠方のアーガシュニラへと向けた。


「射程圏内到達まで、あと20秒、19、18……、じゅう……なな?」


 兵士のカウントダウンが止まる。


「敵機減速――停止しました!」


「……怖気づいたのか?」


 ドナームのビームの射程よりも遥か遠くで止まるアーガシュニラ。しかしその口はレジスタンスの陣営に向かって大きく開かれた。


「え……? エネルギー反応上昇!」


「馬鹿なことを。弩級艦の主砲でもない限り、こんな距離で攻撃が届くはずが――」


 彼がそう高を括った次の瞬間、アーガシュニラの口腔から吐き出される眩い閃光――超長距離を瞬時に突き抜けたビームの柱が、リーダー機の上半身を丸ごと飲み込んだ。


「――! !?」


 1秒程でその激流が過ぎ去ると、彼が在った場所には物言わぬドナームの脚だけが残っていた。


「……は? り、リーダー?」


 突然の統率者の消失に、レジスタンスの殆どの兵士は状況が飲み込めないまま、茫然と静止していた。するとその動かぬ人形の群れに、今度は薙ぎ払われる第2射――。装甲に発生する斥力を容易く押し切って、分厚い装甲板を骨格もろとも蒸発させる。それによって生じた爆発すら合わせ呑んで、極太のビームは一気に10機を塵と化した。


「嗚呼……」


 そこでようやくレジスタンスの兵士達は、自分らの目の前にあるのが単なる一巨人ではなく、竜をかたどった黒い悪夢であることを理解した。


「う……うわ……」


 言葉にならない彼らの弱々しい掠れ声は、誰から発したものでもなく、しかし一様に退却の前触れであった。


「じ、陣形を……散開して――なるべく……」


 リーダーの補佐を務めていた男が、辛うじて指示らしきものを飛ばしたものの、それが彼の遺言となった。――3射目で消し炭となる。


 てんでばらばらに撤退し始めるレジスタンスを遠方に見ながら、ガー・ラムは「ふむ」と頷く。

 アーガシュニラの口の周りは、自身が吐き出したビームの熱によって仄かに赤熱していたが、宇宙空間にその熱を奪われすぐに黒みを取り戻した。


(連続使用はジェネレーターへの負担が大きいか。最高出力ならば極大魔法程度の威力にはなるが――)


 魔法それをほぼ無尽蔵に撃ち続けられる災厄竜じぶんに比べれば、この機体からだはあくまで己の劣化版でしかないな、というのがガァラムとしての感想であった。

 しかし彼の正体そんなことを知りもしないレジスタンスや、隣で見ていたシュ・セツからすれば、アーガシュニラの戦闘能力は桁外れであった。


「シュ・セツ」とガー・ラムが呼び掛けると、呆気にとられていたシュ・セツが身を震わせた。


「はっ!」


「近接戦闘のデータを取る。ついて来い」


「承知致しました!」


 航行用のブースターをその場に取り外パージしたガルジナを置いて、アーガシュニラは一足先にレジスタンスの元へと飛び去る。大きく広げた両翼の3連スラスターから虹色の粒子を噴き出すと、その速度はたちまち最高速へと達し、速度で劣るドナームを悠々捉えた。そして翼を前方に羽ばたかせて急制動を掛け、ガー・ラムは敢えて離散しているドナーム達に包囲される形で足を止める。


(機動性はまずまずだが、機体の強度も試さねばならんか)とガー・ラム。


「くそぅ! むざむざやられてたまるか!」


 レジスタンスの一人がその状況チャンスに勇猛さを得て横からハープーンで攻撃する。槍の切っ先は見事にアーガシュニラの装甲の隙間を縫って、左腕の関節を突いた――が。


「!?」


 その刃はアーガシュニラの骨格に僅かな傷を付けることすら能わなかった。


(なるほど――。私が意識を同調しているせいか、情報体アートマンの保護の影響を受けているようだ。フレームが硬い)


 アーガシュニラが徐に腕を曲げると、上下腕に挟まれたハープーンの刃が、万力に挟まれるプラスチック玩具の如く、バキバキと容易に砕かれる。


「うわあっ!」とレジスタンスのパイロットが悲鳴を上げて、ドナームは得物から手を離して逃げようとする――そこに巨大な黒い手が伸びた。アーガシュニラは鉤爪を突き立てるようにコックピットを鷲掴みにすると、必死に足掻くドナームを意にも介さず、ゆっくりとそれを握り潰していく――コックピットの悲鳴は長くは続かなかった。

 そしてアーガシュニラが動かなくなった機体を投げ棄てた後は、その暴虐の様を目の当たりにしたレジスタンスらの阿鼻叫喚。慈悲の欠片も無い、悪夢のような性能試験の始まりであった。

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