EP17. *Turbidity colors《収束点》
EP17-1 竜なる巨人
漆黒の星海に散りばめられた煌めき。それを遮り悠然と進むのは、天地在らぬ無音の中ですら地響きを連想させる、極大の四角い影であった。
――ヴェルゼリア帝国軍、超弩級都市型要塞艦カッツマンダル。
長さ80キロメートル、幅16キロメートルもある鈍色の長方板の上に、細長い菱形の街が、なだらかな丘の如く3層に重なっている。それを低いピラミッド状の透明なパネルが覆っており、外からでも街の全容が見て取れる。礎となっている板――と云ってもそれは艦の胴体に当たり、巨大な動力炉と重力装置を内包するその基板部の厚さは、約2キロメートル。そしてその
都市部の最下層に当たる第3レイヤーはインフラストラクチャ―を主とした階層で、水や空気の浄化プラントがあり、食料を作る広大な農場までもがある。
中間の第2レイヤーはこの艦の主用途を担う軍事施設階層。格納庫や研究所、機甲巨人の整備場や宇宙船の
一番上の第1レイヤーは居住階層。他の階層にも居住区域はあるが、この階層には主に兵士の家族や研究者などの非戦闘員が住んでおり、緊急時にはこの階層を区画ごとに切り離して、単独の宇宙船として航行することも可能であった。
これらの階層を全て合わせたカッツマンダルの
搭載戦力は
タウ・ソクら解放軍によるシギュリウス星系バハドゥの攻略、そして帝国から反逆者の汚名を着せられたアグ・ノモの失踪から、約1ヶ月――。
帝国の牙城を次々に陥落させた快挙の報は、広く様々な惑星に住まう人々の間を駆け巡り、帝国への不満を抱えていた各地の民の心に火をつけて彼らを奮い立たせた。
各星系に駐在する帝国軍はそのレジスタンスへの対応に追われ、沈黙の中バハドゥで戦力を整える解放軍に対して、これといって有効な手を打てずにいた。しかしそんな中で、解放軍粛清の指揮官として白羽の矢が立ったのが、惑星ジルミランでモウ・ヴァ将軍の留守を預かっていたガー・ラムであった。
彼は皇帝の召喚により、バルネス星系に駐留していたカッツマンダルに乗り、粛清隊の指揮と、戦死したザ・ブロ将軍の後釜の任を正式に受ける為、皇帝グス・デンのいる帝都へと向かっているところであった。
***
カッツマンダル第2レイヤー。舳先側に聳え立つ統合指揮艦橋。その中に併設された艦長室――。
無機質な銀色の内装に囲まれ、同じくのっぺりとした金属の机に座るガー・ラムは、机上に浮かぶ
「失礼致します」
ノックの後にスライドして開くドア。その向こうに、緊張気味の敬礼を固める黒髪の青年。
「――本日付で親衛隊臨時隊長に着任致しました、シュ・セツ大尉であります」
ハキハキと喋る彼は鋭い碧眼を毅然と輝かせている。――青年と云ってもその顔にはまだ幼さが微かに残り、黒と紫のバイカラーでデザインされた真新しい親衛隊の軍服が、彼には少し不釣り合いであった。
一方で然程興味も無さそうなガー・ラムは、黒い将官服に短めのマント。堂々その身から放たれる圧倒的なオーラは、シュ・セツとは違って将軍の徽章を身につけるに申し分無いものであった。
「……近くの惑星で叛乱があったようだな」とガー・ラム。
彼はチラリと顔を上げて、依然敬礼のまま直立不動であるシュ・セツに目をやった。
(う……)と、喉を詰まらすシュ・セツ。
視線を合わただけで彼は、己の存在が虫けらの如く縮こまり、逆にガー・ラムが部屋を埋め尽くすほど巨大に膨れ上がったような感覚を覚えた。充分に広いはずの艦長室が、身動き一つ取れぬ檻のようにすら感じる。
(なんだこの圧迫感は――)
無論実際にはそのような変化などなかったのだが、彼にそう錯覚させるほど、ガー・ラムという男の存在感は圧倒的であった。
シュ・セツは静かに息を吸い込んで強く気を保つと、再びはっきりとした口調で答える。
「はっ――お聞き及びかとは存じますが、惑星ヤウロンに潜んでいた反乱分子が民を煽動し、シギュリウス星系から撤退していた我が軍の
「そうか……」
「ですが現在この星系の主力艦隊は隣のフォラトス星系へ進軍中ですので、彼らがレジスタンスの鎮圧に当たるのは難しいかと」
「ふむ……(――プロタゴニストを護る規制官からの連絡は無い。この数カ月、
顎をさすり考え込むガー・ラム。その様子をレジスタンスへの懸念ととったシュ・セツが口を開く。
「とは云え流石の奴らも、この帝国最強のカッツマンダルには手を出してこないでしょう。ですからご安心ください。閣下の身に危害が及ぶことなど――」
「アーガシュニラで出る」
「はい、この艦には閣下の専用機アーガシュニラも――は?」
ガー・ラムの唐突な台詞に、シュ・セツは目を丸くして聴き返す。
「お出になるというのは――どちらへ? まさか閣下自らがヤウロンまで?!」
「うむ」と頷いて立ち上がるガー・ラムに慌てるシュ・セツは、『直れ』の指示を受ける前に、やんわりとした手振りでそれを制しようとした。
「お、お言葉ですが何も御自ら出向かずとも……。それに現在カッツマンダルが閣下の指揮下にあるとは云え、皇帝陛下の許に向かうこの艦の針路を変えることは……」
「構わん」とガー・ラム。
「――艦の針路を変える必要は無い。すぐに戻る」
「し、しかし……」
「…………」
当惑するシュ・セツを、無言のまま横目で見下ろすガー・ラム。
「う――」
その眼には有無を云わせぬ威圧感があった。
「し、承知致しました……。では私もお供させて頂きます」
***
カッツマンダルの長距離
(ガルジナよりは大分馴染むか。尾が無いのは気になるが)と、その中のガー・ラム。
『閣下、アーガシュニラの実戦稼働は初めてです。精神に不調を感じましたらすぐにオートパイロットに――』
「問題無い」
ブリッジで見守る開発長ほか下士官達。シュ・セツの乗るガルジナは、背中に長距離移動用の大型ブースターをドッキングさせた状態で、先に
(閣下は本当にあの化物の様な巨人を動かせるのか……?)
彼の心配を他所に、オペレーターがマニュアル通りの事務的な合図を告げる。
『――機体確認。アーガシュニラ、発進してください』
「うむ。……出るぞ」
ガー・ラムの声とともに、光に包まれた
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