EP16-7 脱出

 暗い手狭な拘留室で、備えられたベッドに腰を掛けたまま、暗闇の一点を見つめ続けるアグ・ノモ。

 ベッドとは云ってもそれは単に壁から突き出た一枚の金属板で、寝心地などという概念を考慮されたものではなかった。断熱性に優れたパイロットスーツは、然程その触感を気にさせることもなかったが、彼がグローブを外した手で触れると、無機質な板に体温が奪われていくのを感じた。


(……ここまでか――)


 帝国では、ヴェルゼリア星系の出身でない人間は劣等民コヒドと呼ばれ、奴隷の如く扱われる。そして軍事至上主義の帝国において、機甲巨人のパイロットは最も誇り高き名誉ある職業である。故にコヒドがパイロットとなれることなど極めて稀で、しかもそれが士官にまで出世するというのは、特例中の特例であると云えた。


(よくやった、などと褒められたものではないな。私の目的はまだ何一つ――)


 冷えた手を再び暖めるように拳を握り、それを見つめる。


 ――アグ・ノモは元々、リ・オオら解放軍の主要メンバーと同じく、カリウス星系の出身者であった。だが幼少期、優秀な機甲巨人の技士であった彼の父に、軍部からゼぺリウス星系への転属命令が下り、アグ・ノモは両親と妹の4人で帝都へと移住することとなった。

 その後、アグ・ノモの父が携わった試作型の機甲巨人が事故を起こし、開発者の中で唯一コヒドであった彼がその全ての責任を擦り付けられて、彼の家族は不名誉を背負わされた失意の中、理不尽にも処刑されたのであった。しかし当時、少年兵として徴兵されていて、機甲巨人の操縦で群を抜いた才能を発揮したアグ・ノモだけは、その類稀な能力を買われて処刑を免れたのである。

 冤罪によって裁かれた父、そして無関係であるにも関わらず、同族の劣等民コヒドであるという理由だけで殺された、母と妹――彼らの復讐を誓ったアグ・ノモは、帝国の体制とその根底に流れる選民主義を排すべく、機甲巨人のパイロットとして軍を昇り詰め、内部からその体質を変えようと志していたのであった。

 しかしタウ・ソクという強敵が出現したことで、彼の歩む道はより困難なものとなり、そして先程の査問会議の決定により、それは完全に閉ざされた。彼が示せたのはせいぜい、コヒドでもエースパイロットになれる、ということぐらいでしかなかった。


 小さな溜め息を吐きつつ己の道を振り返ったアグ・ノモは、しかしすぐに前を向く。


(禁錮とは言っていたが、彼らの眼――恐らくそのようにはなるまい。移送先か或いはその途中で私を殺し、自殺ということにでもするつもりか。何か手を打たねば――)


「………………」


 彼が部屋の中で暫く思索を巡らせていると、突如艦内に警報が鳴り響いた。部屋のドアの上に付いたランプが赤く明滅する。


「このアラートは――敵襲か……?」


 すると間もなく、巡洋艦キマリィ全体が轟音とともに激しく揺らいだ。



 ***



 ――艦外では、全身青のずんぐりとした体型の機甲巨人達が、アグ・ノモの乗るキマリィを取り囲んでいた。

 槍のように構えた細長い棒状の兵器から、戦艦の何処といわず好き勝手にビームを撃つ。するとそれらを弾き続けるキマリィの斥力装甲は、やがてエネルギーが尽きて単なる装甲板となり、青い機甲巨人達のビームをに受け始めた。


 断続的に振動する艦内――拘留室のアグ・ノモは歯痒い表情で唸る。


「ええい、キマリィの兵は何をしている?! このままみすみす墜とされるつもりか!」


 せめて自分が出られれば――そう念じていたところで、部屋のドアが突然に開いた。


「……?」


 ドアの向こうに立っていたのはキマリィの艦長であった。――彼は沈痛な面持ちの中にも毅然とした眼光を見せ、静かに軍帽を取る。


「レジスタンスの奇襲だ」


 そして彼は斜めに半歩引いて、アグ・ノモを招くように道を開けた。


「何のつもりかな? 艦長」


「クルーは脱出艇で先に出た。君も逃げたまえ、アグ・ノモ大尉。――君はこんなところで終わるべき男ではない」


 その台詞の合間にも、被弾する艦の衝撃は続いている。遠い花火のようにこだまする、爆発音。


「それは願ってもないが――逃亡幇助そんなことをすれば、艦長あなたも処罰を受けることになる。銃殺刑も免れんだろう」


「その心配は無用だ。どの道この艦は墜ちる。私の運命はここまでだよ」


「………………」


「格納庫にバタンガナンがある。エネルギーも充填済みだ。残念ながら武器は無いが、君なら逃げられるだろう?」


「……いいのかね?」


 とは『一緒に逃げるつもりはないのか』という意味であった。機甲巨人のコックピットは、狭さを気にしなければ大人3人程度詰め込むことは可能なのである。


「私は帝国軍人、そしてこの艦の艦長だ」と、しかし彼は胸を張って応えた。


「――そうか」と、アグ・ノモは部屋を出る。


「大尉――」


 呼び止められたアグ・ノモが振り返る。沈黙で言葉を待つ。


「武運を」


「……ありがとう」とアグ・ノモ。


 艦長は胸に軍帽を抱いて、通路を走り去る彼の背中を敬礼で見送った。



 ***



 火の手が上がる格納庫で、整備用のタラップからバタンガナンへと飛び移るアグ・ノモ。コックピットに滑り込んで、素早くグローブとヘルメットを装着する。ハッチが閉じると中に薄暗い明かりが灯る。


(エネルギーは充分だな。有り難い)


 座席の後ろから伸びたケーブルがヘルメットの後頭部に繋がり、彼の意識は巨人へと替わる。――目の前に広がる黄色と赤。揺れ動く炎が周囲に舌を伸ばす。

 バタンガナンは背部に接続されたパイプを強引に取り外すと、崩れ落ちた工具や器械類を踏み付けて格納庫の扉の前へ。巨人用に設置された巨大なレバーを下ろす。

 扉がゆっくりと開かれている間にバタンガナンは、整備途中で両腕を外されたままのガルジナを運んできて、それを自分の前に置いた。


(4……3……2……)


 扉が開ききるタイミングを見計らって、ブースターの出力を上げていく――。


(ここだ)


 ガルジナを思い切り蹴り飛ばすと、艦外に放り出されたその機体にレジスタンスの注目が集まる。彼らがそちらに向けてビームを放つと同時に、バタンガナンはブースターを全開にして飛び出した。


「こっちは囮か!」と、レジスタンスのパイロット達が気付いた時には、既にバタンガナンは航行姿勢での加速に入っていた。


「逃がすな! 撃て撃て!」


 青い機甲巨人達は槍の先端から放つビームで撃墜を試みるが、バタンガナンが後方にばら撒いた細かな装甲板シールドチャフによって、ビームは四方に拡散された。それが効果を失う数秒の間に、バタンガナンは遥か彼方へと飛び去っていく――。


「くそっ、なんて速さだ……」


 脅威的な速度で離れていくバタンガナンに、レジスタンスは追撃を諦めた。


 アグ・ノモは自分がビームの射程圏外に達したとみると、ブースターの出力を徐々に絞りつつ座標とレーダーを確認する。――程なくして、そこに映っていたキマリィの反応が消失した。


(恩に着るぞ……艦長)


 樹の根っこは腐れども、枝葉の中には誇り高く上を向く者もある――そう感じた彼は心の中で、名も無き一人の軍人に敬意を評していた。そしてそれは、帝国という巨大な樹よりどころに対する訣別でもあった。

 根無し草となったアグ・ノモは、唯一自分を裏切ることのない愛機とともに、人知れず宇宙の片隅へと消えていった。

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