EP16-6 査問

 力無く虚空に漂う橙色の機甲巨人――。その近くにいるのは、角ばったカヌーの様な形をした帝国軍の宇宙船、紫紺の巡洋艦キマリィ。

 艦から発進した3メートル程の背丈の作業用ロボットが2台、コの字型のアンカーアームを伸ばして、抜け殻となったバタンガナンの肩を左右から掴む。


『バタンガナン確認、回収します』


 ――オペレーターの声。


 艦橋の窓から、粛々と牽引されるバタンガナンを見つめながら、キマリィの艦長は軍帽を深く被り直し、深い溜め息を吐いた。


「……やれやれ。カデラに始まりザンデバと続いて、よもやバハドゥまで奪われるとはな。燻っていた一葉の火種が森を焼き尽くす大火となるなど、誰が想像できた――?」


 その独り言に傍らの兵士が応える。


「しかし、解放軍の電撃作戦は想定外のものでした。いかにアグ・ノモ大尉がエースとは云え、単機でそれを阻止するというのは不可能だったんじゃないでしょうか……」


「それは当然だ。前線にいれば解放軍やつらが烏合の衆でないことなどすぐに解る。寧ろ、生き延びて逸早く報告に帰った大尉かれは称られて然るべきだ。……だがお偉方は、そうは考えてくれんのだろうな」


「……査問会議――ですか」


「ああ。元々アグ・ノモ大尉の出世を快く思っていなかった連中もいる。いくら戦果を上げていたとしても、彼は劣等民コヒドの出だからな」


「なんか……釈然としませんね。そういうの」


 オペレーターは沈痛な面持ちでそう言いつつ、格納庫に運び込まれる歴戦の機体バタンガナンを見つめていた。



 ***



 調度品も機械類も無い、殺風景としか言いようがない部屋――キマリィ艦内にあるその一室の真ん中に、アグ・ノモはパイロットスーツのまま立たされていた。その前に現れたホログラフィのディスプレイ達が、扇状に彼を取り囲む。


『これよりヴェルゼリア帝国軍大尉、アグ・ノモの査問会議を始める――』


 画面の中の一人の老人が、演出じみた重々しい口調でそう告げた。会議に参加しているのは、帝国軍のシギュリウス星系を担当する高官達であったが、その中にアグ・ノモが前線で見知った顔は一つも無かった。


『本会は略式ではあるが、決定した事項においては、正式な手続きの元に行われる会議と同等に扱われるものとする』


 その宣言に皆が「意義なし」と賛意を表した。


『結構。――では今回の内容についてだが、此度の解放軍によるシギュリウス星系への強襲……それにより奪われた惑星バハドゥ。またその戦いによって、シギュリウス方面軍を指揮するザ・ブロ将軍と、その副官であるタナ・ガン少佐が名誉の戦死を遂げたことについて、その当事者であるアグ・ノモ大尉に対する査問である』


『将軍は武勇においても仁徳においても、帝国屈指の代え難き人材。そしてタナ・ガン少佐も、オラ・ガン閣下の長子にして将来有望なる逸材であった――。実に惜しいことじゃ』


『うむ。誠に此度の結果は、我らが帝国にとって大きな痛手。悔やんでも悔やみきれるものではない』


 何一つ建設的でない意見を並べるお歴々に対して、アグ・ノモは顔を真っ直ぐ向けたまま沈黙を守る。――その様子を目を細めて睨む老人達。


『してアグ・ノモ大尉。この辛酸極まる結果に対して、現地で対応に当たった貴官から述べることはあるかね?』


 するとアグ・ノモが口を開く。


「私から述べるべきことは、全てご報告した通りであります。解放軍の戦力は既に並の軍隊のそれを超えており、また中でもヴィローシナと新手の赤いビャッカは、単機で戦況を覆すほどの力を持った脅威的な存在です。これらを柔軟に作戦に組み込む奴らに対し、私のバタンガナンのみで対応することは不可能であったと考えます」


 客観的な判断に基いてそう述べる彼に、恥じ入る様子などは見当たらない。そんな彼を罵り蔑む高官。


『フン、よくも自分の無能さをそこまで偉そうに語れるものだな』


『全くだ、おめおめと自分ひとり逃げ帰りおって。所詮卑しいコヒドなどに、誇り高き帝国軍人は務まらんのだ』


「………………」


 だがアグ・ノモは表情を変えることも、何か言葉を返すこともしなかった。


『……しかし貴官は報告の中で、その脅威と評したヴィローシナと改良型ビャッカをバハドゥに残したまま宇宙に上がった、と述べているが?』


「その通りです。ですがそれは、強襲した解放軍の艦が1隻のみであると判断した為の行動です。戻るべき艦が無くなれば、降下した解放軍の部隊は継戦能力を失い、ヴィローシナとて物量に勝る我が軍を凌ぐことはできない――そう判断しました」


『それはつまり、貴官はザ・ブロ将軍とタナ・ガン少佐を見殺しにした、ということではないのかね?』


 その言い方に、アグ・ノモの眼は悟られぬ程度の不快感を示した。それは無論、誰よりもタナ・ガンを気に掛けていたのは、他ならぬ親友の彼自身であったからである。


「――それは違います。バハドゥの基地守備隊の数は解放軍の強襲部隊を大きく上回っていました。何より武で知られるザ・ブロ将軍のジュデーガナンと、タナ・ガン少佐のジンノウであれば、少なくとも私が敵艦を墜とすまで持ち堪えられるものと判断しました」


『ほう……なるほど。だがそれではまるで、基地が落とされたのは将軍率いるバハドゥの兵士達が弱かったから、と言っているように聞こえるな?』


『流石にそれは不敬にもほどがあるぞ! たかが辺境の一士官如きの分際で――』


 やんややんやと口々に彼を罵る者達に、アグ・ノモは閉口せざるを得なかった。


(彼らは何としてでも私に責を負わせたいのだな……)


 アグ・ノモがどのように正論を述べたところで、またそこに彼の軍人としての正義があったところで、バハドゥが陥落しタナ・ガンらが死んだという事実は変わらない。彼を責める老人達は、そこから導き出される捻じ曲がった結果論を以てして、自分達には一切の非が無く、全ての責任はその場に居合わせたアグ・ノモにあるということにしたいのであった。


(これが帝国の現状か――。変わらないな……)


 落胆の色を隠せぬアグ・ノモに、ダメ押しの追撃。


『またバタンガナンの戦闘記録によれば、貴官は宇宙での戦闘の際、友軍であるジンノウに銃を向けている。これはどういうことかね?』


「…………」


 これにはどう答えたものかと考えるアグ・ノモ。無論その理由はガー・ラムからの命令があったからであるが、この場でそれを正直に話したところで、由緒正しきゼペリアンの血統のガー・ラム――そういう設定で認識されている彼と、責められるだけの自分の立場を鑑みれば、寧ろ不敬な捏造と取られることは明白であった。


(最悪、口封じの暗殺などということもあり得るか……)


 沈黙を貫く彼に、高官達の顔は露骨に怪訝な表情を見せ、そして議長の老人は満足げに頷いて言った。


『申し開きをするつもりは無いようだな。ならば議会の決定を申し渡す。――帝国軍大尉アグ・ノモは、敵前逃亡により帝国軍を不名誉除隊。それに伴い、軍から与えられたゼペリアン市民権を剥奪。そして先の行為を国家への叛逆と見做し、禁錮50年の刑罰を与えるものとする』


「………………」


『本来であれば銃殺刑のところ、貴様のこれまでの武功により温情を与えられた。我々に感謝し、己の罪を悔いながら刑に服すがよい』


 老人はそう告げて、蔑むような笑みを浮かべていた。

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