EP16-5 涙
タナ・ガンの復讐の意志が、肉体とともに断末魔の余地も無く蒸発すると、同時にジンノウによる拘束も解けた。
「今だっ!」とタウ・ソクは、ヴィローシナに絡みついたその腕を振り解いて脱出。
目の前で抜け殻の様に漂うジンノウの内部から、虹色の粒子が溢れ出す。
「タナ・ガン!!」――叫ぶアグ・ノモ。
彼の苦しそうな叫びを掻き消すように、ジンノウの
「くっ!」
コックピットを守るヴィローシナとバタンガナン――しかしビャッカ改だけはライフルを構えたまま、茫然と固まって動かなかった。
(撃った…………撃った――? 俺が……)
自身の行為を受け入れられずに、アマ・ラの視線は無制御の機体とともに宙を彷徨う。
(俺がアイツを……
硬直しているビャッカ改。それに向かって、弾かれたようにバタンガナンが加速した。
「貴様――! よくもタナ・ガンを!!」
ほんの数瞬ではあったが、アグ・ノモは怒りに我を忘れて叫ぶ。その声は開放チャンネルから発せられ、アマ・ラやタウ・ソクの耳にも届いた。
「――!? アマ・ラ!」とタウ・ソク。
立ち塞がろうとした彼であったが、しかしヴィローシナのバーニアやスラスターが半壊していて言うことを聞かない。何とか身体の向きを変え咄嗟に撃ったビームが、突進するバタンガナンの進路を塞ぐ。
「ヌぅっ――!?」
急制動をかけるバタンガナン――その一撃でアグ・ノモは我に返った。
「おのれ……覚えていろ、髪付きのパイロット! 次に逢った時は必ず貴様を墜とす!!」
アマ・ラの行動は友軍を護る最善の一手であり、当然の行為であった。だが軍人としてそれを理解出来たとしても、アグ・ノモの怒りの矛先は彼女に向けるしかなかった。
彼はビャッカ改の姿をその目に焼き付けるように睨み据えると、すぐさまバタンガナンを反転させて航行姿勢を取り、その場を離脱していった――。
危機を切り抜けたヴィローシナから、ビャッカ改に通信。
「ふう、助かったよ。ありがとうアマ・ラ」
「………………」
「……アマ・ラ? 大丈夫か?」
「………………うん」
彼女の反応はそれだけであった。
***
――半日後。解放軍はバハドゥの衛星軌道上にある中継基地に、新たに編成した二個小隊を残し、タウ・ソクら主要なメンバーはインダルテとともに、占拠した帝国軍の戦略基地へと降りた。
穏やかな夕風に踊る、茜色に煌めく極細の
解放軍の戦力を並べても余りある広さの離着陸場には、巨大な脚を生やして停泊するインダルテと、片膝を突いて並ぶビャッカら機甲巨人達。そのいずれも装甲や骨格が傷付き汚れていたが、中でもヴィローシナの損傷は殊更酷く、それが今回の戦闘が如何に過酷であったかを物語っていた。
しかし居並ぶ巨人達の前にあるのは、戦勝に沸き立つ解放軍の兵士達であった――。
タウ・ソクはあちらこちらの仲間から、肩を叩かれたり頭を掻き乱されたりしては笑みを返し、互いの功を労い讃えられながらも辺りを見回す。そしてそのお祭り騒ぎの中に、見慣れた赤い髪がいないことに気が付いた。
「あれ――? アマ・ラは……?」
彼は近くで部隊の仲間と呑み交わしているマユ・トゥに声を掛けた。
「はい? あ――タウ・ソクさん、お疲れ様です!」と、敬礼するマユ・トゥ。
「お疲れ様。――なあマユ・トゥ、アマ・ラを見なかったか?」
「アマ・ラさん? ですか。――そういえば見当たりませんね。ビャッカ改ならあそこにありますけど……というか、あれ本当にビャッカなんですよね? いつの間にあんな改装を……」
マユ・トゥの視線の示す先には、並ぶ白いビャッカ達の端から少し離れて、ポツンと赤い機体。
「うーん。機体はともかく、彼女戦闘が終わってから、なんか様子がおかしかったんだよな……。ちょっと探してくる」
タウ・ソクは、酒癖悪く絡んでくる兵士達の合間を愛想良く擦り抜けて、アマ・ラを捜しにその場を抜け出した。
***
「………………」
暗い静寂のコックピット。小柄な彼女には少し大き目のシートで、アマ・ラは膝を抱えて丸くなり、そこに顔を埋めたまま――。
「………………」
「……………………」
「…………………………」
「……アイツさぁ――」と、呟くアマ・ラ。
アイツというのは、アグ・ノモのことであった。
「――スゲぇ怒ってた、よな……? 友達だったのかな? あの緑の機体に乗ってた奴……」
口調そのものはいつもと変わりなかったが、その声は消え入りそうに弱々しい。そんな彼女の言葉に返答するのは
[
「あーそっかぁ……やっぱなあ……」
[………………]
「アイツさ、
不安そうに問う彼女。それに答える
[一時的な感情の側面だけで考えれば、それは否定できません。……しかし私の分析では、彼は極めて理性的な人間で、
「そっかぁ……でもそれじゃあさ? 俺を責めなかったらアイツは、きっと自分を責めるよな……?」
[それも否定はできません]
「あの兄ちゃんには自分のこと、嫌いにならないでいて欲しいなぁ……」
その声は何とも哀し気で、切ない祈りの響きであった。――己が相手に責められることは辛い。しかしそれよりも、相手に自責を強いてしまうことのほうが、優しすぎる彼女には余程辛いことであった。
[彼の価値観では好悪の感情よりも、誇りや信念といったものが優先されるように思われますが]
「……誇りや、信念か――」
当然彼女にもそれはあった――少なくともあの瞬間、引き金を引くまでは。
「…………」
[………………]
沈黙には沈黙で応える
「…………なあぁ、アイオード」
[――はい]
アマ・ラの声は小刻みなビブラート。その唇は言葉が消えても震えていた。
「……あの……俺さぁぁ――」
[――はい]
「俺さぁ……本当は、あの緑の
[――はい。存じています]
「……だから、さ? だから……俺さぁ――」
暗闇の空間で顔を上げたアマ・ラの目には、その大きな瞳が歪んで見えるほど、涙が溜められていた。
「マジで、本当に――」
「………………」
「俺さ――」と彼女は、小さな膝を精一杯強く抱き締める。
「……俺はさ……本当に――」
華奢な肩を一層小さく丸くして、記憶に凍えるように身を震わせた。
「本当は…………誰も――殺したくなんか――」
それ以上の言葉と感情は、抑え切れない嗚咽や純粋過ぎる涙となって、コックピットに溢れ出た。そして次第にとめどない号泣へと変わる。
――アマ・ラを探してビャッカ改の近くまで来たタウ・ソクは、見上げた赤いコックピットのハッチが僅かに開いており、側面の小さなランプが点灯していることに気が付いた。
(搭乗ランプ? まだ中に……?)
遠い兵士達の喝采が、辺りの静けさを際立たせる中、彼が機体に歩み寄っていくと、ほんの微かに聴こえる少女の声――。
(アマ・ラ……泣いているのか……?)
曝け出されたその声が余りにも無防備で、彼は何一つ声を掛けることも出来ぬまま、暫く立ち尽くし、そして踵を返した。
やがてコックピットで流れる少女の雫に負けじと、粒を大きくした雨が物言わぬ機甲巨人達の体にぶつかって、激しい音とともに少女の声を押し流していった。
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