EP16-4 引き金
バタンガナンに撃墜されたビャッカのパーツや、或いは何らかの損傷を受けつつも自力で戻ってきた者達の機体で、インダルテの格納庫はごった返していた。宇宙服を着て飛び回るメカニックは通信で声を荒げ、身振り手振りも交えてその喧騒に拍車を掛ける。
『おい、そこどかせっ! ビャッカ改が入らねえだろうが!』
ドスの効いたしゃがれ声で中年の整備長が叫ぶ中、アマ・ラのビャッカ改がユルリと入ってくる――床面に備わったバインディングレールに足を嵌め込むと、後はオペレーターの操作によって奥へと徐に運び込まれてゆく。
ビャッカ改の突き出た胸元が開き、コックピットハッチからヘルメットを被った顔を覗かせるアマ・ラ。
「おやっさん!
『すまねえな、アマ・ラ! そっちが終わったら手伝ってくれ!』
「あいよー!」
手を振って朗らかに返事をするアマ・ラの耳元にブリッジからの通信――。
『すみません、アマ・ラ』
「ん、どした? コタ・ニア」
『ヴィローシナが交戦を開始しました。戻ったばかりですみませんが、至急応援に行ってください』
「うへ、マジかよ……」
『ビャッカ改に座標を送ります』
「あいよ、了解した」
ハッチから乗り出したところで再びコックピットへと降りるアマ・ラ。コックピットの画面が光り、宙域の座標を示す記号と数字が浮かんだ。
「ったく、これだからプロタゴニストってヤツは。――ごめんなビャッカ、もう少し付き合ってくれよ」
独り文句を呟きながら、乱雑に並んだ機体の群れを掻き分けるようにして格納庫を出ると、彼女はインダルテの甲板から星の海へと飛び立った。
そしてすぐさま
「どんな状況だ? まさかやられてねえよな?」
[プロタゴニスト=タウ・ソクは機甲巨人バタンガナンと戦闘中ですが、彼のヴィローシナがこの戦闘により損傷を受ける可能性は殆どありません。但し、惑星バハドゥからジンノウが急速接近中です。現在の速度では、こちらよりも先にジンノウが戦闘宙域に到達します]
「あの緑のヤツか。――どれぐらいかかる?」
[ジンノウが到達するのは約38秒後。こちらは航行モードで443秒後です]
「マジか」と言いつつ、アマ・ラは
(残り22
そう考えた彼女は即座に決断。
「アイオード、この世界の物理法則の
[承知しました]
間もなくアマ・ラの左脳に送り込まれる膨大な情報――この世界のあらゆる法則と制約を、彼女は10秒程の時間をかけて全て把握した。
「よし」と頷くや否や、彼女はアルテントロピーを使って、ビャッカ改の更なる改変に取り掛かる。
機体内部ではジェネレーターが目まぐるしく形を変えながら小型化し、横から伸びた平べたいパイプが胴体を通って背中から突出す。
(エネルギーはコイツを使って周囲のダークマターから補充するとして――推力に使うレインチウムを圧縮して反動係数を――)
背部に付いた六角形のブースターが短い2本から長大な4本のそれへと変わり、噴射口のノズルが拡がる。
「(これでいけるか?)――間に合ってくれよ、ビャッカ!」
赤い装甲はより鋭角に、全体のデザインはよりシャープに変化した機体は、戦艦さながらの膨大な虹色の粒子を吐き出して、一直線にタウ・ソクらの許へと加速していった。
***
バタンガナンとジンノウの通信回線が開き、アグ・ノモが叫んだ。
「やめろ! タナ・ガン!」
ヴィローシナに密着したジンノウの周りの空間には、スラスターやバーニアから噴出される推進剤が徐々に蓄積し、絡まる2機の機体温度は加速的に上昇していく。
「――アグ・ノモ……将軍は逝かれたよ」
「ザ・ブロ将軍が……だが、だから何だと言うのか! 将軍は武人だ、お前の責任ではない!」
「いや、私の責任だ……あの方の死を、目の前で指を咥えて見ているなどと――」
「仇討ちならば、他のやり方もあるだろう!」
「……駄目なんだよ、アグ・ノモ。このパイロットは危険だ。帝国軍人として、私が今墜としておかなくては――私はお前のような戦い方はできないからな」
「馬鹿な――戦い方など……!」
「馬鹿な男なんだよ、私は」
タナ・ガンは諦観したように自嘲してから、やり場の無いジンノウの
「タナ――っ!」
アグ・ノモの声は回線とともに途切れた。
その時、遠方から流星の如く飛来する赤い機体。
「アイオード! 状況は!?」と、それを駆るアマ・ラ。
[ジンノウはヴィローシナを捕縛したまま、意図的に出力を暴走させています。このまま自爆するつもりのようです]
「マジかよ!? あと何秒だ?!」
[20秒です]
「げっ、間に合うかのよっ!?」
ビャッカ改の向かう先に、一塊にもつれ合う2機の機甲巨人。
「――視えた!」
ライフルを取り出してジンノウを掠めるように威嚇射撃。しかしその様子に変化は無い。
「チッ、ダメか!」
その射撃に振り向くバタンガナン。
「あの機体――髪付きなのか? 戻ってきたのか?」
しかしアグ・ノモの銃が向けられたのはビャッカ改ではなく、味方のジンノウに対してであった。――彼はガー・ラムの指示を思い出していた。
――「解放軍のタウ・ソクが、『貴様以外の誰かに墜とされそうな時』は、その者を撃て」――
(あの言葉の意味は……)とアグ・ノモ。
彼は照準を、装甲の隙間に垣間見えるジンノウのコックピットに合わせる。しかし――。
「…………くっ!」
刹那の間、彼の脳裏を旧友の変わらぬ笑顔が、そして若かりし頃のタナ・ガンとの想い出が
「撃てるものではないぞ! ガー・ラム!」
バタンガナンは振り払う様に銃を下ろす。
一方、融解する装甲板の熱はヴィローシナのコックピットの中へも伝わり始めていた。感覚を巨人に移行しているとはいえ、肉体の異常事態はタウ・ソクの視界にノイズとなって影響が出る。
「温度が――くっ! コイツ――離れ……ろ!」
ヴィローシナが必死にもがいても、決死のジンノウは一向に離れることはない。寧ろヴィローシナの出力上昇は溜め込まれる熱量を増し、自爆への手助けとなってしまうのであった。
するとそこで、ようやくその場に辿り着いたビャッカ改。
[――あと6秒です]
「くそっ――!」とアマ・ラ。
(どうする――?! どう止める!? 撃つか? 何処を? コックピット? 嫌だ撃ちたくない! 斬り離している暇は――無い! アルテントロピーで?! イメージに何秒――? ダメだ遅い! IPFなら――アンプ起動が間に合わない! どうする?! どうする? どうする?!)
アマ・ラの思考が瞬時に錯綜する。しかしコンマ数秒の躊躇いも許されない状況で、彼女の中の
「――!!」
ライフルから伸びた一筋の光線は、バタンガナンの進路を遮り、寸分の狂いなくAIが定めた完璧な照準に沿って、ジンノウのコックピットを、無慈悲に穿いた。
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