EP18-6 赤と黒の共闘

 宇宙に浮かぶ、直径1キロメートルに及ぶ機械の球。その表面はのっぺりとした昆虫の甲殻の様な部分もあれば、細かな部品や配管などの如何にも人工物じみた部分もあり、それらが点滅したり振動したりして、各々が各々の役割をつつがなく果たしていることを示していた。だが円の中に無駄なく組み込まれた部品彼らが為さんとする唯一の目的は、帝国の心臓部であるこの帝都惑星ゼドに侵入せんとする者を排除するという、ただその一点に尽きる。

 ――迎撃衛星兵器バージラ。帝都の星を護るその機械球体の数は優に百を超え、惑星ゼド周辺の宙域にデブリ一つ通さぬ緊密な防衛網を敷いていた。

 しかしそんな無機質の目が見守る静寂の中に、突如として異変が起こった。

 帝国の誇る絶対防衛網の内に、何の前触れもなく瞬時に、いとも容易く出現してみせたのは、細長い騎士の盾を横に寝かせたような形状の白い戦艦――解放軍リ・オオらが乗る機動戦闘艦インダルテであった。そしてその両脇に控えたビャッカ改とアーガシュニラは、転送を終えると同時に、爆発的な加速で飛び出した。

 それに続いてインダルテの甲板が開き、4列の射出口の中でヴィローシナをはじめとする機甲巨人達の眼が光る。


『全機発進してください』と、ブリッジからリ・オオの声。


「タウ・ソク、ヴィローシナ! 発進する!」


「ビャッカ隊、コタ・ニア出撃します」


「こちらアグ・ノモ、バタンガナンで出させてもらう」


 カタパルト両横の誘導光が線を成し、その真ん中を突き抜ける機甲巨人達。それぞれが虹色の尾を引いて、正面に悠然と漂う金色の星――帝都ゼドに向かった。



 ***



 宙域に点在する帝国軍の宇宙ステーションの中で、耳目を突く赤い警報。


「宙域侵犯確認! 解放軍の艦です!」


「なんだと? 一体どこから――。全機直ちに迎撃しろ! 帝国に楯突く愚か者どもに、陛下のご威光を見せつけてやれ!」


 四角い箱が左右に連なったステーションから、巣の危険を察知した蜂の如くゾロゾロと繰り出すガルジナの群れ。そして彼らより速く、無駄なく一斉に砲口を動かし始める迎撃衛星バージラ

 その照準は真っ先に突撃してきたビャッカ改へと向けられる――。


「さーて、やるかあ」


 というアマラの視界には、個々のバージラを中心とした攻撃予測範囲を示す円環が拡大していく。重なり合うその数百の予測パターンは見る間に、星々が煌めく宇宙そらの景色を埋め尽くしていった。


[じゃあ兵隊ガルジナは任せたぜ、ガァラム]


 OLSで呼び掛ける彼女に、後方の黒い竜が翼を広げて「承知」と一言。

 その返答に八重歯の笑みを浮かべたアマラのビャッカ改は、待ち構えるバージラ達に向かって一直線に飛んでいく。――たちまち容赦無いビームの豪雨が、彼女唯一人を狙って四方八方から襲い掛かる。

 だがビャッカ改は竜巻に踊る一枚の花弁の如く、或いは無秩序に繰られる人形のような動きで以てして、宙域を埋めるビームの僅かな時間と空間の隙間を擦り抜けてゆくのであった。


 その離れ業を目の当たりにして舌を巻くアグ・ノモ。


(何というセンスと技量だ。あの少女のマニューバ、最早人間の動きではないな。私との戦闘では、実力の半分も見せてはくれなかったということか……)


 感嘆に微かな嫉妬が混ざった彼の瞳が向けられる先で、疲れを知らず踊り狂うビャッカ改。その後頭部から生えた赤い髪がキラキラと輝く粒子をバラ撒くと、途端にバージラの照準はてんでばらばらの方向に向いて、見当違いの場所を撃ち始めた。


「?! ――バージラは何をしている?!」


 とステーション内で怒鳴るのは、防衛の責を担う帝国士官。


「ハッキングデコイです! 強力な信号によりバージラの自動砲塔が制御不能に――」


「なんだと……?」


「このままでは友軍機にも当たる可能性が……」


 不安そうに士官を見上げるオペレーターに、彼は歯軋りを隠すこともせずに応えた。


「バージラの制御をマニュアルに切り替えろ! たかが戦艦1隻だ、機甲巨人だけで墜とせる!」


 侵入を許したという事実だけで既に彼の左遷は確定的であったが、更に防衛網を突破されたとなればどんな仕打ちが待っているか――そんな想像を振り払うように首を振る彼に、無情なる追報。


「敵機の型式を特定! 新型のビャッカ、ヴィローシナに加え……我が軍のバタンガナンとアーガシュニラです!」


「?! どういうことだ!?」


 という問いに答えられる者などいようはずもなく、オペレーター達は沈黙。男は唸る。


「ぬぅ……。――ジュデーガナンも全機出撃させろ! 何が何でもここで食い止める!」



 ***



 バージラの砲撃がマニュアル操作に切り替わったことで、帝国軍の弾幕は目に見えて薄くなった。そこに突破口を見出したインダルテとともに、艦を護衛しながら進軍する解放軍の機甲巨人達。


『間もなく敵部隊ガルジナの射程に入ります!』


『新たに敵の機影を確認しました! ジュデーガナンが3機、先行して向かってきます!』


 オペレーター達の報告はインダルテのブリッジだけでなく、解放軍の全機に伝えられる。


「ジュデーガナン――バハドゥで戦った大型か」と呟くタウ・ソク。


 バハドゥ攻略戦の時には武の誉れも高いザ・ブロ将軍が乗っていたとはいえ、その機体はヴィローシナが一騎打ちで辛うじて勝てたというレベルの、極めて強力な機甲巨人である。


「――あれが3機……」


 しかも脚部の代わりに翼の様なスラスターが備わっている形状から察すれば、そのコンセプトは明らかに宇宙戦をメインとしたものであった。


(やれるのか――?)


 という彼の不安を見抜くかのように、刻々と迫るジュデーガナンのパイロット。


「解放軍め、ザ・ブロ将軍を討ち取ったからとていい気になるなよ……。このジュデーガナンは元々帝都防衛用に作られた宇宙戦タイプだ。バハドゥのようにはいかんぞ! ――三叉編隊を組め!」


 リーダーらしきその男の号令によって、背丈ほどもある四角い筒ビームカノンを携えたジュデーガナンは、3機それぞれが脚を向けるように三角形のフォーメーションを組む。カノンは遥か遠くのインダルテに向けられ、砲身には光が満ちていく――。するとその正面に翼を持った黒い小さな影。


「アーガシュニラか! だがどれほど頑強な装甲があろうとも、弩級艦の主砲に勝るこのビームカノン、耐えられる機体などいない!」


 高らかにそう吠えて、カノンのトリガーに指を掛けるジュデーガナン。

 しかしそれに対しガァラムは、アーガシュニラの手をそっと前に翳して、ポツリと呟くだけであった。


「……絶なる対滅の壁エイべ・オル・ヴァーイェ


 するとアーガシュニラの前に現れた紫色の魔法陣が瞬く間に拡大し、それはジュデーガナンのパイロットの視界を埋めるほど巨大な、半透明の城壁を成した。


「なんだあの兵器は――」と言いつつも、迷うことなく発射される3本の極太いビーム。


 機甲巨人など掠るだけで融かしてしまいそうな光の激流は、しかし魔法の城壁に触れた先から、たちまち霧散して闇へと消える。


「?!」


 数秒間放出されたジュデーガナンのビームが全て跡形もなく無に還ると、城壁も同じ様に霧と散る。

 そして今度はこちらの番だと言わんばかりに、アーガシュニラは鋼鉄の牙を剥き出して口を開いた。

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