EP1-8 想定外の光景

 灼熱の地下大空洞へと辿り着いたユウら勇者一行が見たものは、彼らには思いもよらぬ光景であった。


「あれは――っ?!」


 空中にいた巨大な漆黒の竜が強烈な一撃を受け、墜落し、激しく地面に叩き付けられる姿――ユウらが目にした光景はそれであった。数瞬の後に、その巨竜が落下した衝撃波が彼らの許に達し、激しく巻き上げられた赤い砂塵が三人の視界を奪う。


「くっ!」


 各々が腕やマントで目を覆ってやり過ごす。突風が止んだ後にユウの目に映ったのは、地面に横たわり身動き一つしないガァラムギーナ自分が倒すはずだった敵


(まさか……ガァラムギーナが!?)


 その竜は紛れもなく、アーマンティルの人間達が永年の間滅亡を願い続けた、災厄の名を冠する悪魔の如き竜であった。


 その絶大無比な力を持つガァラムギーナが、よもや打ちのめされていようとは――有り得ぬ光景にユウの心臓の鼓動は激しくなった。


「あれは……!? 人間――なのか?!」


 空に浮かぶ豆粒の様な人影を見て、レグノイが言った。

 その偉業を成し遂げたであろう者が遥か高みからゆっくりと舞い降りてくる姿は、どこか神々しく、それに魅入られたようにレンゾも独り言を呟く。


「解らない……何なんだろう? 人の姿に見えるけど――(飛行魔法ではあんな高さまで飛べるわけがないし、そもそも魔力を感じないんだから魔法じゃないのか?)」


「と、とにかく……行ってみよう」と、ユウ。


 茫然と立ち尽くすレンゾとレグノイに比べ、衝撃それよりも使命感が勝ったユウが二人の背中を押した。

 ガァラムギーナの落下による土煙が薄れてくると――竜の傍らには見慣れぬ黒い服を着た3つの人影がおぼろげに視えてくる。そして突如、横たわるガァラムギーナの体躯が縮小していった。


「消えた――?! いや、小さくなったのか?」


 その距離は大分遠かったので仔細を確認することは出来なかったものの、どうやらこの異変はまだ続いているようだと判断したユウ達は足を早めた。



 ***



「では――」と、クロエが源世界への帰還を促した時に、遠くから「待ってください!」と少年の声――カチャカチャと鎧の音を立て、駆け寄ってくるユウの姿があった。

 振り返ったアマラの右眼が青く光ると、彼女の視界にユウの顔がルーペで拡大されたように映る。


「あの銀髪のガキは主人公プロタゴニストの――。……どうする? クロエ」


「我々の任務とは関係の無い人間だ。構わんでも良いだろう」


 実のところクロエは、先刻からユウと供の二人がこの地底に来ていたことに気付いていた。しかし任務の対象はあくまでガァラムギーナのみで、転移者ではあったが規制対象にすらなっていないユウのことは敢えて無視していたのである。

 しかし黒スーツの集団の中に紛れて一人だけ質素な茶色い服を纏った男――ガァラムギーナだけは、その勇者一行ユウ達の姿に興味を惹かれた様子であった。


「あれは、勇者か……」と呟き、目を細める。


 そして走り寄ってきたユウは、ガァラムギーナその初老の男人間のどんな姿をしていても、それが己の倒すべき竜であることを勇者の直感ともいうべき能力で見抜いた。


「お前は――! ガァラムギーナ!」


 咄嗟に白銀の剣を抜いて身構えるユウ。レンゾとレグノイにも同様の緊張が走る――すると彼らのその態度とは対照的に、ガァラムギーナは落ち着いた様子で言った。


「そういきり立つな、勇者よ。……規制官ルーラーたちよ、少しこの少年と話をしても構わぬか?」


 問われたリアムがクロエを見ると、彼女が無言で頷く。それを確認して「ああ」とリアム。


「感謝する。……さて勇者よ。察しの通り、今はこのような姿をしているが、我は紛れも無くお前たち人間が災厄竜と呼ぶ存在である。が、我は既にここにいる者たち――このアーマンティルとは異なる次元の世界から来たという者たちに負けた。正確には、そこのリアムという男一人にだが」


「異なる次元――!?」と、レンゾが目を丸くする。


「お前はトラエフの魔法使いか……。うむ、全く驚くべきことだが彼らの言葉に偽りは無いようだ。そしてその力は文字通り次元の違う、計り知れぬ強さものだった――。実際我は完膚なきまでに打ちのめされたが、逆に我が彼を傷付けることはできなかったのだからな」


 それを聞いて、レンゾもレグノイも唖然とせざるを得なかった。


「彼らが何故そのように強大な力を持っているのか、彼らがやって来た世界とはどんなところであるのか――それは我にも理解はできぬ。だが彼らが云うにはこの我も、本来はこの世界の存在ではなく、彼らがいる世界の『人間』なのだそうだ」


「お前が――? 人間?」と、ユウ。


「そうだ。正に今この姿こそ、我本来の姿であるようだ。そして我が何らかの罪――彼らの世界基準における罪を犯したことにより、彼らは我を人間として元の世界に連れ戻しに来た、ということのようだ」


「………………」


 ガァラムギーナ自分達の宿敵に滔々と説明を聞かされたユウらは、その内容に言葉を失っていた――。


「故に我は彼らと、彼らが住む源世界げんせかいとやらに戻ることになった」


 ガァラムギーナが話を終えても、沈黙は暫くの間続いた。所々遠くで噴き上がるマグマや、断続的だが終わることのない地鳴り達が、その静寂を饒舌に語るのみである。

 レンゾは考え込み、レグノイは憮然とし、ユウは表情を隠すように俯いている――しかし白銀の剣を固く握り締める少年のその手は、抑え切れぬ感情に震えていた。


「……………………ざけ……な――」


 か細い声で掠れ掠れに呟くユウの手に、一層力がこもる。


「――けるな……」


 ギリギリと奥歯を鳴らす。


「…………ふざけるなっ!!」


 顔を上げたユウの目には怒りと、僅かに涙。その怒りは受け入れがたい現実突然の目標の喪失への、やり場の無くなった感情の爆発であった。


「僕が――僕らがっ! どれだけの思いでここまで来たと思ってるんだ! レグノイも、レンゾも、ザナイもイオハも、ミリアもジールも、ロンもエナスも――!!」


 目にも止まらぬ速さで剣を抜き放ち、目の前のガァラムギーナに斬りかかろうとするユウを、それを予知していたようにレグノイが止めた。幹のような太い腕でガッシリと後ろから抑え、「やめておけ」と一言。


「離せよレグノイ! だって――解るだろ?! みんな死に物狂いで戦ってきたんだぞ!?」


「解る。解るがやめろ。落ち着けユウ」


「ふざけるな! ガァラムギーナ! どれだけの人間がお前をッ! 僕らを――!」


 少年とは思えぬ勇者の膂力で暴れるユウを、しかしレグノイは離さなかった。


「みんなが想いを託して――! 乗り越えてきたのに!」


「やめるんだ――ユウ」


 レグノイが再び静かに、だが重々しく力強い口調で言うと、もがいていたユウの身体から突然力が抜けた。勇者ユウと4年間の壮絶な戦いをともにしてきた、伝説の勇者のみが扱えるという魔法の剣が、空虚な金属音を響かせて地に落ちた。

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